第20話 出会い直し


誰かが叫ぶ声が聞こえる。


薄っすらと目を開くと、魔導士を主張するいかにもなとんがり帽子が目に入った。


「・・・フラン?」

「良かった! ヴィンセント!」


目を覚ますや否や思い切り抱きしめられる。


「く、苦しい」

「うぇ〜ん。死んじゃったかと思ったよぉ」


俺の言葉を無視するように抱きしめる力がより強くなる。


・・・それだけ心配してくれていたんだな。


「急に倒れられたので心配しましたわ」


ローズも不安な表情を浮かべ覗き込んでくる。


「ごめん。心配させちゃって」

「いいえ。目を覚ましてくれて安心しましたわ」


身体を起こし辺りを見回すと、数本の松明が申し訳なさそうに灯っている。


部屋は少し埃臭く薄暗い。


目の前には頑強な作りの鉄格子があり、そのすぐ外には兵士が立っていた。


「牢の中・・・?」

「ええ。ヴィンセント様が倒れられた直後にオンディーヌの兵が来たのですが、どうやら無断で『聖域』に侵入した事が理由みたいですわ」

「ネフィリムはどうなったんだ?」

「逃げるようにどこかへ行ってしまいましたわ。彼女にとっても兵が現れたのは想定外だったのでしょう」

「そっか。とりあえず皆が無事で良かった」


牢屋の片隅で、男の子を抱えうつむく少女の姿が目に入る。


ハンナは俺たちと距離を取るようにその目を合わせようとしない。


「ハンナ」

「失望しましたよね。私はヘンリーを助けるためにあなた達を騙し利用したのですから」


ハンナは気を失う少年の髪を優しく撫でる。


「ある日、任務で私とヘンリーが『大聖典』の見回りに行った時のことです。どこからともなく現れたネフィリムに油断してヘンリーを人質に取られ、『大聖典』に封じ込められてしまった。そして言われました。無事に返して欲しければ風の国にいる特殊なマナを持つ、頬に『G』の刻印が刻まれし男を連れてこいと」


どうして星護教団とヤツらに従うエレメントたちは『大聖域セラフィックフォース』のマナと同化できるのか。


どうしてその時に『大聖典』を奪わずにわざわざ俺たちを罠にかけたのか。


気になる部分はいくつかあるが。


「どうして俺がそうだと分かったんだ?」

「内包系の私はマナの感知は得意ですからすぐに気付きましたし、ゲイル山脈での戦いぶりで確信していました」


ハンナとの出会いは偶然ではなかったわけだ。


「言うことを聞かないとヘンリーの命はないって。そ、それで・・・」


ハンナは声を押し殺す。


その大きな瞳には溢れんばかりの涙。


誰だって自分の大切な人が危険に晒されたらなりふり構っていられないはずだ。


ハンナだけじゃない。


俺だってもしもヴィクトリアが攫われたりしようものなら、たとえどんなヤツが相手でも絶対に許さない。


「軽蔑しますよね。罠に嵌めようとしたんですから」

「そうでもないぞ」

「え・・・?」

「オンディーヌの『大聖典』は盗まれてしまったけど、ネフィリムの、星護教団の目的は俺でもあったわけだろ? ならどうせいつかは鉢合わせする事になっていたんだ」

「ヴィンセント様・・・」

「ハンナの弟を助けると決めた以上、どの道奴らと刃を交える覚悟もあった。早いか遅いかの違いだよ。だから騙したことにはならない。ちゃんと弟を取り戻せたんだ。むしろ計画は大成功じゃないか」


俺の言葉にフランは呆れたようにため息をついた。


「エサにされたってのに人が良いんだから」

「そのわりには嬉しそうだな」

「さすが私の男は器が大きいなって思って♪」

「器が小さいって言ってなかったっけ?」

「そうだったかしら? 覚えてなーい」


彼女の自慢のとんがり帽子をくしゃくしゃにする。


必死に押さえる帽子から覗くはにかむ口元に、何だか俺まで温かい気持ちになる。


「旦那様。ここは牢屋ですのよ? そろそろ他の女といちゃつくのもお止めにならないと示しがつきませんわ」


恐るべき妄想力。


ローズは頭の中の俺といつの間にか結婚してしまったようだ。


「ローズってなかなかの妄想癖だよな」

「うふふ。わたくしは本当のことを言っているだけですわ。あなたはわたくしと結ばれる運命にあるのです♪」


フランは心を読んでいたかのように俺の手を取ろうとするローズの手を素早く叩き落とした。


「まあ!? 何をしますのこの側室とんがりメイジさんは!」

「誰が側室だっ! なんかあだ名も長くなってるし適当すぎるわ!」

「あなたのような品性のかけらも無い下品な女はこのくらいで十分ですわよ」

「尻軽ビッチが言うな! あとフェルノスカイ家は由緒正しい家柄だ! バカにするな!」

「おーっほっほっほ!! どこの弱小貴族だか知りませんが代々シルフィード王族ノルドヴィスト家の側近を務めるレイノルズ家に盾突こうなんて千年早いですわ!!」

「言わせておけば・・・」


やれやれ。


牢屋にぶち込まれているってのに。


喧嘩するほど仲が良いってことなのかな?


