第27話
「ちょうど週末でしょう? 気の置けないメンバーで、お祝いしましょうよ」
理紗の友人たちは、部屋にくるなり、理紗に言った。江那はちょうど相羽に会いに行っていて、部屋は理紗と友人たちだけだった。
「ケーキは大きく作って。そうね、ちょうど旬だし、ピスタチオとフランボワーズのケーキなんてどうかしら?」
その言葉に、理紗は目を見開いた。そして、自然と涙が滲んできた。
みんな、知っていたのだ。自分が、ピスタチオをやめた理由を……。わかった上で、何も言わないで、支えてくれていたのだ。
泣き出した理紗の背に、友人たちの手が添えられる。
「あなたは一人じゃないわ」
理紗は頷いた。痛いほど、皆の気持ちがありがたく、嬉しかった。自分は一人じゃない。そう、心から信じられた。
「だいぶ仕上がってきたな」
「滝口先輩」
「手伝えることがあったら、気軽に言ってよ」
「ありがとうございます」
それから理紗は、友人たちとパーティーの計画を練った。楽しい時間だった。その間は、胸の痛みを忘れることが出来た。
パーティーに呼ぶメンバーの中に、江那と相羽の名前はなかった。それは暗黙の了解だった。そのことに理紗は、後ろめたさを覚えながら、「ふたりも呼ぼう」とは言い出すことができなかった。何も考えたくなかったのだ。
「でも、相羽先輩が……」
相羽はどこからか、話を聞いたようだった。「水くさいだろ」と言って、自分もパーティーに参加すると言った。
「もちろん、エナと一緒に。リサはエナが好きだから、エナに祝ってもらうのが一番だろ?」
「相羽先輩」
「わかってる。俺たちに気を遣ったんだろ。でも、そういうのはなしにしようぜ」
俺たちの仲じゃないか――そう言って、相羽は目配せした。理紗の友人たちは、目をつりあげた。理紗は心の中で、彼女たちに謝り――相羽に頷いた。
「そうですね。お願いします」
「よし。めいっぱい盛り上げるから、楽しみにしててくれ」
上機嫌で、相羽は去った。理紗は、皆に向き直り、謝った。
「ごめんなさい、皆」
「理紗」
「ケーキはやっぱり、違うものにするわ。たくさん考えてくれたのに、ごめんなさい」
理紗は自分が恥ずかしかった。ずるいことをしたから、結局、皆に不義理をする羽目になってしまったのだ――そう思った。友人たちは何も言わなかった。ただ、「わかったわ」と言ってくれた。
その日の晩、江那が、おずおずと理紗に尋ねた。その目には、いっぱいの不安に満ちていた。
「お姉さま。私、パーティーに行っていい?」
「来てくれると嬉しいわ。せっかくの週末に悪いんだけど……」
理紗の言葉に、江那は、ぱっと顔を輝かせた。そして、「そんなことないわ」と言った。
「お姉さまをお祝いすること以上に、大事なことなんてないもの」
そう言ってはにかんだ。理紗は、苦しかった。自責の念と、悲しみがない交ぜになっていた。嬉しいはずの妹の笑顔に、心がぐちゃぐちゃになっている自分がいる。自己嫌悪に、理紗はその晩、眠ることができなかった。
パーティーまで、理紗はホストとして、せわしなく立ち働いた。パーティーに参加する人の数が大幅に増えたり、料理やケーキのレシピを差し替えたりと、とにかく体がいくつあっても足りないくらいだった。友人たちは皆、何も言わずサポートしてくれた。申し訳なくも、ありがたかった。
そして、パーティー当日がやってきた。
「あとはプレートをのせるだけ」
「素敵だわ。皆さん、本当にありがとう」
できあがったケーキを前にして、理紗は息をついた。見事なケーキだった。なのに、感傷がわき起こってきた。泣きたい気持ちをこらえ、皆に礼を言った。
「理紗」
友人たちが、そっと声をかけてきたのは、その時だった。彼女たちは、お皿にメッセージプレートをのせ、理紗に見せた。
「このプレート、私たちが作ったの」
「そうなの? ありがとう!」
「ホワイトチョコに……中に、ピスタチオのチョコが入ってるの」
理紗は、目を見開いた。友人たちは、互いに目配せしあい、大切な内緒話をするように続けた。
「江那さんは、ピーナッツのアレルギーなんでしょう? ピスタチオは平気なはずよ」
「それに、ちゃんとホワイトチョコでくるんであるし、プレートをのせるところは、苺で囲っておいて……そこを、私たちが責任を持ってあなたに切り分けるわ」
「江那さんには、そこから一番遠いところを、渡せば大丈夫よ」
「あなたのケーキは、少し大きくなるけど……」
「いいじゃない。誕生日なんだから」
友人たちの言葉を、理紗はじっと聞いていた。そして、確認に渡されたプレートを、じっと見つめた。
「もう何も言えなかった。断れなかった。皆の気持ちを思うと……ううん。皆の気持ちが、嬉しかったから」
理紗は、悲しい声で、赤城に告白する。赤城の脳裏に、幸せそうに、メッセージプレートを食べていた理紗がよみがえる。それを、嬉しそうに見ていた友人たちの顔も……
「あの時」
理紗はそこで言葉を詰まらせた。苦しくて、どうにも形にならない言葉を、必死に喉元でかたづくっていた。理紗はまぶたをふるわせて、続けた。
サプライズイベントのゲームが始まったとき、理紗の隣には、江那がいた。理紗はケーキを持っており、そこには、メッセージプレートがのっていた。
「江那は、メッセージプレートを食べたの」
その瞬間、理紗の中で、何かが崩れ去った気がした。大きな脱力が、彼女の体に襲いかかった。
「江那が、『食べてもいい?』って聞いてくれたら、きっと言ったわ。『これは、ナッツが入っているから食べちゃだめ』って。けど、あの子は、ゲームを見ながら、本当に何気なく、私のプレートに手を伸ばしたの」
江那が、チョコレートをほおばる横で、理紗はそれを止めることができなかった。顔の表面に笑みを浮かべながら、頭の中は真っ白だった。江那は、食べた。私のプレートを、何気なく……
「私、ずっとぼうっとしていた。あの子にとって、私の大切なものなんて――私なんて、その程度の存在なんだと思ったら、悲しくて……」
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