第1部 第1章 男の娘
その日から俺は少女として過ごすことになった。
姉のシャルロッテの宿願らしい。
ずっと妹が欲しかったとか。
信じられない。
俺が呻く。
ピラピラのスカートを常に着せられて、俺の名前が変わった。
姉のツルの一声である。
「今日から、マクシミリアンはマクダレーネになったから」
そう姉が微笑んだだけで、そうなった。
俺の名前は今日からマクダレーネだった。
マクシミリアンと呼ぶ家令とかメイドはいなくなった。
おかしいだろ?
記憶が定かなら、俺は嫡男のはずだが。
だが、マクシミリアンに変わって、俺の新しい名前のマクダレーネは何故か家中の皆に受け入れられた。
流石に姉の力が圧倒的すぎる。
そして、俺も転生者である事を知られていては姉に逆らえない。
ただでさえ逆らえ無いのに、弱みを握られてしまった。
姉が俺の転生者である事を黙る条件はただ一つだった。
「今日から妹になりなさい」
いやいや、それはどうなのと思ったが、一生転生者の塔に閉じ込められることを考えると仕方ない。
俺は言う事を聞かざるを得なかった。
たが、いずれ、俺はこの変なプレイは終わると思っていた。
何しろ、嫡男である。
シェーンブルグ伯爵家の跡取りなのだ。
こんな外聞の悪い話もあるまい。
嫡男が少女の格好をしている……こんなの笑いものである。
だが、ある日、忙しい仕事の合間に帰ってきた父である当主のパウル・フォン・ウント・シェーンブルグは、俺の姿を見て嬉しそうに呟いた。
「ほほぅ、これが男の娘か? 」
俺は絶句した。
どう見ても喜んでらっしゃる。
大体、男の娘ってなんだよ。
そう唖然として立ち竦んだ。
父であるパウル・フォン・ウント・シェーンブルグ伯爵は娘の格好をした嫡男の俺を残して、そのまま自室に籠った。
「お父様はね。転生者の文化を研究してて、それで男の娘と言うものにすごく興味を持っているの。だから、貴方を私が妹にしたいって言ったら喜んでくれたのよ」
そうやって、あの時に見せたような微笑みを姉は浮かべた。
どんな世界なんだ?
俺は絶句した。
いくら何でもおかしいだろ。
「き、気分が悪いので……」
俺が姉に頼んで、その日は部屋で寝させてもらった。
正直、馬鹿な、そんなはずが……の展開だ。
だが、このままではまずい。
何しろ、俺は何の武術の訓練もしてない。
転生者を捕らえて監禁したり、荒事もあるシェーンブルグ伯爵家の嫡男が着せ替えゴッコしかして無いとかヤバすぎる。
「何とかしなければ……」
脂汗が出るくらいに悩んだ末に、この事情をよく知っていて自分に味方をしてくれそうな人物に思い当たった。
そうゲオルク・シュートレリッツ。
このシェーンブルグ伯爵家の騎士頭をしている男であった。
この家の全ての状況を把握して、それで俺の味方をしてくれるとしたら彼しかいない。
何しろ、父に嫡男をあのような育て方をすると、シェーンブルグ伯爵家が大変なことになると進言してくれたらしい。
姉の彼に対する評価は最悪であった。
マクシミリアンの記憶を調べても、ゲオルクが騎士としての技量は図抜けているのは分かっていた。
特に、傭兵も経験しているらしい。
何しろ、転生者で金儲けと言うよからぬ連中もいたりするのだ。
科学技術とか文化とかを異界から持ち込むだけではなく、詐欺のやり方とかを持ち込むものもいて、そういうのはこの世界の暗黒街の連中には大切にされていた。
そう言うのを見つけて逮捕するとなると、普通の騎士では駄目なので、そういう実践慣れした連中や荒事を行うようなヤクザに近い様な連中もシェーンブルグ伯爵家では雇用していた。
だからこそ、実戦慣れした彼らに習うしかない。
俺は追い詰められていた。
このままではシェーンブルグ伯爵家の嫡男として終わってしまうだけでなく、人間としてどうなのだろうか?
