第22話 天才の閃き


アリス女王陛下はハンナに向かい悲しげな視線を送る。


「ハンナ。あなたが星護教団に肉親を人質にされているなど知る由もなかった。配下がそのようなことに巻き込まれていたとは思いもしなかった。私の右腕であるあなた方、水紋章アクアクレストの抱える問題に気付けず、力になれなかった愚かな私をお許しください」

「陛下のせいではありません! 全ては私の、『幻楼の白波ホワイト・ホース』のリーダーである私の未熟さが招いた失態です」

「確かに『大聖典』を失った事は非常事態と言わざるを得ません。けれど、それ以前に民の命を守るのが国の長である私の務め。それを果たせなかったのは女王として恥ずべき事です」

「いいえ。私が油断していたから・・・」

「とにかく。あなたとヘンリーが無事で本当に良かった」


アクアクレスト?


ホワイト・ホース?


一体何の話をしているんだ?


呆けた俺たちに気付いたアリスは困ったように微笑んだ。


「これは失礼。他国の皆様には説明が必要でしたね。水紋章アクアクレストとはオンディーヌの数あるギルドの中から選ばれた三つのギルドのリーダー三人で構成された組織のことで、私の護衛やサポートをして頂いています。そして、『幻楼の白波ホワイト・ホース』はハンナがリーダーを務めるギルドの事です」


なるほど。サラマンドでいうレギオンのようなものか。


ん? ちょっと待て・・・


つまりハンナはその選ばれた優秀ギルドのリーダーで、陛下の直属部隊の一員ってこと? 


「うそっ?! あなたギルドリーダーだったの?!」


フランが俺の心の声を代弁してくれた。


「な、何ですかその意外そうな顔はぁ〜! 失礼ですぅ!」


俺たちの前で地団駄を踏むハンナ。


その度にトレードマークのベレー帽がふわふわと浮いている。


「さすがのわたくしも驚きましたわ」

「ひゃっ?! ローズまで?!」

「だって魔導士というよりマスコット要素の方が強かったから。ね、ローズ」

「ふ、不覚ながら」

「二人とも酷いですぅ〜!!」


ハンナの地団駄が激しさを増す。


怒っているというより遊んでいるようにしか見えない。


尊い。


そんなハンナを見て、心の中で二人に激しく同意した。


なにしろどうやって妹にしてやろうか夜な夜な悩んだくらいだからな。


という冗談はさておき、ハンナは弟を助けるために俺たちを探したと言っていた。


少し引っかかる。


その割には随分特定が早かったような・・・


「ハンナ。俺たちがゲイル山脈にいるのはどこで分かったんだ?」

「ほぇ? そんなのここに決まっているです」

「・・・何だと?」

「ヴィンセント様のようなクセのあるマナを感知するくらいならこの距離でもよゆーなのですぅ。ヴィンセント様とハンナの相性の良さが生んだ奇跡ですね♪ えへへ」


こわっ!!


フェチの力恐るべし。


ていうか会った時怖がってなかったっけ?


「見つけた時ビビッときたんですぅ! これはハンナ好みだって♪ まさかヴィンセント様に気付かれているとは思いもしませんでしたけどぉ」


俺がハンナの視線マナに気付いたのはシルフィード辺りからだ。


まさかそれがオンディーヌからのものだったとは驚いたな。


「それよりアリス様ぁ。ヘンリーの様子がおかしいままなのです。身体に斑点ができていて、ここへ来る間もずっと苦しそうだったのですぅ。私、どうしたらいいか分からなくて」

「こちらへ」


アリス陛下の前でヘンリーをゆっくりと寝かせた。


今は落ち着いているな。


穏やかな寝顔だ。


女王はヘンリーの体にそっと触れた。


「これは・・・『大聖典』のマナに晒された後遺症ですね。『大聖域セラフィックフォース』や『大聖典』のマナは通常よりも何十倍、何百倍も凝縮された非常に濃度の高いマナで構成されています。長時間晒されれば意識は混濁し、精神が崩壊してしまう。命を落とす危険もあります」

「少しであれば治癒力や魔力の向上を見込めますが、何事も過度は危険。本来、『大聖域セラフィックフォース』はその役割からも長居するような場所ではありません。見たところ、接触時間と浸透度は致死量に近いでしょう」

