第32話 暗殺者と復讐者
そういえば、レイヴたちは大丈夫だろうか。
闘技場から逃げ出す直前、金髪勇者は「勇者パーティー全員が共犯者だ」と叫んでいた。
僕一人だけが無事とかないよね?
それだと後味が悪すぎるんだけど。
多種多様な疲労感から寝落ちしそうになる頭と体に鞭を打って起き上がる。
隣ではリタが規則正しい寝息を立てていた。
隅々まで確認したけど、リタの体には拷問を受けた傷はなかった。
「仕方ない。やるか」
目を閉じて、イリスを強くイメージする。
すると、どこかお屋敷の一室に立つイリスと対面に座るアメルダ第一王女の姿が見えた。
これは僕の意識をイリスの影に潜り込ませ、自由に見聞きすることを可能にする影魔法のバリエーションだ。
◇◆◇◆◇◆
「新しい魔王はあなたのお仲間なのでしょう? それなら交渉してくださらない?」
「どのような交渉をご希望でしょうか」
「国王陛下と先々代の魔王との密約を再び取り交わすように、と」
前魔王であるリタが拒否した密約は、生きた人間を差し出す代わりに魔人および魔物が人種族の領域に足を踏み入れて、人を襲わせないというものだ。
「それはどのような密約でしょう。わたくしは存じ上げません」
「白々しい。では、こうしましょう。あなたが闇ギルド『ブラック・サファイア』に所属していたという経歴を抹消しましょう。それなら、次の働き口を見つけやすくなるでしょう」
僕は今、イリスの一部だ。
つまり彼女の感情の昂りを共有できてしまう。
イリスは怒っている。実際には拳を握っていないが、心の拳はガチガチと音を立て、手のひらに爪がめり込んで血が出そうな勢いだった。
なんか気持ち悪くなってきた。もう影魔法を解除しようかな……。
「どちらにせよ、密約の内容を話していただかないと交渉も何もできません。それにユーキさんと話すのであれば、レイヴさんやゴーシュさんでも良かったはずです」
「勇者崩れと盾持ちでは役不足でしょう。あまり頭が賢いとも思えない。彼らに交渉役なんてお願いできないわ」
ひどい言われようだ。
確かに頭は良くないかもしれないけれど、そこまではっきり言わなくてもいいのに。
「どんな内容であったとしても、前魔王が拒否したのであれば、ユーキさんも首を縦には振らないと思います」
「やってみなければ分からないでしょう。あなたの美貌にころっと落ちるかもしれないわ」
イリスはくすっと可愛らしく笑って謙遜したが、腹の中は真っ黒だった。
覗かなければ良かった、と後悔するほどだ。
こんな子と一緒に旅をして、一晩だけとはいえ同じ部屋に泊まっていたと思うと恐ろしい。
「わたくしの経歴を綺麗にしてくださるのですね」
「約束しましょう。証拠は残らない。数日後、真の勇者様が魔王討伐に出立されます。勇者の一撃を直撃しては無傷ではないでしょうからね。このまま捕縛していただく予定です」
なんか、ごめんね、王女様。
無傷どころか、色々あって絶好調だよ。
「王宮に連れて来られたら交渉を。拒否するようなら首を縦に振るまで痛めつけるのみ。魔王といっても人間です。魔人のように無敵ではないのですからね」
「わたくしは飴になれ、と?」
「その通り。ユーキ・ド・ダークネスには心がある。不安ならお友達と一緒になってでも。勇者崩れにはファーリーを、盾持ちには妹の治療を
「情に訴えるおつもりですか」
「使えるものは何でも使う主義なの。あなたの褒賞金はもちろん上乗せするわ」
国王陛下の長女さんはえげつないなぁ。
お淑やかなファーリー王女とは大違いだ。
でも、これくらい
「分かりました。できる限りのことは致します」
「結構。下がりなさい」
「アメルダ殿下もお気をつけください。ユーキさんは魔人なんかよりも狡猾なお方ですよ」
「ご忠告、感謝するわ」
アメルダ王女の部屋を出たイリスはいつもよりも強めに足音を鳴らしながら廊下を歩き、王宮を後にした。
日差しに晒されて、彼女の影が大きくなる。
そろそろ離脱しようとしたその時――。
「便利な魔法ですね」
え……。今のって僕に話しかけたの!?
「というわけで、わたくし達はユーキさんに揺さぶりをかけなくてはいけなくなりました。ちなみにですが、まだ国王からの褒賞はいただいていません」
どうして僕の周りにいる女性はこんなにも強いのだろう。
そういう人を引き寄せる星の元に生まれてきたのかな?
「すでに証拠は掴んでいます。個人的には、がっぽりいただいてから事を進めたいので、交渉には首を縦に振ってくださいね」
立ち止まったイリスは自分の影を何度も踏みにじった。
端から見ると頭のおかしい女に見えるだろうが、彼女は僕に攻撃しているつもりなのだろう。
そっち系の趣味はないから何も感じないけれど、冷ややかな目で見下ろされながら、踏まれるなんて好きな人にはたまらないんだろうな。
なんて下らないことを考えながらイリスを見ていた。
◇◆◇◆◇◆
それから数日後。アメルダ第一王女は全国民にレイヴを筆頭にした勇者パーティーは魔王討伐に失敗したと嘘の情報を流した。
更に金髪勇者こそが真の勇者であると公言し、再び魔王討伐に出発すると宣言した。
僕たちの時よりも盛大な壮行式の後に、僕とリタの愛の巣に乗り込んできた金髪勇者によって僕はいとも簡単に身柄を拘束された。
拷問なんて絶対に嫌だ。
ただでさえ、手首が千切れそうなくらいきつく枷をつけられたのに、拷問もされるなんてきっと耐えられない。
先にレイヴたちによる情に訴え掛ける攻撃を希望し、イリスからの指示通りに「国王陛下に従います」と降伏を示した。
これで満足だろ、イリス。
そんなことよりも、ゴーシュの棒読みをなんとかしなよ。
彼、こういうのが一番苦手なんだから。
と、まぁ、こんな感じで僕は国王陛下の支持率維持のために利用された。
僕が首を縦に振るだけでレイヴの結婚が認められ、ゴーシュの妹が治療を受けられ、イリスが多額の褒賞金を得られるなら結構な話じゃないか。
え、僕?
僕はもうリタを魔王の座から降ろして、誰にも討伐させずに済んだから大満足なんだけど……。
「お疲れ様でした、ユーキさん。では影魔法を解除して、魔物の軍勢を引き連れてワレンチュール王国を攻めて来てください。各領地、および王都へ続く関所は開けておきますね」
イリスの復讐はまだ終わらなかった。
うーん。なんでこの人、目の前にいる僕が影の分身魔法で作った偽物だって分かったんだろう。
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