第34話 勇者パーティーと王の最期

「え? あの人たち本気? うそでしょ。イリスは説明してないの!?」


 影の中で自問自答を繰り返す僕は出て行くタイミングを逃してしまった。


 レイヴの拳は怒りに任せただけのように感じたが、ゴーシュからは魔力を感じた。彼が魔法を解禁したとなれば、その理由は一つだ。


「出てこい、魔王! その腐った性根を叩き直してやる!」


 リタと戦った時と同じようにイリスに操られている様子はない。

 2人とも自分の意思で僕に向かって来ているんだ。


「僕たちはまだイリスの手の上で踊らされているのか」


 自分で言ってて悲しくなってきた。

 さぞかし男性陣は扱いやすいと思われていることだろう。


 さて、レイヴとゴーシュに負けそうになったら即撤退だ。

 そう決めて、建物の影から顔を出した。


「てめぇ! まだこんな魔法を隠してたのか! どれだけ隠し事をすれば気が済むんだよ!」


 ゴーシュは盾を地面に突き刺し、絶叫した。


「捕えろ、プライマルチェーン!」


「無事にゴーシュも妹さんも治ったんだね」


 ゴーシュが自分の意思で魔法を使った。

 双子強弱症を患っていると、片方は強くなり続けて、片方は弱くなり続ける。だから、ゴーシュは常に本来の5割程度の力しか出していなかった。


 今なら分かるよ。

 きっとゴーシュがベヒーモスを受け止めたというのは事実だ。もしかすると、天然物を相手にしたこともあるのかもしれない。


 ただ、彼は妹さんが弱る姿を見てしまったから、その時から本気を出せなくなったのだろう。


 僕の体を締め付ける無数の鉄の鎖は、イリスに操られていた時とは比べものにならない強固さを誇っている。


「プレッシャーシールド!」


 更に上下左右から迫り来る魔力で形成された盾が僕を圧縮していく。


 これならベヒーモスどころか魔人だって身動き取れない。

 あとは煮るなり焼くなり好きにできるというわけか。


「きみが道を踏み外すのなら俺たちが正してやる! たとえ、本物の勇者じゃなくてもっ!」


 ……そういうことか。

 イリスは僕にレイヴの荒療治まで押し付けるつもりか。


 それなら、僕はこう返答するしかないじゃないか。


「保身のために国民をあざむき、自分に都合の悪い主張をする家臣を魔族に差し出すような王に仕えるのか! だから、お前は勇者になれないんだ!」


「たとえ事実だったとしても、王都を襲っていい理由にはならない! 今の俺は仲間も国もどちらも諦めるつもりはない!」


 その時、レイヴの左肩が光り輝き、袖を破って勇者の証が浮き出てきた。


「もう一度、俺にチャンスをくれるのか」


 剣を握り直したレイヴの魔力がどんどん膨れ上がるのが分かった。


 こんな王都のど真ん中で勇者の一撃を放つなんて正気の沙汰とは思えない。だけど、レイヴはかつてないほどに自信満々だった。


「王都の外に展開する魔物の軍勢、およびワレンチュール王国の魔王を捕捉」


 あ、これヤバいやつだ。

 リタっ!!


 外で影の魔物を操っているリタに合図を送り、僕はコートを脱ぎ捨てた。


「なんのつもりだ!?」


「僕は勇者パーティーの一員、ユーキッド・インジャムでもあるからね。これ全部イリスの筋書き通りだよ。僕たちの名前は魔王軍を退けた英雄として語り継がれるんだってさ」


「とんでもねぇ、女だぜ」


「まったくだよ」


 レイヴの剣から放たれた勇者の一撃は上空で四方八方に散らばり、捕捉した全ての魔物に降り注いだ。

 もちろん僕にも特大級の砲撃が直撃した。


 とっさに僕を庇ってくれたゴーシュの4枚のシールド、影の防御魔法、リタが持たせてくれた色無き鋼で何とか防ぎ切ることには成功した。

 それでも僕へのダメージはゼロではなく、しばらく動けなくなってしまった。


「これは名誉の負傷ということにしておいてよ。まさかパーティーの仲間にやられたなんて格好がつかないからね」


「スッキリしたから許す」


「黙ってろよ、馬鹿野郎ども」


 2人に肩を借りた僕はイリスの元へ急いだ。途中で無傷のリタとも合流して一緒に王宮を目指す。


「いやー、本物の勇者の一撃にはビビったね。おかげで影の軍勢はほぼ壊滅だよー。私が影魔法を解除したから魔王も爆散って感じ。騎士たちは騙せただろうねー」


「ほぼ? なんか虚しくなってきた」


「んー、でも5万くらいは勇者くんの攻撃で消滅させられちゃったよ」


 そうか、やっぱり10万で良かったのか。

 リタの見立ては間違ってなかったんだ。今日から軍師を名乗ってもらおう。


 そうこうしていると、王宮の前では国民たちが暴徒と化していた。

 その中心にはイリスがいる。


「今の大臣は国王の腰巾着ばかり! 何故だ!? それは国王が敵対する派閥の貴族を全員魔王に差し出したからだ! これがワレンチュール王国が他国よりも魔物に侵略されないにも関わらず、孤児が多い理由だ!」


 僕の告発とイリスの演説によって被害者の家族を中心とした国民たちが王宮へ乗り込もうとしていた。


「事態を知りながら貴族台帳を魔族に受け渡したアメルダ第一王女、闇ギルドと裏で繋がっている勇者協会、そこに属する金髪勇者も全員が共犯者だ! 唯一の良心は何十万もの魔物の脅威から王都を守った勇者レイヴと、彼を支持し続けたファーリー第二王女のみ!」


 いつの間にやら消えて、戻って来たレイヴは離宮から連れ出したファーリー王女の肩を抱きながら王宮が陥落する光景を眺めていた。


「国王を絶対に許すな!!」


 イリスの獣のような雄叫びと共に門がこじ開けられ、王宮内は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 王宮内がどんな惨状だったのか知るのは僕たちの中ではイリスだけだ。


 ファーリー王女を抱き締め、目を背けさせるレイヴを囲うように僕たちはじっと仲間の復讐劇が終わるのを待っていた。

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