第21話 信用に足るか否か
甲冑に身を包んだ兵士に囲まれながら前を歩く男の背中を見つめる。
サラマンドに負けず劣らずの広い回廊だ。
白を基調とした壁や柱の装飾が、敷かれた群青色の絨毯や壁に映えよく合っている。
まるで海底にいるようだ。
背負ったヘンリーも今は落ち着き寝息を立てている。
横を歩くフランがそっと耳打ちしてくる。
「捕まえておいて急に出ろだなんて、王様ってのはつくづく勝手よね」
「権力を持つとそうなりがちなんだろうな」
「ヴィンセントみたいに優しい人が王様になればいいのに」
「止せって。俺は優しくなんかない。自分のことで精一杯だ」
「よく言うよ。私やハンナのこと、本気で何とかしたいって思ってたクセに」
フランに脇腹を小突かれる。
「シオンの姿は見えなかったな」
「それは仕方ないよ。星護教団の奴らは世界中のエレメントを引き入れまくってるんだから再開する確率の方が低いと思うし。今は、その子を助けてあげられただけでも十分だよ」
フランは眠るヘンリーに微笑みかけた。
「いつか必ず助けよう」
「そうだね。ありがと」
しばらく真っ直ぐ進むと、天井まで伸びる大きな扉が目に入った。
「この先に陛下がおられる。いいか。くれぐれも粗相のないようにな」
頷くと同時に男は両手で扉を開いた。
「連れて参りました」
「ご苦労様ですマルコ。下がっていいですよ」
「はっ」
マルコは一礼し俺たちに顎で合図した。
「失礼致します」
広い王の間の緩やかな段差を上がり、真っ白の玉座に座る陛下の前まで歩いて行く。
天井から、薄い膜を張ったように透き通った水が壁を伝って流れ落ち、王の間の床全体を這うように、静かに流れている。
真っ青なドレスに身を包んだ女王陛下は優雅に立ち上がり俺たちの前に立った。
「オンディーヌ八十一代目女王、アリス・アダムスです。先ずはその身を拘束した無礼をお詫びしましょう」
彼女の深い海のように美しく長い青髪が揺れ、金色に輝く波を模した王冠がキラリと光った。
透き通るような白い肌に、全てを見透かすような蒼い瞳。
まるで海神を擬人化したような、そんな壮大さを感じさせる。
その美しさと荘厳さに思わず目を奪われた。
「あ、いや勝手に侵入したのは俺たちですし」
「ハンナも。一時的なものとはいえ同胞に対し手荒い対応をしてしまいました。お許しください。形式上、捕縛という形を取らざるを得なかったのです」
「いえ。私は・・・」
「我が国の『大聖典』が消失し奪われた事は建国以来の非常事態です。いいえ。アークランドにとっても」
「はい」
張り詰める空気に息苦しさを感じる。
「申し遅れました。ヴィンセント・ヴェルブレイズです。シルフィードより使者として遣わされました」
戦争が起こりそうな時にこの名前を発するのはかなり緊張するが、陛下を前に名乗らないわけにはいかない。
「あなたがヴィンセント。ノーランド王から話は聞いています。サラマンドを追放されたそうですね」
「ご存知でしたか」
「ふふ。使い魔を通して前もって連絡を頂いていたのです。驚くことではありませんよ」
アリスが手のひらを天に向けると、綺麗な水色の小鳥が姿を現した。
「そうだったのですか」
きっと、ノーランド王が気を利かせてくれたんだ。
「『大聖典』が奪われたのは星護教団の仕業であるということも既に判明しています。詳しい動機やその行動指針に関してはもう少し詳しく調べないといけませんが」
ネフィリム。
あいつらの目的は『大聖典』。
『大聖典』の消失は国家にとっても重大な問題だが、いずれは世界に影響を及ぼす。
これは一国だけの問題に留まらない。
だが、世界にとってもう一つ厄介な課題がある。
サラマンドとオンディーヌの関係だ。
単なるニ国間の争いというだけで片付けられない問題で、これはある意味『大聖典』と並ぶくらい大事と言えるかもしれない。
何故なら、仮にサラマンドがオンディーヌを落とした場合、恐らくその手はシルフィードやノームズにも伸びるからだ。
あの父上が一国を支配した程度で満足するような男には到底思えない。
