第4話

「誕生パーティーですか?」

「ああ、友達のな。第二寮のホールで、週末にやるんだ」


 肩をすくめて笑う目の前の男に、由岐治は「はは」と笑みを返した。笑みの奥に苦い気持ちを押し込めていた。的確な説明と、その仕方から、ありがたくも、次の言葉が読めていたからだ。


「君も来い。星雲館せいうんかんではお世話になったし」

「いいんですか?」

「もちろん。皆、君たちの話を聞きたいと思うんだ」

「光栄です」


 予想通りの言葉に、由岐治は待ちかまえていたように驚き、またはにかんで見せた。相手は、片頬を上げ、くいと笑ってみせる。キザ野郎め、かっこいいと思ってんだろう。由岐治は内心毒づいた。相手はジャケットのポケットからチョコバーを取り出すと、小さくひとかじりした。


「パートナーはあの子にしてくれな」

「はい、それは」

「あっ。ほかに意中の子がいた? 悪いけど、今回はうまく言い訳してくれ」


 どうでもいいから、さっさと行けよ、と言うわけにもいかないので由岐治はあくびを殺すように笑みを浮かべていた。


「はい」

「じゃあな、楽しみにしてろよ」


 ジャケットにチョコバーをしまい、彼は由岐治に背を向けた。

 片手を上げながら去る背は、自らが伊達男であることを存分に理解していた。通りすがりの女子生徒も、きゃあと気楽に声をあげては、彼に手を振られている。由岐治はその背が振り返りそうにないな、というところでようやく息をついた。

 相羽亮丞あいばりょうすけ――相変わらず、油で磨き上げたような艶々した男だ。由岐治の二年先輩だが、あれが生徒会長だったというんだから、学園も終わりだ。


「坊ちゃん」

「いたのかよ。もっと早くに出てこいよな」


 ひょいと木の陰から、赤城が顔を出した。記述が遅れたが、由岐治は学園のカフェのテラス席から、すこし外れた所にいたのだった。ゆるやかな日差しが、赤城の顔に葉の陰をつくっていた。

 うんざりしきった様子の由岐治に、赤城は尋ねた。


「パーティーですか」

「ああ。おまえも来いよな、腹が裂けそうなほど不本意だけど僕の同伴者にしてやる」

「おいやですか」

「は? イヤに決まってんだろ」

「パーティーがです」


 赤城の問いに、由岐治は苦い顔をして黙り込んだ。あたりにスパイでもいないかというように、神経をとがらせて、「それは」と返す。


「ありがたいことだからな」

「おいやならいやと言っていいんですよ?」

「できるわけないだろ!」


 肩を怒らせて、由岐治はそっぽをむいた。赤城はそんな主を見ていたが、てくてくと近づいてきた。じっと由岐治を上から下まで眺める。


「何だ」

「スーツを考えていました」

「ふん」


 由岐治は鼻をならす。いささか空気がまろくなっていた。すたすたとテラス席をすり抜け、カフェの中へと歩き出す。


「気取りすぎたのはやめろよな。選んだらちゃんと事前に僕に見せろよ」

「はい」


 ◇◇

 

 週末、由岐治と赤城は第二寮のホールへと向かっていた。由岐治は、スーツに身を包み、赤城は制服姿である。


「みっともない。これが僕の同伴者とは……」

「これが私の正装です」

「せめてそのださいお下げをやめろよ。結ぶほどの長さじゃないだろ」

「すっきりするでしょう」

「剃れよ」


 ぶつぶつと文句をたれながら、由岐治は廊下をいく。


「雑然としたところだな」

「そうですか」

「いかにもってかんじだ」


 この学園には、寮が三つあり、第二寮は、学園で中からやや上にあたいする生徒たちが住んでいる。廊下や広間には、高級そうな調度品が置かれている。しかし、そこに子ども特有の熱気がうずまいているので、どうにもアンバランスな空気を醸し出していた。

