番外④〜漫談〜
※視点が変わりますのでご注意ください。
深緑の国ノームズ。
世界から隔離された孤島。
生息する動植物は魔王ゼフィールが封印された古代種であり、絶えることなく命を繋ぎ続けている。
孤島はいくつか点在し、生態系を含めたその様子もまた島によりかなり異なる。
一番大きな島でも一日あれば回れてしまうくらいの大きさで、全ての島群を合わせても決してその規模は大きくない。
その独特の歴史が、不思議で幻想的な環境を作りあげている。
このように二千年にものぼる孤立した環境が島独特の生態系を構築した歴史を持つという国は、アークランドにおいてノームズ以外に存在しない。
静かに佇む島々の真ん中に、見るからに溢れんばかりの木々や植物の生い茂る島がある。
その森深い奥に、一軒の木造家がひっそりと佇んでいる。
アンティーク調に古びた長机の上で、ぼんやりと光を帯びる世界地図を眺める一人の女性。
妖精のように尖った耳が印象的で、典型的な先端の丸い木製の杖がその背後に浮いている。
年季の入った老木から作られた杖だが飾り付けられた煌びやかな装飾がいかにも今風である。
周りには数多のエレメントの姿も見受けられ、その佇まいから熟練した魔導士であることが窺える。
これらの特徴だけでも独特だが、何よりその印象を決定づけるのは、まるで一つ一つの星が瞬くように様々な色に輝きを変える、その長い髪だろう。
その奇抜な容姿も手伝い、見たものを深淵へと誘うようなミステリアスさを醸し出してる。
女性はまるで盤上で次の一手を悩むように難しい表情をしていた。
その傍には、薄っすらと虹色に光る紙のようなものが何百何千枚と乱雑に積み重ねられている。
「やはり。どう考えてもお主の予測した通りになりそうじゃな」
ノームズは地図上に存在しない幻の島。
『ノームズ』という名前と存在だけは人々に知られているものの、一切の謎に包まれているその様子から、しばしば恐怖の対象となっている。
島自体が生き物であるという噂や、特定されないために島が移動しているといった話まで出回るほどその場所を特定するのは困難を極める。
実際、ノームズとコンタクトを取るべく各国が内包系で感知魔法に長けた優秀な魔導士たちで構成された調査団を派遣しても、その居場所を突き止めることができないほどである。
そのあまりにも長い間沈黙する姿勢に、次第に懐疑的に思う者も出てきている。
そんな得体の知れない国ノームズだが、世界を見限っているわけでもなければ拒絶しているわけでもない。
むしろその逆である。
「おばーちゃん。これなに?」
一人のエレメントが虹色の紙を取ろうと手を伸ばした。
「それはこの世界の大切な記録じゃ。触れてはならんよ」
女性はキョトンとするエレメントの頭を優しく撫でた。
「そう思うのでしたら整理整頓なさるべきかと」
十代くらいの若い女性魔導士が呆れた表情で盤上の地図を覗き込んだ。
対面する熟練の女性魔導士のように耳が尖っており、耳元のおしゃれなピアスが目を引く。
そのすぐ横で緑色の光の玉がふわふわと浮いている。
「仕方なかろう。片付けは妾の専門外なのじゃ。だからお主がおるんじゃろ?」
「それは専門云々以前に姿勢の問題です。あなたの召使いになった覚えもありません」
「つまらんのー。ちょっとした”じょーく”ではないか」
「はぁ・・・ そんな下らない事に気を回す余裕があるなら、さっさと私にこの国を継承させてください。そうすればすぐにでも隠居させてあげますよ」
「なっ・・・?!」
熟練の女性魔導士は机を叩き勢いよく立ち上がった。
積み上げられた紙が数枚、ひらひらと舞い落ちる。
「お主まさか族長である妾を国から追い出そうなどと考えておらんじゃろうな?!」
「名案です。それもいいかもしれませんね」
「何という仕打ちじゃ! 手塩にかけてここまで育ててやったというのに!」
熟練の魔導士は若い魔導士の胸部を凝視する。
「ど、どこ見てるんですかっ?!」
『ピィ〜!』
突然、真っ赤な顔で胸を隠す若い女性魔導士を守るように緑の光の玉が割って入った。
「ふ。主人を庇うとは健気なものじゃ。そういえばお主も良いモノを持っておったのぅ。グフフ♪」
『ピャッ?!』
熟練の女性魔導士の杖をゆらゆら揺らしながら迫る君の悪い動きに、光の玉は一目散にその場を去って行った。
「待ってください! 私を置いて逃げるのですか!?」
「ほーれ。もう逃げ場はないぞ〜。観念するのじゃ〜」
「いい加減にしてください!!」
森中に鈍い音が響き渡る。
熟練の魔導士はぼんやりと光る世界地図の上に伏し、頭から煙を出していた。
「悪ふざけも大概にしてください」
「いたた。本気で殴らんでも良いじゃろ・・・」
「族長には中途半端にしても効果が期待できませんので」
「すまんすまん。つい調子に乗りすぎてしまうのは妾の悪い癖じゃな」
「分かっているなら直す努力はしてください・・・」
若い女性魔導士は地図を指差す。
「それよりこれ。無くなった『大聖典』の後遺症、ですか」
「さすが妾の弟子。気付いたか」
「これに気付けないようではお話になりませんよ。それくらい不自然な流動です。それに『大聖典』が無くなるなんて前例もないことなのですから簡単に分かります」
「そうじゃな。
真っ暗な夜空に大きな笑い声が響き渡る。
「どういう事ですか?」
「妾の優秀な愛弟子でもまだそこまでは視えんか」
「あなたと一緒にしないでください。私は五大賢者でもなんでもない、ただのサモナーですから」
『ピィ』
緑色の玉がふわふわと戻ってくる。
光の玉は葉枝で休息する小鳥のように、若い魔導士の肩の辺りにそっと留まった。
熟練の女性魔導士は高笑いしながら若い女性魔導士の肩を叩いた。
「そう自分を悲観するでない。お主は『超』が付くくらい優秀なサモナーじゃよ。その身のハンデを考えても。お主に仕えるエイビーズを見ても、な」
「嫌な事を思い出させないでください。あれは私の弱さが生んだ悲劇・・・」
「過去に囚われていても前に進めぬ。そして悲しいかな、いつだって力無き者は奪われる運命にある」
「だから私はっ・・・!」
熟練の女性魔導士は優しく微笑みかける。
「そう。だからこそお主は心身共に強靭な力を得るに至った。前に進むための、その力を。それはそれで尊いことじゃ。じゃが、独りでできることには限界がある。まあ、それを埋めてくれる仲間と出会うからこそ、お主はより高みへ行けるわけじゃが」
「な、何を言って・・・」
「今は分からなくてもよい。どうせすぐに分かることじゃよ」
熟練の女性魔導士の視線は、まるで遥か未来を見通すように今ここではないどこかへ向けられていた。
「お主もその役割を果たす時は近いようじゃな」
若い魔導士は諦めたように深いため息をつく。
「良かったですね。なら隠居生活はすぐそこですよ」
「そんなに妾のそばに居たくないのか?!」
「ふふ。”ジョーク”ですよ」
そんなやり取りを肯定するように周囲を囲むエレメントたちにも笑顔が溢れていた。
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