2.稼業を選ぶならやはり慣れたるもの

「アッシュロードさん。どうやらここでも。加護は願えるみたいです」


 夕食の食材を買って部屋に戻ってきたライスライトが、そんなこと言う。


「試したのか?」

「試したんじゃありません。近所の子供が喧嘩をしていて、怪我をしたので『小癒』の加護を願ってみたんです。そうしたら、見事に効果を発揮しまして」

「ってことは、俺の聖職者の加護も使えることになるな」

「理屈上はそうなりますね」

「そういうことなら、多少荒っぽい仕事もできる。ここでは『悪の曲刀』なんか腰に吊るしていたら、周りの目がうるさい。その点、加護や呪文は持っていることが知られない分、使い出がある」

「? こんな平和な都市で。荒事をするつもりですか? アッシュロードさん?」

「そうは言っていない。『荒事になる可能性もある仕事』を受けられると。言っているだけだ」

「同じようでいて、微妙に違うのですね」

「そうだな」

「どんなお仕事を。なされるつもりです?」

「そりゃ、迷宮保険屋がやる事って言ったら。保険屋に違いないだろう」

「ここには。迷宮はありませんけれど?」

「似たようなものはあるだろう。外部に対して閉じていて、複雑な構造をしている構造物」

「はて……。そんなものがありましたっけ?」

「ああ。このスペースコロニー? って言うのか。そこの港から、星の海に出発していく、船の事だ。宇宙船って言うんだよな、確か」

「はい」

「なんでも、地上の船と同じで。海賊に襲われたり、戦闘行為で損壊することもあるそうな。そこで、だ」

「……はい」

「保険屋の出番というわけだ」

「なるほどです。でも、アカシニアのカドルトス寺院は、ここにはないんですよ?」

「情報を集めたところ、アカシニアやリーンガミルで行われていた、『復活の儀式』に当たる、灰からの蘇生技術。それに代わる、生命科学による遺伝子書き換えによる生命の形を形作る『遺伝子複写復活技術』がこの世界にはある。灰から遺伝子を読み取って、原始的な細胞の塩基配列を書き直して生前の肉体と同じものを作る技術だそうな。死んだ本人の『蘇りたい』という思いがあれば、もっとも再びの依り代になるにふさわしい肉体を用意しておいて、魂が宿るのを待つ。そういう技術らしい」

「あ。それ。その情報は携帯端末で読んだんですか?」

「そうだ、ライスライト。これは便利だな」


 俺は、片手で持てるサイズの携帯端末をライスライトに向けて。トントンと指で叩いた。


「ようするに、だ。生き返らせることが出来る環境と、人が何かに挑み、命を落とすこともあるという社会条件。この二つがあれば、保険屋稼業は成り立つ」


 俺は、はっきり言ってものぐさな性格だ。それに俺の戒律は悪。

 自分に対しては利が出ない事には、動く必要がない戒律の者だ。


「というわけで、だ。客を集めに行ってくる」


 俺がそう言って、借家を後にしようとすると。


「助手ですよ、私はアッシュロードさんの」


 そう言って、ライスライトが夕食の食材を冷蔵庫に入れてついてきた。


   * * *


「保険屋? 宇宙船の船乗りはみんな、自分の命に対する保険は掛けているよ。自分が死んだときに、家族に金が入るようにってね」


 さて。最初に来たのは、宇宙港の出入国管理の役人のところだ。

 この男が言う『保険』とは、依頼者の死亡時に命を換金して、その家族や縁者に送るシステムらしい。俺の考えている、『死んだ際に生き返れる保険』とは、本質が違うものだ。

 俺がそう説明すると、入管の役人は、不思議そうな顔をした。


「遺伝子複写復活技術ってのは……。確かに死者復活にも使えるんだが、非常に高価な技術だぞ? それを行うために、とんでもない額の金銭が必要になる。死んだ際に、そんな事をしてくれるって言うのなら、そりゃ依頼者は殺到するだろうが……。割に合うのか?」


 この入管の役人を口説き落として、宇宙船での航海に向かう船乗りたちに、俺の保険会社の存在を周知してもらう。これは、ある意味デカい儲け話にも繋がると。

 俺は成算ありで口説きにかかっている。

 無論、俺の思惑としては。

 宇宙船から救難信号が来た時や連絡が途絶えた際に、即座に動いて命を救い、保険成就として掛け金を頂く方が、実入りがいい。

 死者復活のコストを考えれば、そこは出来るだけ使わない方が、依頼を掛ける側の客としても、受ける側のこっちとしても利益が大きい。


   * * *


「やっぱりここでも。保険屋さんなんですね、アッシュロードさんは」


 遅くなった夕食だが、ライスライトの腕はいい。あの龍の文鎮で食べた食事を思い出させるような、食材のわりに工夫の凝らされた食事で、本来食に大したこだわりを持たない俺の食欲に火をつけるような物を出してくる。


「ライスライト。俺はゆで卵でいいんだが……」

「嘘をつかないでください。珍しく私が作った物をよく食べてくれるじゃないですか」


 何だか、嬉しそうな様子のライスライト。

 そんなに、俺が保険屋をまた始めることが嬉しいのだろうか?


 そう思ったので聞いてみると。


「私は、それで助けて頂いて。死んだままでいたら知れなかったことも、出来なかったことも。沢山できましたし知りました。アッシュロードさんの保険屋稼業は、本当に素晴らしいものだと。私は思いますよ」


 ああ、この娘は。

 どこまでも、真っすぐで。

 どこまでも、汚れていなくて。


 それなのに、汚れた者にも清らかな癒しをくれる。


 俺は、この娘を汚れないように、守ることを自分に課していて。

 その一事が、ロクでもない生き様を晒しているこの俺にとっての。


 救いになっていることを自覚せざるを得なかった。

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天空に誘われた迷宮保険屋(井上啓二さん作『迷宮保険』二次創作・許可付き) べいちき @yakitoriyaroho

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