 ちなみに、由岐治が普段住んでいるのは第一寮で、赤城が住んでいるのは第三寮である。

 由岐治は気が重すぎるらしく、二人きりなのをいいことに重い息を何度も吐いていた。

 ホールの扉の前で、派手なスーツをまとった男がこちらに背を向けて立っていた。言うまでもなく相羽である。注視すれば、いつもの通りチョコバーを小さくかじっている。


「相羽先輩、こんばんは」

「よう」


 相羽は、いかにも偶然といった調子で肩から振り返り、にっこりと笑った。由岐治はおえっとやりたくなるのをこらえ、続ける。


「お招きいただいて、ありがとうございます」

「当然だろ。いい趣味だな」

「恐縮です。先輩こそ、素敵なスーツですね」

「いいだろ、新調したんだ」


 相羽はぴっとジャケットを示してみせる。どうせそれが言いたかったんだろ、由岐治は心で毒づいたが、口ではつらつらと褒めあげるのだった。


「ああ、ちゃんと彼女も連れてきてくれたな」

「おひさしぶりです、相羽先輩」


 赤城はぺこりと頭を下げた。かがむように赤城の顔を見た相羽は、「またあえて嬉しいよ」と言って笑った。赤城は「はい」と頷くと、ちらりと相羽のチョコバーを見つめた。


「チョコ、お好きですね」


 由岐治からすると、とても余計な話の広げ方をしてくれた。相羽は、口角を上げると「気になるか?」と尋ね返す。心底どうでもよかった。


「いつも食べてるので」

「ああ。どうにも好きなんだ」

「たくさん食べますか」

「一日一本まで。バスケットマンだからな。節制しないと」


 ならやめろよ、と由岐治は思った。いじましくちまちまと食べている理由を知ってしまって、由岐治はうんざりした。相羽はチョコバーをジャケットのポケットにしまう。

 

「来な。今日のホストに紹介しなくちゃ」


 そうして扉は開かれた。


 

 ホールの中は美しかった。騒ぎやすいようカジュアルにまとめられた中に、ところどころ飾ってある花が、空気を統一していた。ホストはなかなかに趣味がいいな、と由岐治は思った。まあ今から騒げば台無しになるんだろうが。由岐治は赤城に「あんまりきょろきょろするな」と耳打ちした。

 相羽に誘われるまま、ふたりはホールの中心へ向かう。そこには華やかなドレスに身を包んだ女生徒たちがいた。


「リサ!」

「先輩、こんばんは」


 相羽は、中心にいる、ひときわ美しい装いをしている少女――リサというのだろう――に声をかけた。彼女は首を傾げて笑うので、白い髪飾りがひらひらと揺れた。


「遅かったですね」

「悪い。ちょっと連れを待ってたから」

「エナですか?」


 一瞬、由岐治はほんの少し怪訝に思った。エナ、と言う言葉がでたとき、空気が硬くなったのだ。主に、少女の周囲の空気がである。

 相羽は木にした様子もなく、片眉をあげ、「違うよ」と言った。


「友人のために、サプライズゲストをさ」


 目配せするが早いか、相羽は由岐治と赤城を前にいざなった。おされるように、二人は彼女たちの前に出る。ひとりが「まあ」と声を上げた。


「碓井君と赤城さんじゃない!」

「こんばんは」


 由岐治はいたたまれなさを隠し微笑んだ。初々しさに、彼女たちは色めき立つ。つまり彼女たちは由岐治より上級生だ。おそらく。


「噂の“主従探偵”に会えるなんて、光栄だわ」

「いえ、恐縮です」

「かわいらしいわ!」

「おいおい、あまりからかってやるなよ」

「あら、相羽先輩、やきもちですか?」

「何でも一番がお好きですものね」


 ほーほほほほ……高い笑い声が、ホールに抜けていった。前言撤回だ。このパーティーにいいところなんてひとつもない、由岐治はめまいを覚えた。サプライズゲストとやらの自分をおいて、盛り上がっている相羽たちから目をはずすと、ちょうど先の少女と目があった。今日のホストだ。にこりと困ったように微笑まれ、由岐治も笑みを返す。


「こんばんは、碓井君。お噂はかねがね」

「光栄です。お誕生日おめでとうございます。矢絣やがすり先輩」

「あら、ご存じでしたの?」

「生徒会の書記をつとめておられる先輩を、知らない生徒はいませんよ」

「まあ、悪いことはできませんね。でも、こうしてお話しするのは初めてですね」


 さっきまでがひどかった為に、気楽に話せた。こういう効果があるから、ああいうランチキも許されるのかもしれない。由岐治は遠く思う。矢絣は、微笑したまま赤城のお方へ顔を向けた。


「こちらは、赤城さんね。初めまして、矢絣理紗やがすりりさです」

「初めまして。赤城ひばなと申します。このたびはおめでとうございます」

「あら、ありがとう」


 すこし矢絣の空気がくだけたのは、赤城の「身分」ゆえと、彼女たちが同輩であることが大きかった。


「お二人とも、週末にありがとう。相羽先輩が無理を言ったのではなくて?」

「いえ、お招きいただき光栄です」


 答えながら、由岐治はその内輪の言いようが気になった。さきの違和感といい、二人はなにかあるのだろうか。考えつつ、談笑を続けた。


「では、また」

「楽しんでくださいね」


 話を適当に切り上げ、由岐治はその場をあとにした、相羽は勝手にどこかへ行っていたので、もう放っておいた。

 

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