第38話 元守護者と妹

「ユーキッドじゃねぇかぁぁぁぁ!」


 相変わらずの大声と地響きのような足音で僕を羽交い締めにしたゴーシュ。

 元気そうで何よりだけど、そろそろ全身の骨が折れそうだ。


 王都から離れた西の小さな村がゴーシュの故郷だ。

 勇者パーティー解散後、一度だけ全員でゴーシュの妹さんのお見舞いをして以降来ていない。


 おかげで迷子になった。


「はいはい。あ、お茶くれない? もうヘトヘトでさ」


「遠慮のない奴だな! 茶なんて浴びるほど飲んでいけよ!」


 けなされているのか、歓迎されているのか分からないが、ここのお茶が絶品なことに変わりはない。


「あれからどう?」


「妹はばっちり全快よ! そろそろ実家で出て、外の世界を見てみたいってよ」


 どう? と聞かれて自分ではなく、僕とは面識の薄い妹の近況を話すとは実にゴーシュらしい。

 それほどまでに双子の妹の回復が喜ばしいのだろう。


「それは何より。で、ゴーシュは?」


「オレ様? オレ様は騎士団を半年で除隊して、見ての通り田舎暮らしよ」


「そうなんだ。なんで辞めたの?」


「ひよっこ共の相手がつまらなかった。お前らと一緒にベヒーモスに追われる方が楽しかったぜ」


「あぁ。あれは貴重な体験だったね。もう遠慮なく魔法を使えるんだから、一人でもベヒーモスを倒せるでしょ? 冒険者でもすればいいのに」


 ゴーシュは少しだけ嫌そうな顔をした。

 懐かしい。昔はよく、その目で僕を見ていたっけ。


「この村の周辺に張られた結界魔法の解除には手間取ったよ。もうマーキングしたから次からは転移魔法で来る」


「やっぱり、おめぇだったのか! あれ大変なんだぞ!」


「大丈夫だよ。壊したのは一部だけだし、そこだけより強固に直しておいてあげたから」


「てめぇ! いらんことすんな!」


「まぁまぁ。あれの解除は退屈凌ぎになると思うよ。きっと楽しいよ」


 大袈裟にため息をつき、額に手を置いたゴーシュ。

 これまで双子強弱症の影響を考えて魔法を使ってこなかった彼だ。普遍的な魔法の訓練に飽きてきた様子だから、ちょうど良い課題になるだろう。


 もしもの時のために、もっと力をつけておいてもらわないと。


「ユーキッド様!!」


「おっと」


 背後から獣の如き勢いで抱きつこうとする女性を避けた僕は、転びそうになる彼女の手を掴んだ。


「ダメだよ。リタはずっと僕を監視しているから、抱きついたりしたから雷が落ちるよ」


 比喩ではなく、本物の雷にうたれることになる。

 過去に双子強弱症から回復したゴーシュの妹に抱きつかれた時、黒い雷が落ちた。


 僕の頭上に……。

 なんで僕なんだよ。不可抗力なのに。


「そうでした。命の恩人に出会うと反射的に体が。すみません」


 ゴーシュの妹さんは僕だけでなく、王配のレイヴだろうが、異性のイリスだろうが、兄のゴーシュだろうが関係なく抱きついてくるへきを持った不思議ちゃんだ。


「ハートエリクサーを譲っていただいた御恩は一生忘れません」


「結局、使ったんだったね」


「あぁ。前国王が派遣した医者では治せなかったからな。お前が王宮を抜け出した後にレイヴがくれたんだ。ユーキだって文句は言わないはずだってな」


 当然、文句なんて言わない。

 僕たちが必死になって天然物のベヒーモスから取り出した新鮮な心臓だ。

 保険のために取っておいて良かった。


 ゴーシュの妹に使わなかったら、イリスが換金していたことだろう。


「この国の医者は大したことねぇな」


「双子強弱症の研究を進めているドクタリア連邦の医者なら可能性はあっただろうね。でも、ハートエリクサーを使う方が楽だよ」


「楽なもんかよ。オレ様は大変だったぞ」


 そう言えば、そうだ。

 ベヒーモスの攻撃を受けたゴーシュの体は一度崩壊し、イリスの闇魔法で修復されている。

 特に不調はないようだが、これからも注意は必要だろう。


「あの時も魔法が使えれば、もう少しダメージを軽減できたかもね」


「ふん。仕方ねぇだろ」


 妹の体を想って、負荷のかかる魔法を使わないようにしていたなんて美談すぎる。格好いいよ、ゴーシュ。

 一人っ子の僕にはきっと真似できない。


「あたし、ドクタリア連邦に行きたいんです。自分たちと同じ病気の人の役に立つ仕事をしたくて」


「それは良いね。少し前にレイヴとファーリー陛下にも会いに行ったんだけど、例の情報を渡しておいた。きっとゴーシュにも連絡が来ると思うよ」


「養殖業者か!?」


「うん。擬似的なハートエリクサーを作り出せれば、危険を冒してベヒーモスを狩る必要もないし、多くの人を救える。ドクタリア連邦との交渉にも使えるはずだ」


「ユーキッド様!!」


 だから、抱きつこうとしないでってば。

 感極まった彼女の抱擁をかわし、出されたお茶をすする。


「うん。今日も美味い。また、来るよ」


「お前のまた、はだいぶ先だからな」


「そうだ。もしも、ドクタリア連邦で困ったら僕の知り合いを訪ねるといい。ミネコルって言うんだけど、間抜けだけど親身に相談に乗ってくれるよ」


「はい! ありがとうございます!」


 僕はゴーシュが守る村を出て、最後の仲間の元へと向かった。

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