「そんな。 治らないのでしょうか・・・」

「方法がないわけではありません」

「教えて下さい! ヘンリーを助けるためなら何でもします!」


食い気味に前に出るハンナ。


「試させて頂くと言ったのはまさに彼のことなのです」

「え?」

「ヘンリーもハンナ同様、私にとって大切なオンディーヌの民であり仲間です。ハンナをサポートし彼を無事元に戻す事。これを条件にあなた方の話を信じましょう」


条件が出されることは予想していた。


問題はどうやって治すのかだ。


「ですが、失敗する可能性は極めて高く、分の悪い賭けになることが予想されます」

「構いません! 教えて下さい!」


アリス女王の視線に頷いて応える。


当然、俺たちもハンナと同じ気持ちだ。


出来ることは何でもやる。


「あなた方は深緑の国ノームズをご存知ですか?」


この名前を前に皆が黙ってしまった。


何せ実在するかどうかすら分からない謎の多い国だ。


深緑の国ノームズはこの世界に魔王ゼフィール討伐後から存在すると言われる国で、その歴史はサラマンドと並ぶといわれる。


ノームズはしばしば幻の国とも呼ばれる。


何故か。


それは、この二千年もの間一度も場所を特定されないまま現在に至るという事実と、ノームズは他の国のような大陸ではなく、国土が非常に小さいと言われているからだ。


場所を特定できない原因は諸説あるが、中でも有力な説が二つある。


一つ目は、ノームズ周辺を覆うマナが複雑に重なる事でその存在場所を隠し外部からの感知を無効化しているという説。


二つ目は、島国であり、その島自体が何らかの方法で魔法を遮断するマナを発し、その上で島が移動しているという説だ。


なんでも人口数十人ほどの田舎町くらいの小さな規模で、魔導士の大半がサモナーという、型で見ても非常に珍しい国らしい。


ノームズに関する噂話は地域によって変わるほど多数存在する。


と、このようにネタに尽きないノームズは研究の対象としてこの上ない材料だ。


発見し入国することが叶えば、後世にその名を残すことになるだろう。


「ノームズは非常に特殊なマナで満ちる国と言われ、国を収める長はこの世界の全ての知識をその身に享受していると聞きます。ノームズの長ならばヘンリーを救う術を知っているかもしれません」


しかし、まさかここでノームズとはなぁ。


確かにこれは一筋縄ではいかないかもしれない。


ふと見ると、アリス女王は何か考え事をするように顎に手を当てていた。


「女王?」

「いえ。なんでもありません」

「な〜んだ。それなら早くノームズへ行きましょうよ。ヘンリーの容体も心配だし」

「お前な。世界中が血眼になって探してもその場所を特定できないんだぞ。そんな簡単な話なら苦労しない」

「大丈夫よ! いざとなったらヴィンセントがいるんだし!」

「人に頼る気満々のくせに誇るな」


陛下は申し訳なさそうに続ける。


「ノームズはその本当の姿を知る者がいない未知の国。私たち魔導士にとって興味の対象になるには十分過ぎました。しかし、過去に何度も精鋭部隊を編成し総力を上げ捜索を試みたこともありますが、全て失敗に終わりました。サラマンドやシルフィードも同じでしょう。最上級クエストとしてギルドにも依頼していますが、未だ発見に至ってらず、生還者もいないのです」


フランは俺たちの前に立ち、得意気に人差し指を立て鼻を鳴らした。


「ふふん♪ 天才の私は閃いちゃったのよね」

「ほう。随分な自信だな。どこだよ?」

「ズバリ、海の真ん中よ!!」


・・・・・・。


何とも言えない空気が流れた。


ローズはやれやれといった様子で首を振っている。


ハンナに至っては呆けた面で天井のシミを数えていた。


「あのなフラン。今回は流石に浅はかだと思うぞ」

「えぇ?! とびっきりの閃きだったのに!」

「フランの事だ。海の真ん中が広いからそこしかない! とか思ったんだろ?」

「さすがヴィンセント! 正解♪」

「正解♪ じゃない。そう言いたくなる気持ちも分からなくもないが、そんな簡単ならそもそも二千年も発見されていないのはおかしいだろ。アリス女王も言ったじゃないか。国が精鋭部隊を編成しても見つけられないくらい難しいんだぞ」

「い、言われてみれば・・・」


自慢のとんがり帽子がしょげたように折れ曲がる。


「うぅ。自信あったんだけどなぁ」

「全く・・・ これだから何も知らない弱小貴族のとんがり帽子さんは」

「あんたもでしょ! あとあだ名に一貫性が無さすぎ! どうせなら統一しなさいよね!」

「突っ込むところはそこですか・・・」


フランの発言にはいつも驚かされるけど、不思議と空気が和むんだよなぁ。


余計に調子に乗るから本人には絶対言わないが。


「ふふ。あなたの閃き、あながち外れていないかもしれませんよ」

「ほんと?!」


まじすか。


女王の思いがけない言葉に驚く俺たちを差し置いて、たった一人フランだけは期待に満ちた表情で目を輝かせていた。

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