オンディーヌ陥落を皮切りに世界を支配下に置くつもりであろうことは容易に想像できる。
もちろん父上の思い通りにさせないという個人的な思いもあるけど、決してそれだけではない。
これは、そんな一個人の小さな枠に収まらない問題でもあるということだ。
戦争を回避することはそれだけ重大な任務。
さて。
とはいえサラマンドのこと、どうやって切り出したものか。
しばらく悩んでいると、アリス女王はこちらの心を見透かすように優しく微笑んだ。
「話し合いに来られたのでしょう? そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。私としても争いは望んでおりません」
ノーランド王と同様、アリス女王からも威圧感は全く感じない。
きっと、権力を振りかざして恐怖で支配しているのは父上くらいなんだろうな。
「ありがとうございます。実は、サラマンドがオンディーヌとその争いを起こすべくオンディーヌ北の国境にレギオンによる魔導士の兵を編成し進軍しているようです」
「派遣している兵からサラマンド側の不自然な動きがあったと報告を受けていましたが、そういう事でしたか」
「オンディーヌに被害を出すわけにはいきません。非常事態に備えて兵を国境へ動かす必要があります」
「そうですね。誤報に越したことはありませんが、万が一のことも考えなければなりません」
「ですが、陛下には出来れば話し合いで解決する道を選択して頂きたく思います。現在、直属の家臣にサラマンド側に話し合いの場を設けるよう働きかけてもらっています」
女王陛下はしばらく沈黙した。
「詳しくお話し頂けますか?」
「はい」
ノーランド王との会話。
ウェンディから知らされた情報。
魔物の襲撃。
その全てを伝えた。
「話してくれてありがとうございます。サラマンドの方は、そのウェンディさんが交渉役となってくれているのですね」
「はい。上手くいけば兵は撤退するはずです」
再び沈黙。
「誠意は感じられます。嘘を言っているようにも見えません。ただ、国を背負う立場として、たとえ誠意のある言葉であっても外国から来た者の話を安易に信じるわけにはいきません」
「むしろあなた方とウェンディさんによる偽物の情報でオンディーヌを混乱させ、サラマンド軍の進軍と流入を容易にさせようと画策している、ということも考えられます」
普通はそうなるよな。
いくらノーランド王の推薦でもオンディーヌからすれば信憑性に欠けるのは当然だし、陛下の立場からすれば尚更慎重になるのは当たり前だ。
「俺は父親に絶縁されました。そして実弟に殺されそうにもなった。俺はサラマンドが憎いし、追放した父上や弟のことも恨んでいる。国に対する未練はありません」
「何より力で支配しようとする父上のやり方には賛成できない。だからこそシルフィードの使者としてこうして参上したのです。ここに嘘はないと、大賢者ガブリエルに誓います」
女王の向ける視線に真っ直ぐ応える。
「だ、大丈夫です! ヴィンセントは嘘つくような人じゃありません! だからっ・・・!」
「こら。勝手に口を挟むなっての。ややこしくなるだろ」
フランの行動はいつも突拍子もない。
だけど今回ばかりは空気を読んでくれ。
何よりこれは感情でどうにかなる話じゃないんだ。
「ふふふ。ヴィンセント王子は仲間から信頼されているのですね」
「すみません。こいつ、思った事はすぐ口にするタイプなんで」
口を抑えられもがくフランをなだめながら、必死に女王に頭を下げる。
するとローズが一歩前に出た。
「彼はS級クエストである飛行石の採集を達成し、シルフィードの経済の要である飛行艇の燃料問題を解決に導いてくれた我が国の恩人です。ヴィンセント様は信ずるに値する素晴らしいお方ですわ」
「なるほど。S級クエストを」
女王は決心するように顔を上げ俺を見つめた。
「分かりました。そういう事なら一つ試させていただきましょう」
「試す・・・?」
女王の意味深な視線に、俺たちは互いに顔を見合わせた。
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