第36話 大賢者様の教え


上か下かも分からない真っ黒い風景。


オンディーヌの時と同じだ。


ということは・・・来る。


『お! 察しがいいな! さすがはサラマンド王子!』


聞き覚えのある声が響いたと思ったら小さな火の玉が出現した。


「大賢者ガブリエル! 久しぶりですね!」

『随分と嬉しそうだな。もっと嬉しがってもいいんだぞ』

「それは遠慮します」

『がーん』


この大賢者とは思えないアホらしさ。


紛れもなく本物だ!


『何か馬鹿にされた気もするがまあいい。これでお前との接触は二回目になるが覚えているか?』

「それは当然・・・」


あれ・・・?


言われてみればずっと忘れていたような。


「すみません忘れてました。この空間に来たから思い出したって感じです」

『やっぱりか。現実世界ではまだ俺とお前のマナに差異というか、距離があったからな。そのせいで精神世界で会話した記憶は飛んでしまったのだろう』


なんて勿体無い。


覚えていたらフランに自慢できたのに。


『ははは。心配しなくてもその願いはすぐに叶うぞ。いや、叶ったと言うべきかな』

「へ・・・?」


呆けていると、目の前の火の玉が柔らかい光を発し次第にその姿を変えていった。


やがてそれは人の姿となり、俺の目の前に降臨した。


燃えるような赤い髪と瞳の美しさに惹かれる。


そして左頬に刻まれた『G』の紋様。


『男にそんな見つめられても嬉しくないぞー』

「はっ・・・?!」


不覚! よりによって男に惚れてしまうとは・・・!!


「前触れもなく姿を現すからですよ!」

『すまんすまん。互いのマナが近づいて来たことを分かりやすく伝えようと思ったんだ』

「『今は姿を見せられない』って言っていたのはこういう事だったんですね。でもどうして」

『それはあれだ。ほら、虚構の狭間ヴォイド・ベルトの時に障壁を解除してたマナの多い娘がいたろ』

「ビアンカのことですか?」

『そうそうビアンカだ! 可愛い娘だよなぁ! 豊満な胸もいいが、何よりあのくびれが好みだ』


ダメだ。


やっぱりただのエロ魔導士だ。


『何だよその目は。知ってるぞ。お前だって密かに彼女に欲情していたことを』

「なっ?! 一緒にしないでください!」

『ははは! 嘘をついても無駄無駄! 何せ俺とお前のマナは共存してるんだからな』


ちくしょう。なんて厄介な・・・


「ごほん! で、ビアンカとその姿に何の関係があるんですか?」

『お前が彼女たちの魔法を見て自分のものにしたことで、お前のマナがまた一つ俺のものに近づいたんだ。その証拠に、魔法に対する感覚がサラマンドを追い出された頃とだいぶ違う実感があるはずだ』


ガブリエル様の言う通り、魔法に対して全てを諦めていたあの頃からしたら考えられないくらい魔法に対する考えが変わった。


いや、元々魔法の原理も知識も知っていたんだ。


取り戻したと言うべきか。


『前に言ったと思うが、お前には紛れもなく俺のマナが流れている。お前が魔導士として成長、つまり本来の能力を目覚めさせていく度に、俺との親和性が高まっていくんだ。そうなればヴィンセントという箱を共有する俺の可動域も広がるわけだ』

「つまり、よりあなたが好き勝手できるようになっていくと?」

『そうそう! そういうことだ! 念願のピチピチ現代っ子に手が出せ・・・』


ダニエラ様とはベクトルが違うがこの人も相当クズなのは間違いないな。


考えを改めよう。


『実に恐ろしい話術よ。巧妙に誘導尋問に乗せられたわ』

「人聞きの悪い。意気揚々とあなたが話し始めただけですよ」

『ともかく。お前からわざわざ俺のことを話す手間がなくなるってことだ』

「どういう事ですか?」


ガブリエル様が指を鳴らすと、目の前に空気を裂くように映像が映し出された。


映像に映し出されているのは・・・ 俺?


何やら俺が皆を前に話をしていた。


皆はそれを驚いた様子で聞いている。


そんな様子を斜め上から見下ろしている状態だ。


何だか変な感じだな。


俺の様子もおかしい。


いつも鏡で見る姿と違うような・・・


『実は今会話しているのはお前じゃなくて俺だ』

「はい?」

『もう自己紹介も済んでいる。伝説の大賢者様がいきなり降臨したんだ。そりゃ皆んな驚くよな』

「人の体使ってなに勝手なことしてるんですか?!」

『だってダニエラのやつからのご指名だからさー。あいつとの付き合いも長いからなぁ。誤魔化すにしちゃ相手が悪かった』

「ある事ない事言っていないでしょうね?!」


この人に身体を乗っ取られたら何されるか分かったもんじゃない。


『おいおいもっと信用してくれよ〜。同じ身体を共にする運命共同体じゃないか』

「あなたを信用するのは魔法に関してだけです。中身はどうしようもないってことがよく分かりましたから」

『お前も大して変わらんだろうに。特に女に関しては』

「お、俺はそんなに軽くないっ!」


含みのある笑みがなんとも腹立たしい。


『どうかな〜。何なら俺よりタチが悪いと思うぞ。内側から見てたが随分な女タラシじゃないか』

「そ、そんなつもりはっ・・・!」

『楽しそうで何よりだが魔導士の大先輩として一つだけ忠告しておいてやろう。誰にでも同じような態度でいるようではいつか女の子を泣かせることになるぞ。お前は罪深いことをしている自覚を持ったほうがいい』


ぐ・・・ ごもっとも。


って、どうして五大賢者に恋愛指南されなきゃならないんだ。


「余計なお世話です」

『先輩の経験則は学んでおいたほうがいいぞ〜。とはいえ若い時に味わった後悔は人生において後々いい感じのスパイスになる。ま、それも勉強だな』

「そんな辛いスパイス要りませんよ」


面倒なことになった。


マナの同調が進んでいるということは、これから先今よりもガブリエルの精神的介入が加速するということだ。


毎回こんなやりとりをする羽目になると思うと想像するだけで悪夢だ・・・


「それにしても経験則なんて、まるで似たような事を味わったことがあるような言い方ですね。あなただってタラシじゃないですか」

『ははは! その辺はご想像にお任せしよう!』


想像したくありません。


『はっ!』


ガブリエル様は何かを思い出したように声を上げた。


『ちょっと急用を思い出した。この辺で失礼する』

「急にどうしたんですか。トイレですか?」

『まあそんなところだ。じゃあな』


息するように嘘をつくな。


このペテン師。


「・・・はぁ」


前回同様、俺の心にすっきりしないモヤモヤしたものを残して消えていくガブリエルだった。

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