「ど、どうしてみんな何も言わないのですか・・・? 私、裏切ったんですよ?」


ヘンリーを抱きしめながら、ハンナは怯えたような目で俺たちを見つめる。


「まだそんなこと言ってるの? 大切な弟を取り戻せたんだからそれでいいじゃない」

「そうですわ。それともあなた様はわたくしたちに蔑んで欲しいのですか?」

「で、でも利用したのは事実ですし・・・ いたっ?!」


つい反射的に手刀をお見舞いしてしまった。


「俺たちはもうとっくにハンナのこと仲間だと思ってるんだ。仲間のことを助けるのは当たり前だろ?」

「で、でも・・・」

「ハンナは俺たちのこと嫌いなのか?」

「それは絶対にありません! ヴィンセント様のことは大好きです!」


牢屋の中で告白された。


「あ・・・」


ハンナは顔を真っ赤にしてうつむき、ベレー帽で顔を覆う。


すかさずフランとローズはハンナに顔を近づけた。


ってどういう意味よ? 私たちのことは嫌いなの?」

「そ、そういうつもりじゃっ・・・!」

「旦那様が魅力的なのはよ〜く分かりますが、残念ですけれど彼はあなたではなくわたくしのモノでしてよ」

「いや、あんたのモノでもないから」


納得していない様子だ。


う〜む。


見かけによらず頑固だな。


そうだな。


「よし。それじゃあハンナ。まだ気が引けると言うならいっそ出会い直しってことにしよう」

「ぷっ! 何よ出会い直しって。もっと他にないの?」

「い、いいだろ別に! こういうのは気持ちが大事なんだよ!」

「センスは微妙な気もしますけれど、気持ちが大事であることは間違いありませんわね♪」

「ローズにまで言われるとショック大きいな」


タイミングなんていつだっていい。


いつだって始められるんだ。


本当の繋がりっていうのは過ごした時間だけでは決まらない。


お互い信頼し合うには先ず自分から。


そして、どれだけ無償で信じられるか。


それに尽きると思う。


「たった今からハンナは本当の意味で仲間になるんだ。お互い、これまでのことは綺麗さっぱり水に流してさ。そういうことでどうだ?」


俺は握り拳を作りハンナの前に差し出す。


「私は賛成だよ!」

「さすがわたくしの夫ですわ♪」

「だから違うから」


フランとローズの拳が寄り添う。


「みんな。ありがとう・・・」


ハンナの瞳から一筋の涙が伝う。


いかにも女の子らしく、その小さな握り拳は俺たちの拳にそっと触れた。


「そういえばあなた、なんか雰囲気が変わったよね。子供っぽく無くなったというか」

「言われてみればそうですわね。どうしてでしょう?」

「そ、それは気のせいですぅ!!」

「あれ? 戻った・・・」


首を傾げる二人にハンナは必死に両手を振っている。


まあ、ハンナは俺たちより年上だしな。


確かにそれも気にはなっていたが・・・


「ヘンリーの顔色が良くないな。それに身体中にあるその斑点・・・」

「そうなのですぅ。全然目を覚ましてくれないし、心配ですぅ」

「兵士に頼んで医者を呼んでもらおう。病人の、ましてや子供の面倒くらいは見てくれるだろ」


鉄格子越しに通路を覗き込んだその時、金属音の混じる重厚な足音が複数聞こえてきた。


兜を被り鎧を着た兵士たちの真ん中に、一人だけ兜を被っていない男の姿がある。


爽やかな金髪が場の雰囲気にそぐわない。


どうやらこちらへ向かってきているようだ。


兵を連れた金髪の男は俺たちの牢屋の前でピタリと立ち止まった。


「出ろ。陛下がお呼びだ」

「・・・え?」


てっきり死刑宣告でもされるのかと思ったけど、どうやら違うらしい。


俺たちは複雑な思いを抱きつつも、男の言われるがまま牢屋の外へ出たのだった。

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