第33話 暗殺者と侵攻
「あの女、うちのユウくんをボロ雑巾になるまで使おうなんて許せない」
「まだボロ雑巾になると決まったわけじゃないからね」
魔王の証の発現によって僕の魔力量が増えたことで、影魔法のバリエーションが一気に増えた。
学生時代にリタと考えていた数々の魔法が数年越しに発動できるようになるなんて夢のようだ。
楽しすぎて魔王城から一歩も出なくなってしまったのが唯一デメリットだ。
「今更だなぁ。イリスとは裏で話を合わせているんだよね?」
「なんのこと? あの闇魔法女とはご飯屋さんで会ったのが初めてで、それ以外では会ってないよ」
「えぇ!? 2人で計画を企ててたんじゃないの!?」
「まっさかー。ユウくんだって、あの女と私が合わないって思ってるでしょー? 実際に初対面で、ないなーって思ったし。向こうも微妙な顔してたしねー」
学生時代にリタが仲良くしていた女子グループには含まれないタイプであるイリスだからこそ、2人が協力しているのが信じられなかった。
でも、そうじゃなかったのなら、ここまで綺麗に彼女たちの思い通りになっているのはどういうことなんだ?
「私のユウくんに人身掌握魔法をかけた女だよ? 絶対にないって。向こうも手駒を一つ削られたんだから、私のことは快く思ってないよ」
「そう言われると、そうだね」
仮に僕がリタと再会せずに魔王討伐に出発していたなら、魔王の正体を知った僕は間違いなく動けなくなっていただろう。
そして、イリスの魔法を解除されていない僕はレイヴとゴーシュと一緒になって、魔王リタリエッタに飛びかかっていた。
返り討ちにされていたかもしれないし、リタが気遣って今回と同様に捕縛させてくれていたかもしれない。
どちらにしても、僕とリタがこうして恋人関係に戻れることはなかったと断言できる。
「どこまでが計算でどこからが偶然なのかもう分からないよ」
「あの女、お腹の中真っ黒だからねー。影の潜航魔法で見たでしょ?」
「嫌というほど見せられたよ。ついでにおおまかな計画書まで見せられるなんて怖すぎるよ」
「対してリタちゃんのお腹は真っ白だからなー」
そう言いながら服をペラペラ捲ったりするものだから、おへそがチラチラ見えて視線も思考も持っていかれる。
「ま、言う通りにしてあげようよ。人生には余興が必要だよー。それにユウくんは国王を殺すんでしょ?」
「いや、まだ殺すと決めたわけじゃないけど」
リタの父親にもそう予言されているから余計に不安だけど、今は他にやることがある。
「そろそろ魔物の軍勢を作ろうか。リタ、手を」
「がってん! 私たちの影魔法は2人で力を合わせれば、なんだって出来ちゃうもんねー」
僕の魔力は微々たるものだけど、リタの魔力があれば百人力だ。
そこに魔王の証まであれば敵なしだ。
「とりあえず、数は10万にしよう」
「じ、じゅうまん!?」
「確認されている大型の魔物は3m級だよね。2倍はやり過ぎだから。5mにしよう。数は3体で。見た目は適当でいいよね。どうせ、全身真っ黒だから」
リタの手がじっとりと湿っているなんて珍しい。
「えっと。ユウさん? 本気で人間を滅ぼそうとしてません?」
「いやだな〜。これくらいイケるでしょ。もう少し数を増やした方が緊迫感があるかな」
「やめてあげなよ。多分、ドン引きされるよ」
「人間側には勇者協会もあるんだから人海戦術しかないじゃないか」
口論を諦めたのか、リタは「お好きにどうぞ」と投げやりに言ってきた。
どうせ、張りぼてなんだから遠距離攻撃一撃で消えちゃうんだ。
勇者たちが一斉に攻撃すれば、あっという間に形勢逆転されてしまうだろう。
……うーん。やっぱり、こっそり30万にしておこうかな。
◇◆◇◆◇◆
魔物の軍勢を率いて行軍を開始した僕とリタは、イリスが開けておいてくれた門を素通りして、ワレンチュール王国の王都を目指した。
特に村や町に被害は出していない。
向かってくる敵には容赦しないけど、こちらから手を出すつもりはない。
転移魔法で王都に全勢力を投入しようかとも考えたけど、リタに止められたから僕も行軍に混ざることにした。
そして、目的地である王都の前に全軍を展開したのだが、国王軍は最初から籠城戦の構えだった。
「分かった。誰が一番早く門をこじ開けられるか競争させればいいんだね」
「違うよ、ユウくん。向こうは籠城するしかないんだよー。勢力差が段違いで、お話にならないんだと思うよ」
ふぅん。そういうものなのか。
普段からソロ活動な僕に軍団指揮なんて出来るはずがない。
連携のことも、戦術のことも分からないから数を用意したのに、これじゃ僕が悪者みたいじゃないか。
「ほらほら。騎士団長様のお出ましだよ」
リタの指さす方を見ると、武装した騎士団長が大声を張り上げていた。
「我が王との約束を反故にするつもりか! 今すぐに軍を退け! これ以上、進行するようであれば武力行使する!」
距離が離れていても声が良く聞こえる。多分、拡声魔法だ。
それなら、僕も同じことをさせてもらおう。
「貴様らの王は我らに生きた人間を差し出すと言った。もう丸一日が経過したぞ。いつまで待てばよい? 我が同胞は腹ペコだ」
影で作り出した魔物たちは、咆哮を上げ、地団駄を踏み始める。
体重を持っているのはごく一部だが、それでも十分な地響きが王都を襲ったことだろう。
僕の声ももちろん拡声している。
つまり、王都だけでなくワレンチュール国民全てに僕の声が聞こえているのだ。
「約束を反故にしたのは貴様たちの方だ。我らは食事のために来た。町は壊さないから安心しろ」
一斉に魔物たちが王都の壁や門に飛びかかり、中への侵入を試みる。
あとは、金髪勇者をボコって、国王と第一王女を断罪。それからレイヴに負けて、捨て台詞を吐きながら敗走か。
あらかじめイリスから聞かされたシナリオに沿って行動していた僕は影の軍勢の操作をリタに任せて、王都の中へと転移した。
転移直後の僕に向けられた砲撃魔法。顔を隠すために被っているフードが脱げないように庇いながら、最小限の動きでかわしていく。
勇者協会の面々だ。すでの勇者職を引退したおじさん達が冷や汗を流しながら、魔法を撃っている姿を見ると申し訳ない気持ちになってしまった。
とはいえ、多勢に無勢だ。
影魔法で弾き返しても次々に魔法を撃たれては疲れてしまう。
「魔王! お前を倒すのはこの俺だ!」
「本物と分身の違いも分からない奴が偉そうに語るな。君の一撃は軽いんだよ」
金髪勇者が放つ勇者の一撃はレイヴのものよりも簡単に離散する。
これが真の勇者だと言うのなら、レイヴは一体何者なんだ。化け物か?
「悪いけど、君では止められない。少しの間、静かにしておいてもらうよ」
金髪勇者をはじめとする勇者協会の面々の影を地面に打ち付け、颯爽とこの場を去る。
予定通りなら、そろそろレイヴが来るはずなんだけど……。
「ユーキ!!」
「ユーキッド!!」
本気すぎるレイヴとゴーシュの拳を顔面に受けて、吹っ飛ばされた僕は地面を転がりながら影の中に潜むことしかできなかった。
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