第23話 ノームズへの道標


「この世界は北の大国サラマンド、その南西に陸続きで繋がるオンディーヌ、そして海を挟んでオンディーヌの対岸の大陸シルフィードという構図になっていて、この三大陸のちょうど真ん中には『原初の海』と呼ばれる大海が広がっています」


呆気に取られる俺たちとは対照的に、フランはキラキラした瞳で女王の話に相槌を打っている。


「何もないところに煙は立たないと言います。各国は、この『原初の海』のどこかに存在するという仮説を立てました。そして、実際その場所はほぼ突き止めたと言えるところまで調査は進んでいました。にも関わらず、現在まで発見に至っていないのには理由、というより問題があるのです」

「問題、ですか?」


アリスは一息つきこちらを見つめる。


「『虚構の狭間ヴォイド・ベルト』の存在です。『虚構の狭間ヴォイド・ベルト』は目で見る事はできない不可視の領域を指しますが、『原初の海』を抱くように球の構造をしているようです」

「ん? どうしてそれが分かるのですか? 生還者はいないんじゃ」

「それは『虚構の狭間ヴォイド・ベルト』の内部へ踏み入った場合です。不可視のため、その規模は不明ですが、幸運にも引き返し一命を取り留めた者が数十名います。その者たちの証言をもとに、現在も少しづつ調査を進めているのです。こちらから踏み込まない限りは無害ですから」


なるほど。


どうやらその『虚構の狭間ヴォイド・ベルト』とやらの存在が『未知なるノームズ』を演出し、全貌解明の難易度を上げているようだ。


逆に言えば、『虚構の狭間ヴォイド・ベルト』さえ突破できればノームズへ辿り着けるということか。


「球状ということは、空や海からも侵入できないということですか?」

「鋭いですね。仰る通り、空からは飛行艇を有するシルフィードが、海底からはオンディーヌの戦艦が突破を試みましたが失敗に終わっています」

「あれ? でも、それと私の閃きに何の関係があるの?」

「精鋭部隊や冒険者たちの消息を断つ地点が必ず『原初の海』の中心付近だからです。まるで外界からの侵入を拒絶するように。それ故に、各国は『虚構の狭間ヴォイド・ベルト』の内側にノームズが存在すると推測しています」


まさかフランの出鱈目が当たってしまうとは。


これは面倒くさいことに・・・


気付けばとんがり帽子が俺に向かい狙いを定めていた。


「何だよ」

「ほらほら。何か言うことがあるんじゃないの?」


とんがり帽子の先端がペシペシと俺の頬を叩く。


ウザい。


「はいはい分かったよ。フランはすごいな流石だよ」

「心がこもってないからダメ〜」

「・・・良くやった。フランは天才だよ」

「でしょ〜? うふふ」


ほんと面倒くさいヤツだと思いながらも、結局従ってしまう俺のチョロさよ・・・


「何ですのその発情したメス面は。みっともなくて見ていられないですわ。これだから下民は」

「ふふふ。何とでも言いなさいよ。アイデアを思いつきもしなかった負け犬の遠吠えなんて響かないわ。この天才にはね」

「何ですってぇ?!」

「あーっはっはっ!! 良い気分ねぇ〜! これぞ強者の余裕ってヤツよ♪」

「い、言わせておけば調子に乗って!」


アリス女王の視線が痛い。


ハンナの笑顔も引きつっている。


「す、すみません。いつもこんな調子でして」

「子供すぎてついていけないですぅ」

「仲がよろしいようで何よりです」


とにかく、これでやらなければいけないことが明確になった。


となれば後は行動するのみだ。


「ヴィンセント様ぁ。ヘンリーの様子が・・・」

「着実に進向しているな。早く『原初の海』へ行こう」


よく見るとヘンリーの身体の斑点が少し大きくなっていた。


連動するようにその表情が苦痛に歪む。


「ビアンカはいますか?」


アリス陛下が外へ向かい声を掛けると、一人の女性騎士が王の間へやってきた。


群青色の軍服と、頭の青いリボンが彼女の柔らかな白髪を強調している。


清楚を具現化したような容姿に思わず引き込まれる。


「ここに」


女性騎士は流れる動作で女王陛下の前に跪いた。


「彼女はギルド『荒天瀑布カスケード』のリーダーであり、水紋章アクアクレストのリーダーでもあります。あなた方のサポート役として『荒天瀑布カスケード』を同行させましょう」


女王の言葉に、女性騎士は優雅に立ち上がり俺たちに会釈した。


「ビアンカ・バルビエリと申します。よろしくお願いしますね」

「ヴィンセント・ヴェルブレイズです。よろしく」


さっと右手を差し出すビアンカに応えしっかりと握り返す。


「厚みのある無骨な手・・・ 鍛錬を積まれた美しい手ですね」

「あ、ありがとうございます。初めて言われました」


こういう細かいところに気付ける人っていいなぁ。


全てを受け入れてくれそう。


「握手を交わしただけであなたの純粋さが伝わってきます」

「いやぁそんな事は。ははは」


フランの蹴りがスネに直撃する。


「 いってぇ?!」

「ふん! いつもいつもエロい目で女を見て! 女なら誰でも良いのか!」

「い、言いがかりだ! 人を変態みたいに言うな!」


確かに可愛いと思ったのは認める。


でも仕方ないだろ?


だって可愛いんだから。


「ウフフ。どの辺が強者の余裕なのか教えて下さいませんこと?」

「う、うるさい! それとこれとは話が別なの!」

「おーっほっほ! 見苦しいですわね〜!」


もう一人、金髪の男が王の間へやってきた。


俺たちを牢屋から出してくれた男だ。


「フン。平和ボケしたツラしやがって。こんな奴らと一緒では命を落としかねないな。余所者の力など借りずとも我々だけで十分では?」

「まあまあそう言わずに。ほら、ちゃんと自己紹介して?」


男は優しく微笑むビアンカから目を背け俺の前に立った。


「・・・マルコだ」


そんなあからさまに嫌そうな顔をしなくても。


「皆さん。無事にノームズを見つけだし、ヘンリーを助けてください。お願いします」

「任せてください。絶対に救ってみせます。ハンナのためにも」


涙を浮かべるハンナの頭を優しく撫でる。


「大丈夫だ。ヘンリーは絶対助ける」

「ヴィンセント様 」


アリス女王に見送られ、俺たちは『荒天瀑布カスケード』の二人と共に王の間を後にした。

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