唯々諾々

三鹿ショート

唯々諾々

 自分で判断し、行動した結果、私は大きな失敗を経験した。

 それは私から自分の意志というものを奪うには充分な経験だったために、それ以来、私はあらゆる事柄において、他者に従うことにしたのである。

 多くの人間は、常に意見を求める私に対して辟易した様子を見せていたのだが、彼女だけは異なっていた。

 今日もまた、私は彼女にとって邪魔な存在を埋めていく。

 この行為が露見すれば徒では済まないだろうが、彼女に従っていればそれなりの報酬を得ることができ、他に何も考える必要が無いために、私には何の不満も無かった。


***


 いわゆる汚れ仕事というものを担当しているためか、彼女の部下などから向けられる視線は、怯えに満ちていた。

 私の機嫌を損ねれば、己は無事では済まないとでも考えているのだろうか。

 だが、私は彼女の命令が無ければ、誰かを傷つけることはない。

 それを公言しているのだが、彼らは私に対する態度を変えることがなかった。

 私はそれほど恐ろしい人間なのだろうか。

 着替えている彼女にそのような疑問を投げかけると、彼女は首肯を返した。

「自分を持たず、強者に盲従するだけの人間は、どのように転ぶのかを予測することができないのですから、当然でしょう」

 彼女はそう告げると、一葉の写真を私に手渡した。

 写真の裏には、名前や住所などが記載されている。

 これが何を意味しているのか、私には分かっていた。


***


 その少女は、彼女の商売敵の娘だった。

 己の両親がどのような仕事をしているのかを知らないのだろう、その少女は何処にでも存在しているかのような、普通の人間だった。

 ゆえに、始末することは容易だろう。

 常のように少女を攫い、山小屋に連れていくと、椅子に縛り付けていく。

 そして、肉体を傷つけ、生命の灯火が消えていく様を撮影するのである。

 己が何故このような目に遭うのかが分からないためか、少女は激痛に叫びながらも、時折疑問の声を発していた。

 しかし、答える必要は無かった。

 黙々と作業を続けていくうちに、やがて少女の生命活動は終焉を迎えた。

 動くことがなくなった少女を見つめるが、私には何の感情も無かった。


***


 あるとき、部下の一人が、彼女に対して反乱を起こした。

 彼女に気付かれないように仲間を集めていたのだろう、彼女の味方と化す人間は、皆無だった。

 反乱の代表であるその男性は、彼女に刃物を突きつけながら、私に声をかけた。

「誰の味方と化せば良いのか、分かっているだろう」

 これまで私は彼女の命令に従っていたのだが、それは彼女が首領だったからである。

 ゆえに、首領が彼女では無い人間に変化すれば、その相手に従うことが当然の選択だった。

 私は、彼女に目を向けた。

 彼女は荒い呼吸を繰り返しながら、縋るような目つきをしていた。

 決して見せることがなかったその弱々しい姿に、私の心臓が大きく跳ねた。

 それは、私が他者に従うようになるよりも前に抱いていた、人間らしい感情だった。

 その感情が何を意味しているのかを思い出した私は、男性に向かって手を差し出した。

「これまで、彼女には世話になっていた。だからこそ、最期は私の手で終わらせてほしい」

 男性は笑みを浮かべながら首肯を返すと、手にしていた刃物を私に手渡してから、仲間を連れて室内を後にした。

 刃物を手にした私と二人きりと化したことで、己の運命を悟ったのだろう、彼女は力強く目を閉じた。

 私はしばらく彼女の様子を見つめていたが、やがて彼女に向かって、刃物を振り下ろした。


***


 新たな首領と化した男性は、それなりの働きをしていた。

 彼女が首領だった頃と比べると、利益は少しばかり減っていたが、男性に対して反抗を示すような人間が現われることはなかった。

 私は以前と変わることなく、男性の命令に従い、邪魔者を排除している。

 ただ始末するだけは勿体ないと、男性は始末する人間の臓器などを売り飛ばすようにしていた。

 彼女がそのような行為に及んでいなかった理由は、その臓器から自分たちのところまでたどられてしまうことを避けるためだったのだが、男性にはそれほどの深慮は無いらしい。

 だが、私がそのことを指摘することはない。

 私は、男性に従うだけの存在だったからだ。

 しかし、私の生活において大きく変化したことがある。

 それは、私に恋人が出来たということだった。

 他者に従って生きていた私にとって、それは想像もしなかった出来事だった。

 だが、恋人以外に対してはそれまでの態度を変化させることがなかったため、誰もが私の変化に気が付いていない。

 それならば、結果的に、私は普段通りだということになる。

 仕事に対する信頼も失われることなく、私はこれまでと同じような生活を続けることができていた。

 ゆえに、何の問題も無いのである。

 恋人である彼女を殴り、その顔に浮かべた怯えの色に興奮しながら、私は今日も彼女を可愛がっていった。

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唯々諾々 三鹿ショート @mijikashort

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