第8話

俺の恨みは決して消えることはない。

全身に魔力を滾らせ肉体を強化していく。力が溢れ出るのを止めることができない。足に力をこめ魔王城を後にする。


1週間かかったはずの山道も1時間程度で戻ることができた。魔王を倒したことでさらに強化された体、それ以上に怒りで我を忘れ、飛躍的に全能力が上昇している感覚に溺れる。体が軽い。どこまででも行けそうだ。


それでも一瞬、ふもとに待機している馬車を奪い、馬にでも乗るか?と考えたが、どう考えても俺が走る方が早いと思い直す。結局、3日かけて王城までたどり着いていた。


食料を収納から取り出しながら、ほとんど寝ずに走り続けていた。眠気はない。頭が人生で一番冴えている。まるで変な薬でもやっているかのように常に体は軽かった。絶えず王への、いやこの国への恨みが募っていく。


だがさすがに3日も走る続けていると、おかしなことも考えてしまう。

転移の魔法なんて使えたら便利なんだがな、あるいは空でも飛べたらな……どうやら俺の頭は少しイカレテしまったようだ。昔話の英雄譚に登場するような。ありもしない魔法の存在を妄想してしまう。


それでも歩き続けてたどり着いた王城。

門番がボロボロな俺の姿に何事かと集まってくる。


「火急の知らせだ!城に入る!」という俺の言葉に「お待ちください」と道をふさがれる。何も知らないくせに……そう思った時には俺は剣を抜くと、そのまま立ちふさがる兵を切って捨てた。


周りは騒然としたが、俺は唯々前へと進むことだけを優先した。

途中で立ちふさがる有象無象は全て切り捨てた。


そして王のいるあの部屋の扉を、全力で切りつけそして蹴飛ばした。

扉は簡単にふっとび、そこには多くの兵がこちらに剣や槍を向けていた。奥には王に加え、王妃に皇太子もいるようで、それらも数名の兵に守られているのが見えた。


「なにようだ!血迷ったか勇者!」


勇者を拝命した時にもいたと思われる、なんたら大臣かわからないが偉そうな男が吠えている。

俺はそちらに向けて炎の斬撃を飛ばす。手前にいる兵を全て巻き込みながら、その大臣まで炎が届き燃え上がる。阿鼻叫喚の悲鳴の中で王がこちらに向けて大声で叫ぶ。


「謀反だ!勇者が裏切った!早くこの男を……殺せっ!」


その声で一斉に飛び掛かってきた兵たちを軽く薙ぎ払う。すると周りの兵が怯えて腰が引けていく。どうやら追撃は来ないようだ。

俺は王のもとへと足を進める。もう誰も声を発していなかった。道をふさいでいた兵たちが左右に分かれ道を作る。開けた道をそのまま王の前まで歩ききった俺は、ようやく口を開いた。


「裏切ったのは……お前だろ……」

「何を言う!ひっ姫は!おまえ一人戻ってきおって!姫はどうしたというのだ!」

「姫?ああ、ルーナか?あいつは真っ黒な消し炭になったよ……俺が一撃で燃やしてやった……」

「ひぃ!この、人殺しが!ぐふっ」


俺は王の返答をまたずにその胸に剣を突き立てた。


「王は死んだ!この国は終わりだ!死にたくない奴はここから出ていけ!」


俺が声をあげると、その場に残っていた全員が我先にと悲鳴を上げながら逃げていった。最愛のはずの王妃も皇太子も我先にと醜く他の輩を押しのけ、無様に部屋から這い出ていた。


そして俺はその場に座り込む。

むなしい……あまりにむなしい最後だ。俺はこれからどうしたらいい?誰が悪い?俺が悪いのか?いや違う!悪いのは、王か?国か?いやこの世界……


そうだな……俺を勇者にした……神が悪い……


そして俺は、そのまま意識が遠のくような感覚に陥り、目の前が白く包まれていった。


◆◇◆◇◆


「ここは?」


光が収まり、眩しさから上げていた腕を下ろす。そして目の前には美しい女が立っていた。いや女ではないな……その神々しさになんとなくこの方が神であられるのだと感じた。


いや!なにを怯んでいる!目の前は神だ!この不幸を引き起こした元凶がいるじゃないか!この女を殺して、そしてこの世界も滅ぼす!そのぐらいやってもいいだろう!こんな世界……俺が全てぶっ壊してやる!


俺は手に持った聖者の剣を強く握った。


「物騒ですね。まずはその剣を捨てましょうか……」


何を言っているんだ。そう思った時には、俺の手は勝手に持っていた剣を手放してしまった。カランと落ちる剣に困惑して動きを止めてしまう。


「あなたは、一つ間違いをしています」

「何を言ってる!俺は間違えた?何を間違えたというのだ!」


女神がため息をつく。


「とりあえず、ヒントを一つだけ……炎はもう使わない方がいいですね……そして、見極めることです……」

「炎?今更なんだというのだ!これから何をしたらよいかも分からないんだ!何を見ればいい?炎殺剣を使わずにこの国を滅ぼせばいいのか?それを見せつけるのが神の願いとでもいうのか?」


また深いため息をつく女神。


「まあいいでしょう。それは時期にわかります。察しの悪いあなたでもね。まあ心を痛めたというのは事実。ではもう一つおまけを……『転移術』……これであなたはどこにでも飛んでいけますよ。一度行った場所ならね……」

「何を言っているんだ!もっと説明してくれ!分からないことだらけだ!俺はこれからどう、生きればいい……」


俺は分けが分からず目の前の神に泣き叫び、教えを請うた。


「すぐにわかりますよ。では……またいつか……」

「いや待ってくれ!俺は……俺はどう……」


俺の言葉が言い終わる前にまた白い光に包まれた俺は、再び目を開ける。

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