平穏に、生活できそ?

第37話 元勇者と国王

 それから数年間は慌ただしい日々を過ごすことになり、仲間たちとも簡単には会えなくなった。


 と、言っても忙しかったのは主に僕以外の人だけど。

 空気を読んで会いには行かなかった。


「こっちから連絡を寄越さないと、やっぱり会いに来てくれなかったな」


 だから、そんな風に言われると少しだけムッとした。


「お忙しいレイヴ陛下に僕のような者から会いに行くのは不敬かと思いまして」


「そんな気を遣える奴なら、グラーナ公国といざこざがあった時に手を貸してくれたはずだ」


「別に侵略されたわけじゃないだろ? それにグラーナの魔王までは参戦させなかった。三つ巴の戦いなんて洒落にならないし」


「本当に足止めしたのか? 遊んでただけじゃ?」


 あははははは。

 失礼な。僕とグラーナの魔王は茶飲み友達なんだ。

 ゆっくりと時間をかけて対話をしていたのさ。


 おかげで人間がなぜ同種族で争い合うのか彼は理解してくれた。

 僕の功績は意外と大きいぞ。


「まぁいい。国王陛下も心待ちにしていた。今日は泊まっていくか?」


「やだよ。僕が自分の家でしか寝ないのは知ってるだろ? それに、ゴーシュとイリスの所にも行くつもりだから」


「出てくるのが面倒だから一度で終わらせようって魂胆だな?」


 あはははははは……はぁ。


 なんで、僕の考えが読まれているんだ。

 これも勇者のスキルか?

 それとも国を治める地位について、人をよく見るようになったからか?


「ユーキ。俺たちは今までも、これからも仲間だ。君の考えていることは大体分かる」


 なんだこのイケメン。ふざけやがって。

 ちょっと嬉しいじゃないか。


 レイヴの案内でファーリー国王の待つ、謁見の間へ移動する。平伏しようとしたが、陛下本人によって止められてしまった。


「今日は非公式な対談です。お気遣いは無用ですよ、ユーキさん」


「そうですか? それなら。久しぶりですね、王女様」


 僕は昔から、彼女のことを王女様と呼んでいる。

 今は王女ではないけれど、彼女がそれを望むなら従おう。


「き、貴様! いくらなんでもっ」


 大臣かな?

 壁際に控える若い男が声を荒げた。


「構いません。こちらはワレンチュール王国を救った英雄のお一人で尊いお方です。今でも、影でこの国を守ってくださっているのです」


 そう素直に褒められると背中がかゆくなる。

 申し訳ないけど、本当にあれ以来、何もしてないんだよなぁ。


「お会いしたかったのですよ。随分前にリタリエッタ様とご結婚なされたとか。式には参列させていただきたかったです」


 国民の前では厳かな雰囲気のファーリー陛下の拗ねた顔は年齢不相当で昔を思い出させるものだった。


「ちょっと刺激が強めだったので、両親以外にはお声がけできませんでした。すみません」


「まぁ! それなら尚更、興味が湧いてきますわ」


 挨拶を早々に、陛下はこほんと可愛らしく咳払いした。


「元勇者レイヴが新生勇者協会を設立したことは既に承知かと思いますが、これにより新しい勇者が増えることになります」


 ……へぇ。知らないなぁ。

 解体したところまでは知ってるけど。


 古臭い思想と理想を掲げ、レイヴのような人を無能扱いした愚かな組織を彼がぶっ壊したんだ。おかげで諸々の経費が浮いたとか。

 金髪勇者も今頃は路頭に迷っていることだろう。


 裏では魔人が運営する闇ギルドとも繋がっていたというし、協会は壊滅して当然だと思う。


「他国からの印象も変わるでしょう。また、ユーキさんのお力をお借りすることになるかもしれません」


「勇者が増えることに文句はないよ。ただ、徒党を組んで魔王に挑むならおすすめしない。ワレンチュールの魔王って一番初めに扉を開いた人をぶっ殺すらしいから」


 レイヴが顔を背けながら吹き出し、ファーリー陛下は「まぁ、お下品」と言わんばかりに夫を睨みつけた。


「それはレイヴも肝に銘じていることでしょう。勇者には他国への牽制として存在していただくつもりです」


「ふぅん。難しいことは分からないから好きにすればいいと思うよ。僕は約束が守られればそれでいい」


 勇者が増えるということは国の戦力が増強するということだ。


 各国が共闘して、北の大魔王領に攻め込むとなった時にワレンチュール王国も参加するようなことになるなら、僕は重い腰を上げることになる。


「うちは中立国だと信じてるからね」


 にっこり微笑むと、レイヴはやれやれと大袈裟にジェスチャーした。


「もう一つ。お姉様、いえ。今は亡きアメルダ王女が管理していた、モンスターを養殖する組織を突き止めました。しかし、構成員のほとんどは逃げ出し、実態までは……」


 そうだ、そうだ。忘れるところだった。

 僕は懐から取り出したお土産をレイヴに放り投げた。


「これは?」


 ナイスキャッチからの怪訝顔というコンボを決めたレイヴのありきたりな質問。

 いつからそんなモブに成り下がったんだ。


「君たちの知りたい情報が記録されてある。好きに使っていいよ」


「またそんな無茶苦茶を」


 呆れた声のレイヴはファーリー陛下に僕からのお土産を献上した。


「どうやって……。どれだけの人数を導入しても足取りが掴めなかったのに」


「僕は陛下直属の特殊部隊統括だからね。その辺の暗殺者アサシンと一緒にしてもらっちゃ困るな」


 華麗におじきして踵を返す。


「あ、ありがとうございます、ユーキさん! これからも末永くよろしくお願いします!」


 これで今日の僕の仕事は終わった。

 次に彼らと会う時も仲間としてだといいな。


 それにしても、あんな風情のないお土産で喜ぶなんて安上がりな国王だなぁ。


 実はリタとの深夜徘徊デート中に偶然アジトを見つけて、暇つぶしついでに壊滅させたなんて言ったら、きっと怒られるだろうな。


 世の中、知らない方が良いことなんて腐るほどあるんだから、余計なことは言わぬが吉だ。

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