番外⑦〜抗議〜
サラマンドとオンディーヌの国境はくびれたような細長い地形となっている。
国境沿いで勃発した両国の戦争により大きく抉られた大地は五百年の時をかけ海水が流れ込み海峡となった。
国境には両国の協力のもと建設された大きな架け橋がかかっており、そのちょうど真ん中には記念碑が立っている。
両国の繁栄を願い建てられた記念碑は劣化が進み、今にも崩れそうな佇まいで何とかその形を保っている。
長い間均衡が保たれていたのは、積もった憎しみの感情と、共に得た栄華の天秤が絶妙なバランスで釣り合っていた証と言えるだろう。
それは並々と注がれたコップの水が溢れる寸前のような状態。
いつその均衡が崩れるか誰にも分からなかった。
過去の大戦から五百年。
サラマンド八十一代目君主ヴァルカン・ヴェルブレイズによって、ついにその均衡が破られた。
そしてそれを迎え撃つオンディーヌが有する三叉のギルド『
両国の最高兵力による激しい攻防が繰り広げられている。
瞬く間に戦火が広がり、もはや鎮静は不可能なほどその規模は拡大していた。
サラマンド城ーーー。
「ヴァルカン陛下・・・」
ウェンディは客間から差し込む夕日に悔しさを乗せ、朧げに窓をの外を見つめていた。
「コソコソと何をしていたウェンディ?」
「少々気掛かりなことがあってな。独自に調査していた」
ウェンディは窓の外を見つめたまま答えた。
「フン。まあいい。戦が始まった以上、お前には遅れた分の上乗せも加味して仕事はしてもらう」
「始まった?
ウェンディは笑みを浮かべるヴィゴーを睨む。
「どちらでも同じことだ」
「今は争っている場合ではないと思うがな」
「お前は分かっていない。オンディーヌをサラマンドの領地にすることが叶えば世界を統べることは達成したと言っていい。シルフィードもノームズも恐るるに足りんからな。ノームズの場所を特定するのは骨が折れるが既に目星はついている。サラマンドがこの世界の覇者となるのだ」
揚々と語るヴィゴーに、ウェンディは呆れた様子で首を振る。
「お前も陛下も目先の宝に目を奪われていることに何故気付かない。オンディーヌとシルフィードの『大聖典』が消えたのだ。この意味が分からない訳ではなかろう?」
「魔王ゼフィールの復活か。それは些事に過ぎん。復活したのならもう一度倒せば済む話だ。それよりも先にまず、世界を統べることが先決であり父上の悲願そして僕の望みだ」
ウェンディの眉が僅かに上がる。
「哀れだな。利己的な支配など長くは続かない。過去にはお前たちのような時代も確かにあったが、いずれも束の間の繁栄に過ぎなかった。これはサラマンドに限った話ではなくオンディーヌやシルフィードでも変わらない世界の真理。それは歴史が証明している」
威圧するようにウェンディを見下ろすヴィゴー。
「哀れなのはお前だ。そんな綺麗事や理想論を追い求めても無駄だと言うことに気付かないとはな。お前が夢見るものは朝霧のように不確かであやふやなものだ。父上の掲げる理想こそ目指すべき道標なのだ。人は道が示されていないと迷う生き物。父上はその先端を歩き、民を導いて下さる」
ウェンディは刺すような鋭い眼光でヴィゴーを見上げた。
「民を顧みぬ国に待つのは破滅だけだ。今では反発する過激派も現れる始末。我々国軍であればまだしも、一般市民までもが徴兵されている状況だ。此度の戦で誰が一番不幸か。それは議論の余地がない。果たしてこれが民の望むものか?」
突然ヴィゴーは大声で笑い出した。
「腕前こそ目を見張るものがあるが頭の方はついていっていないようだなウェンディ! それこそ目先のことにしか目が向いていない証だ。この戦の先には永遠の繁栄が約束されているのだ。だからこそ僕たちは戦う。それ以外に理由はない。愚民であろうとその必要性くらい理解できるだろう」
「・・・これ以上の会話は無意味のようだ。私はそろそろ行く」
「さて。どれだけのオンディーヌ兵を屠ってくれるか楽しみだな。今は存分にその腕前に頼らせてもらうとするよ。神聖なる
「どうかな。戦場では想定外の問題が起こるのが常だ」
ウェンディはヴィゴーに背を向けドアノブに手をかける。
「足元を救われることがないよう、ささやかながら祈っているよ
「どういう意味だ」
眉にシワを寄せ怒りを露わにするヴィゴー。
それを嘲笑うかのように、ひらひらと手を振り客間を出ていくウェンディだったーーー。
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