そして、姉の我がままに付き合い、それなりに回避している事で自然と俺は部屋に姉が来るか来ないかとかいう近づいてきたら分かるというか気配が察せるという異様な感覚が備わってきた。
これも姉から逃げたい一心からなのかもしれないが、これが実は良くある転生者のチートだったら泣く。
姉がどこにいるかとか、あまりにもニッチだし。
とりあえず、それからしたら、今日は姉が近寄ってこないと言うのが何となくわかった。
ならば今日こそゲオルクのとこに行くしかあるまい。
嫡男としても、今後のこの世界で転生者がばれた時に、どうするかとか考えても、何としても戦い方を習っていかないといけない。
実を言うと親友の律が古武道をやっていたおかげで、仲が良かった時に、それなりに父親からこずかいを貰っていたので一緒に通ったことがある。
それがこの世界でどう生きるかわからないけど、でも、全くの素人ではないのだ。
刀と剣の違いはあるのでわからないが、それでもよかった。
律、ありがとう。
お前のお陰で少しはマシだ。
そう思いながら、一つだけベットの隙間に隠していた昔に着ていたらしい男物の服に着替えた。
さすがにドレスで行けないし。
「? 」
俺がそうやってゲオルク・シュートレリッツのいる場所に向かったら、こっちを見てゲオルクが驚いて固まっていた。
父のパウルが帰ってきた時は、何らかの襲撃があるのを恐れて、騎士頭はここの監視用の部屋で待機しているのを知っていた。
シェーンブルグ伯爵家は正直、マクシミリアンの記憶を辿っても、どちらかと言うと転生者を取り締まる仕事をしていて、ある意味皇国の汚れ仕事をしている家柄である。
転生者の研究とかでちゃっかり儲けている部分もあるので、実はかなり金持ちではあるが、それは汚れ仕事をしている伯爵家としてみると、余計に貴族社会からは嫌われ者的な部分がある。
そう言う意味で前世の父親の仕事に似ている。
実際、悪事や詐欺の知恵が回る様な転生者も囲っているので、それを狙って盗賊団とか暗黒街の大物とかも、それなりに彼らを狙ってきた事もあって警備は厳重である。
特に、転生者が閉じ込められている塔にはまだ行った事は無いが、聞いた話だと周辺に何も置かずに、転生者が作った化学的な触媒を使った照明みたいなもので遠くを照らせるものがあり、それを使ってバリスタで遠距離で撃退するようになっているので、あちらを攻める者はいない。
という事でシェーンブルグ伯爵家の家族を攫って、悪事が得意なものを脅迫して取り返そうとするそうな。
「ああ、マクシミリアン様か。ドレスの姿しか、ここ最近は見てなかったもので」
そうゲオルクが苦笑した。
そう言われると悲しいが納得してしまう。
「僕……俺に武芸を教えて欲しいんだけど……」
そう、俺が言うとゲオルクが目をぱちくりさせた。
余程、俺のイメージと違うのだろうか。
ちょっと悲しい。
「ああ、いや、もう武芸とか諦めているのかと思った」
そうゲオルクが爆笑した。
「俺は一応、嫡男だし。武芸は必要だと思うから……」
「でも、シャルロッテ様には逆らえないですよね」
そうゲオルクが苦笑して断言した。
「その通りだけど、それを言ったら、お前らもそうだし」
そう俺が反論したら、そんな事を言うと思わなかったらしく、さらに爆笑された。
「一人で襲撃されても生き延びれるくらいの技量は欲しい」
そう俺が必死にお願いした。
「なるほど。良かった。このままならシェーンブルグ伯爵家はどうなるのかと心配してましたよ」
ゲオルクが嬉しそうに頷いた。
「ただ、姉の目を盗んで抜け出してこれそうなときだけ来るから、それは許してくれ」
「まあ、しょうがないですな」
そうゲオルクが豪快に笑った。
こうして、俺は自分の命が守れるくらいにはなりたかったので、とりあえず隠れて訓練だけは出来るようになった。
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