第36話 元カノと迎える吉日

「新国王、ファーリー・ワレンチュールはここにワレンチュール王国配属魔王への人身献上の密約と転葬てんそう制度の撤廃を宣言します! また、互いの領域への不可侵を約束します」


 声高らかに宣言する姿にはかつての弱々しさはなかった。

 ファーリー国王陛下の背後では豪奢な服を着た、というよりも着せられたレイヴが一番大きな拍手を送っている。


「ワレンチュール王国魔王、ユーキ・ド・ダークネスは、ワレンチュール王国が他国からの侵攻を受けた場合、誠意を持って助力することを誓う」


 続いて僕も宣言を述べて、ファーリー国王とがっちり握手を交わした。


 これで僕の魔王として初めての仕事は終わったが、数日後にはもっと重要な仕事に向かわないといけない。


 そして迎えた大事な日。僕とリタの結婚式だ。


 魔族式という訳の分からない作法に則り、挙式が進んで行く。

 参列しているのは魔人ばかりで、僕の両親は一番目立つ場所で縮こまっていた。


 一般家庭出身の僕と大魔王の娘では格差がありすぎる。


 僕も一応、他の6人と肩を並べる魔王だけど、部下のいないぼっちだし、新参者だし、人間だし。両親には悪いことをしちゃったな。


「おたくの息子さん、えげつなく強いですね。どんな育て方をすれば、あんなに強くなるのか教えていただきたい」


「あなたたちも本当に人間? 血は何色?」


 チラ見すると、うちの両親が魔人に絡まれていた。

 勝手に人種族との条約を取り決めた文句を言うために、わざわざ僕の城へ乗り込んできた人たちかな?


