第37話 エロ魔導士は自由を謳歌する


「あ・・・」


薄らと目を開く。


頭がぼーっとしている。


隣には見慣れた仲間の姿。


どうやら体の主導権が俺に戻ったらしい。


「 ほっ。現実に戻ってきたのか」


精神世界の影響なのか、それとも大賢者ガブリエルの伝説的な魔導士のマナに触れていたせいなのか、彼と会話するのは何だか疲れる。


ふとフランを見つめる。


やっぱりここがいいな。


何だかんだこいつの隣にいるのが一番落ち着く。


本当に不思議なヤツだよお前は。


「ヴィンセント! まえまえ!!」

「前?」


フランの指差す方向に導かれるように向き直る。


目の前に迫る大きな手のひら。


「え・・・?」


その瞬間、乾いた音が響き渡り視界がぐるっと回った。


再びフランと目が合う。


目も当てられないといった様子で両手で顔を覆うフラン。


じんわりと左頬に痛みを感じた。


「痛い・・・」


会った時に感じたミステリアスな雰囲気はどこへやら、ダニエラ様が息を乱しこちらを睨んでいた。


噴火した火山の如く憤慨している。


「そうやってまた妾から逃げるのか卑怯者め!」

「え、えーと・・・?」


理解できないまま立ち尽くしていると、ダニエラ様の怒りに満ちた表情がスッと和らいだ。


「おっと戻ってきおったか。痛かったじゃろう? すまんすまん」


ダニエラ様の頬をさする手が温かい。


「まったく。あやつにも困ったもんじゃ。二千年経っても何も変わっとらん」

「もしかして、ガブリエル様ですか?」

「おお。記憶が飛んでいないのじゃな。その通りじゃ」

「彼に言いたいことがあるのなら伝えておきましょうか?」

「構わん。取るに足りない遠い日の事じゃ」

「ダニエラ様・・・」


遠くを見つめる彼女の瞳はどこか寂しさを湛えている。


「ほら! やっぱり私の言った通りだったじゃん!」


フランは満面の笑みで抱きついてきた。


「たまたまだろ。でもまあ、虚構の狭間ヴォイド・ベルトの件といい白い炎魔法の件といい、フランに何か特別な力があるってのも頷ける気がするな」

「だから言ったじゃない。私は誇り高きフェルノスカイ家の令嬢だって♪ 私の目に狂いはないのよ!」

「調子のいいヤツだよ」


無論当てずっぽうだと思うが、それでも俺の中のガブリエル様の存在を見事に言い当ててしまった事実は覆らない。


本当に勘が鋭いというか何ていうか。


まぁ、その直感と令嬢は全く関係ないと思うが。


「えへへ。さすが私」


腕の中で満足気な彼女にそれを言う気にはならなかった。


「離れなさいな! 思いつきで適当に言った事がたまたま当たっただけでしょうに!」

「ふ〜んだ。私は初めから言ってたもーん」

「こ、このとんがりメイジさんときたらまた調子に乗って・・・」


いつもの流れならローズはもっと力強く反論するのだが、さすがにここまで言い当てられると返す言葉もないようだ。


強運と言うべきか、言い当てたことのほとんどが重大な件であることが余計に話をややこしくしているんだろうな。


何せフランだもんなぁ。


「それはそうと、彼は何か言っていましたか? 精神世界で彼と会話しましたがダニエラ様たちの声は聞こえませんでした」

「そ、それって私たちの前に現れたガブリエル様とヴィンセント様の中に現れたガブリエル様は別ものだったっということでしょうかぁ?」


ハンナは驚いた様子で大きな瞳をぱちくりさせる。


「確信はないけどそんな印象を受けた」

「概ね当たりじゃ。魔法を使って分身するくらいはそこまで難しくはないのじゃが、お主の精神世界のガブリエルはマナを凝縮させて作り出したもの。普通の魔導士が真似できるものではないのじゃ。魔法、特にマナのコントロールに関しては二人といない天才的な才の持ち主じゃからこそできる技じゃな」


