第7話

そして俺は魔王の肩口に向けて炎殺剣で切りかかる。


その炎の斬撃が魔王の肌を切りつける。少しだけ悲鳴を漏らした魔王が、指先から魔法の火球を発射する。俺はそれを剣で受け流す。その俺の目線の先に、ディアーナが魔王に切りかかる様子が見えた。


俺は、ディアーナの方に意識をむけた魔王のスキを見逃す道理はない。すぐさま第二撃を放つ。今度は少しだけ深く、魔王の肩口に傷を付けることに成功したようだ。

今までもこういった連携は何十回もやってきた。そのほとんどがこれで終わりか、その前のディアーナの一撃で終わってしまうような弱い敵であったが……


もちろんこの連携はまだ終わらない。二人でフェイントを交えながら魔王を追い詰めていく。

力の差は圧倒的であった。魔王といえども二人がかりでの攻撃になすすべもなく、焦りの表情を浮かべ、必死に守りを固めるように細かい魔法を放ってきていた。

それも長くは続かず、最後に俺の一撃でその魔王の心臓を貫いていた。


「ぐっ……やはり、神の加護を受けた勇者には、かなわん、か……しかしその力をもってしてもぉ……裏切りからは、のがれられない……かつて、私が、そうだった、よう、に……」


恨み言を言いながら、魔王は口から大量の吐血をした後、目を閉じ、膝をつき、そして前へと倒れ込むとそのまま動かなくなった。


「もう……大丈夫なのね!魔王は!死んだのよねっ!」


ルーナの大きな声に少しだけ不安になった俺は、念のため確認をする。魔王の亡骸に触れるが鼓動も何も感じなかった。試しに収納に収めようと試みると、まるで当たり前のようにすんなりその亡骸は消えていった。


それでやっと終わったのだと確信できた。


「アレース様!」


突然のルーナの声。それが聞こえた時には、俺はルーナに抱き着かれていた。驚きと供に初めて触れるルーナの柔らかく温かいその体。その肌の感触に、張り詰めていた心がゆっくりと解れていく……


「アレース様!やっと終わりましたね!これで……これでっ!すべてが終わりです!これで……これで私も、自由になれる……」


俺はその言葉を理解する前に、自分の首にある違和感を感じていた。そしてそれと同時に、ルーナに突き飛ばされ、尻餅をつきながらルーナを茫然と見つめていた。


「ルーナ……なにを……」

「なにを?言ったでしょ!これですべてが終わったの!魔王を倒し……そして私は、英雄としてこの国の女王となる!あなたはもう、必要ないわ!」

「姫様!」


俺の疑問に答えてくれたルーナの口から放たれた、あのおしとやかな姿からは想像できない聞いたことのない激しい口調……ディアーナもルーナへ何かを叫んでいる。そして自分の首に手をやると、何やら巻き付けられている異物を改めて確認する。

手で外そうとすると全身に痛みがはしり歯を食いしばった。これは……隷属の首輪というやつか?記憶の隅からそういった魔道具の存在を思い出す。


なぜだ!どうしてだ!魔王は倒したじゃないか!平和な世界になるじゃないか!俺はこの先、姫と幸せに暮らせるんじゃないか?

いやそれは幻か……

気づけば俺は立ち上がり、ルーナを怒りの目で睨みつけていた。


ルーナがヒッと小さく悲鳴を上げる。


俺の中の黒い何かがとめどなく溢れ出る感覚に襲われる。それはその首輪から発せられる全身の痛みより強く、激しく、俺の体を支配していった……そして首元にある魔道具が、ぽろぽろと崩れ去り……俺は自由を取り戻した。


指先を動かし、体の感覚を確かめる。問題はない。少し脱力感はあるが体は正常だ。自分の境遇に呆れ笑いが込み上げてきた。なんて馬鹿な男だ俺は……目の前のその愛しいルーナ……いや、かつて愛していたと錯覚していた女は、ぶるぶると怯えていた。


「いや、違うの……お父様に命令されていて、その、いや!いやよ死にたくない!ごめんなさい!そうだ、あなたが好きなの!結婚して子供をいっぱい作りましょ!あたなの言う事なら何でも聞くわ!いいでしょ?ねっ?」


この女は何を言っているんだ?そう思った俺は、炎を纏った剣戟でその物体を斜めに切り捨てた……


「なん……で……」


俺は、焼けただれながら崩れ落ちるルーナを確認した後、ゆっくりとディアーナの方へ振り向いた。

ディアーナは剣を地面に落とし、茫然とした瞳をこちらに向けていた……

そしてゆっくりと足を進めていく俺は、最後に一言、目の前の女に声を掛けた……


「ディアーナ……お前もグルだったのか?」

「ちがっ私は……いや、そうだな。私も所詮、姫様と同類だ……」


そして目を閉じたディアーナを、俺はルーナと同じように炎と共に消し炭へと変えていった。

切り捨てる瞬間、ディアーナのその口元が少し微笑んでいたように思えた。


「残念だ……」


暫くの間、誰もいなくなってしまった魔王城の一室でたたずんでいる。徐々に冷静になっていく頭の中で、この国に対する怒りだけが沸々と沸いてくる。あの王が……生きていること自体が許されないよな……

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