第9話 森の中で

 死の足音は何処か遠い所の話だと思っていた。


 森の奥深くでドゥーム達が去って行くのを静かに待っているリナは震えていた。


 ここは、安全だとムルが言っていたのは本当だろうか。


 あの、化物は森には入って来ないのだろうか。


 頭の中を良くない考えがぐるぐると回っていた。


 誰かの声が聞こえた。


 「おい、隣村の奴ら逃げ遅れたらしいぞ。」


 誰かが話を付け足した。


 「全滅したらしい。」


 リナはそれを聞いてさらに身を小さく縮こまらせた。


 ムルの家族は幸いにも皆無事に森に入り一つ所に集まることができていた。


 いつもはムルの号令に従い森に移動するだけだったのが、今日ドゥームを見てそれがずっと生きる為の行いであった事に始めて気がついた。


 誰もが息を潜めてじっとしている。


 何も知らなかったリナは幼い頃、森に入った時に無邪気にもそこいらへんを駆けずり回り、キャッキャキャッキャと遊び回ったりしていた。


 今、思うにムルや周りの大人達はそれをどんな思いで見ていたのだろうか。


 青年隊隊長のクレメンスが声を上げた。


 「おおい、奴らは引き上げた。もう、大丈夫だ。」


 それが、いつもの合図だ。


 皆、安堵してそれまでの静寂から誰も彼もが話を始めた。


 ムルの元に青年隊のクレメンスがやって来た。


 彼は村の長老の息子で鋭い目付きで、鼻筋の通ったどことなく冷たい感じの顔付きをしていたが、実は性格は至って温厚で皆に慕われていた。


 人が持つリザードンに対する嫌悪感も持ち合わせておらず、ムルに対しても何のわだかまりなく話しかけてきた。


 「ムル、ちょっといいかな。」


 棲家に戻ろうと立ち上がった所のムルにクレメンスは話し始めた。


 「ドゥームをどうしたらいいのかこれからの事も含めて話をしたい。

 君の家で果実酒を飲みたいしな。」


 ムルはさすがにそのトカゲの顔では笑顔は作れないものの、尻尾は喜びを表すように左右に動かした。


 「ああ、新しいのが入ってるよ。とてもいい出来だよ。」


 クレメンスはムルの一行に付いて行った。

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