あの炎の状態がマナそのものだったんだ。


それが人型に変わるということはそういうことだ。


何でもありの伝説の大賢者。


さすがエロ魔導士様だ。


「あやつにとって魔法は型もなければ階級もない。外放系・内包系という概念すら存在しない。あやつほど自由に魔法を使う魔導士を妾は知らぬ。あやつから湧き出るマナは、どこまでも広がる空のように開放的で、どこまでも自由なマナじゃった。そういったあやつ自身の内なる性質があやつを伝説へと押し上げたのじゃろうな」

「どこまでも自由・・・」


ガブリエル様と比べるのが烏滸がましいのは十分承知。


でも、俺には彼の気持ちが理解できる。


だからこそ彼と俺のマナは互いに引き寄せ合ったのかもしれない。


「それで、結局彼は皆に伝えたいことがあったんですよね? わざわざ俺の身体を使ってまで出てきたんですから」

「自己紹介じゃよ」

「そうですよね。自己紹介・・・え?」

「『どもー! 皆んなの憧れの的、大賢者ガブリエルでーす! ダニエラちゃんの熱いアプローチにお応えしてここに見参! ヴィンセントこいつのなかにいるから、いつでも呼んで欲しいな⭐︎ そんなわけでこれからよろしく♪』 奴の放った最初の言葉じゃ」

「・・・・・・」


あのペテン師。


まさか本当にしゃしゃり出てきただけとは恐れ入る。


さすがに自由すぎるだろ。


「あれ? じゃあ何で俺はビンタされたの・・・?」

「ごほんっ!!」


俺の言葉をかき消すようにダニエラはわざとらしく咳払いをした。


「あやつが余計な事を言おうとしたからじゃ」

「余計な事?」


何やらシルヴァーナとアテナがほくそ笑んでいる。


「ガブリエル様は自己紹介するや否や族長に向かい、『ダニエラちゃん久しぶりー。あの時は応えてあげられなくてごめんね。悲しませるつもりはなかったんだ』と言い放ったのです。察するに二人は恋仲だったのでしょう。族長振られちゃったんですね。可哀想に」


してやったりといった顔だ。


シルヴァーナ。


君は今とんでもなく悪い顔をしているぞ。


そんな事言ったらまた・・・


その瞬間、再び乾いた音が響き渡った。


「いったぁ?!」

「その話はもうよいわ!!」

「何で俺・・・ 言ったのはシルヴァーナ・・・」


理不尽だ。


ジンジン痛む左頬の『G』の模様が、まるで抗議するように熱を帯びる。


ちくしょう!


あのクソ魔導士偉そうに人に言える立場か!


次に会ったらタダじゃおかない・・・


ダニエラ様は眠るヘンリーを指差した。


「そんなことより、『穢化えか』が始まっている其奴を治したいのじゃろ?」

「治るのですか?!」


聞く前にハンナが身を乗り出し食いついた。


「安心せい。妾に寿命以外で治せぬものはない」

「本当ですか?! ありがとうございます!!」


ずっと元気がなかったハンナの表情が一気に明るさを取り戻した。


「尤も、治すのは妾ではないがの。あっはっはっ!」

「へ?」


唖然とする俺たちに向かい、ダニエラはイタズラな笑顔を見せる。


「こっちじゃ。ついて参れ」

『あー。やっぱりあそこに行くのね。それじゃ私は戻ろっと。アイツとは相性悪いし』

「わはは! お主はそうであろうな! どうじゃ、その魅惑のぼでーを飽きるまで触らせてくれるというなら強力な耐性を持つ身体に変えてやってもよいぞ?」

『ぜったいにいや』


不気味なくらい低い声で吐き捨てたアテナは早々に異次元へ消えていった。


「さて。行こうかの」


ダニエラは周りのエレメントに離れるように促すと、木製の杖の臀部を床に打ちつけた。


すると、床を埋め尽くさんばかりの魔法陣が描かれ、淡く輝き出した。


「どこへ行くのですか?」

「そりゃあ決まっておる。『大聖域セラフィックフォース』じゃよ」


ダニエラ様は微笑むと魔法陣の上に立ち、こちらに手招きした。


俺たちは顔を見合わせ、恐る恐る魔法陣の中へ踏み入れた。

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