 へこへこ頭を下げながらも、のらりくらりとやり過ごしている両親の姿を見ると、僕よりも大物だなぁ、と思ったりする。


「どこ見てるのー? これからクライマックスだよ」


 リタがあまりにも綺麗すぎるから現実逃避するところだった。

 僕は彼女に向き直って、その慈愛に満ちた瞳を見つめ返す。


「リタ、僕はもう二度と君を離さない。もしも、君を討伐するなんて寝ぼけたことを言ってくる馬鹿がいるなら全力でそいつを叩き潰すよ」


「あんなに弱かったユウくんが立派になって」


 こんな厳かな場面でも、泣き真似をする余裕があるなんて流石はリタさんだ。

 やっぱり敵わないや。


「その時は私も一緒に暴れ回るよ。この前の王都蹂躙大作戦は最高に楽しかったからね」


蹂躙じゅうりんなんてしてないよね!? 変なこと言わないでよ!」


「まぁまぁ。とにかく、2人なら何でもできるって証明したねって話」


 その通りだ。

 リタと別れてからの数年間は世界に色がなくなったような虚無感があったけど、再会してから僕の日常は一変した。


 今なら本当に何でもできると思える。


「リタが一番で、僕が二番だ。これからもよろしくお願いします」


「そうだねー。可愛い私のためとは言え、無茶して前に出ちゃダメだよ」


 こうして僕たちは元恋人同士から恋人になり、夫婦になった。


◇◆◇◆◇◆


 挙式から数日後、僕は暗殺者ギルドに退職届けを提出し、ギルドマスターから快く送り出された。


 王都内での僕の肩書きは王族直轄暗殺特殊部隊統括ということになっている。

 実際の仕事はない。


 だって、名前だけで活動していない部隊だから。

 部隊といっても所属しているのは僕だけだし。


 主な仕事は敵国が攻めて来た時だけで、それ以外の時間はプー太郎に他ならない。


 副業で魔王をやっているけど、そっちもワレンチュール王国は安定しているから大した仕事はない。


 月に一度の魔王会議に参加するくらいで、他の魔王たちからのいびりを適当に受け流すのが唯一のお仕事だ。


 これで一般家庭よりも良い給金を貰っているんだから、魔王討伐するって偉業なんだな、とつくづく思う。


 そんなどうしようもない日々を送っていたある日、リタの待つ自宅へ急いでいると見知った顔に出会った。


「ミネコル?」


「わぁ、ユーキくんだぁ。結婚式以来だねぇ」


 相変わらず、ゆったりと語尾を伸ばす級友と再会した。

 見るからに幸せオーラ全開のミネコルには目を逸らしたくなる眩しさがあった。


「同窓会には来なかったねぇ。なんでぇ? ユーキくんの話で持ちきりだったのにぃ」


 そんなのが開催されているなんて知らないんだけど。

 自然にはぶらないでよ。


「魔王を倒したらしいけどぉ。魔王ってリタちゃんじゃないよねぇ」


 ビクッと跳ねそうになった体を抑えつけた反動で全身の肌が逆立った。


「魔王、見たんでしょ? リタちゃんだったぁ? それだけが気掛かりだったんだぁ」


 学生時代から間抜けと呼ばれていたミネコル。

 性格も、学力も、才能も申し分ないのに最後にポカしてしまう、愛嬌のある友人だ。


 そんな友人からの質問に対する返答に口籠ってしまった。


「違ったよ。魔王は勇者レイヴが葬り去って、リタは僕の奥さんになってくれたよ」


「ほんとぉ! 良かった! 卒業してからずっと心配していたんだぁ。二人とも自分から連絡するタイプじゃないからさぁ」


 何でも信じてしまうのはミネコルの長所であり、短所でもある。


 少し心が痛むけど、最後に魔王だったのはリタじゃないから全部嘘じゃない。

 許せ、ミネコル。


「リタちゃんさぁ、卒業試験間際に悩んでたんだよねぇ」


 あのリタが……?

 僕の元カノ(今は妻)を悩ませるなんてどこのどいつだよ。


 僕は気づかぬうちに眉間に皺を寄せていたらしい。

 ミネコルが僕の眉毛付近を指さしていたから気づいた。


「どこのどいつがリタを悩ませたんだぁ、って思ったなぁ? それはもちろん君だよぉ。万年二位のユーキッドくん」


 ビシッと僕の胸を指さすミネコル。


 その目は真剣そのものだ。

 たまに鋭い指摘をするくせに、真面目な顔をしながらボケたことを言うから間抜けなんて言われるのだ。


「ユーキくんさぁ、最後の方はリタちゃんを避けてたじゃない? 結構、気にしてたんだよぉ。進路相談もできる雰囲気じゃないーって」


「へ? リタが僕に相談事を……? しかも進路?」


「そりゃあねぇ。入学して一週間後に行われた、全校集会鬼ごっこ中に魔人と人間のハーフだって宣言した時、生徒や教員からリタちゃんを庇ったユーキくん以外の誰に相談するのさぁ」


 そうだ。そうだった。

 リタの強さにばかり目がいってしまうが、そんなこともあったな。


 人間だろうが、魔人だろうが、リタは僕に勉強と魔力操作について教えてくれた、良い奴なんだ。

 洒落にならないような問題も起こしたけど、それも込みでリタの魅力だ。


「ミネコルだって、リタを怖がらなかったじゃないか」


「あぁ。それはユーキくんが居るからだよぉ。君が居れば、リタちゃんは大人しく尻尾を振ってるからさぁ。居ない時って悲惨なんだよぉ。特に君が病欠している時とかぁ」


 それは知らない。僕が居ない所で繰り広げられていることなんて管轄外だ。


「ちなみに悩みって?」


「魔王になるべきか、ならないべきかってねぇ」


 まさか――。

 クシュンのことを僕に相談しようとしてくれていたのか!?


 卒業試験前は自分の就職のことで頭がいっぱいだった。そんな時にリタがクシュンを殺したと勘違いして僕は逃げ出した。


「ほほぅ。思い当たる節があるご様子だぁ」


 ミネコルは細い目を更に細めて、いやらしく笑う。


「リタちゃんがなんで必要以上にベタベタするか知ってるぅ?」


 これまで考えたこともなかった。

 それが普通だと思っていたし、僕も嫌じゃなかったからだ。


「人間だって実感できるかららしいよぉ。見た目が人間と大差ない魔人との唯一の違いが体を重ねるかどうか。リタちゃんはユーキくんに抱かれている時が一番、人間だと感じることができるんだってぇ」


 はっとさせられた。

 今の発現はリタの父親から聞かされた話と全く同じだ。


 リタが事後によく言っている、「今日も生きてるわー!」はやっぱり、そういう意味合いだったのだ。


「それなのに、ユーキくんは自分のことで頭がいっぱいいっぱいになって、大切な彼女さんを傷つけたんだぁ。可哀想だなぁ。ユーキくんのお悩み相談はいっぱいしてくれたのにねぇ」


「ミネコル、もうその辺で勘弁してくれないか」


「ダメだよぉ。リタちゃんはユーキくんにだけは甘々だから、こういう嫌味ったらしいことは絶対に言わないよねぇ。だから、代わりにズタズタにしてあげる。リタちゃんの苦しみを思い知れ、色男ぉ」


「ミネコルぅぅぅ。僕はもう愛を誓ったんだ。二度と同じ過ちは繰り返さない!」


 懇願してもミネコルは口を閉じようとしてくれなかった。


「へぇ。じゃあ、病める時も愛し、慈しむことを誓ったんだぁ」


「誓ったさ! 化け物集団の前で泣きべそかきながら誓ったんだから一生もんだよ!」


「じゃあ、もうちょっと病んでから帰ろうねぇ」


 この日、僕はミネコルから怒濤の説教をくらい、帰宅してリタに猛省と謝罪をしてから泣きついた。

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