第31話 元カノと元カレ

 魔王討伐の前に4人で訓練した、何百人という観客を収容できる広い闘技場。

 そこに集まっている全員の視線が僕に釘付けになっている。


 リタの存在が全員の意識から外れた瞬間を見計らい、ゴーシュの足元から伸ばした影がリタの拘束具を全て破壊した。


 それだけのために、こんな派手な登場をしないといけないなんて情けない。


 でも仕方ないじゃないか。これしか思いつかなかったんだから。

 自分のイメージ力の貧困さが嫌になる。


 これ以上、目立つのは御免だ。


 さっとモニュメントから飛び立ち、リタの後ろに着地する。


 彼女は項垂れていた頭と体を起こし、拘束されていた手首をさすりながら僕の隣に並んだ。


「タイミングばっちりだったね」


「どこがだよ! 誰が見ても滑り込みアウトだよ。リタじゃなかったら何回首が吹っ飛んでたことか!」


「まぁまぁ。私の首は繋がってるし、王子様が助け出してくれたわけだから大満足なんだけどなー」


 咳払いして、ぴったりと体を密着させるリタから離れる。


「あまり近寄らないで。緊張の糸を緩めると今にも吐きそうなんだよ」


「大丈夫。全部受け止めるから」


 ハハハ。僕の元カノは冗談が好きなんだ。

 冗談だって分かっているから、お椀の形を作った手のひらを下ろして欲しいな。


「ユーキッド・インジャム! 貴様は魔王討伐の依頼を受けた勇者パーティーの一員でありながら、人種族を裏切るつもりか!」


 国王の怒声に顔を上げる。

 周囲に待機していた騎士たちは戦闘態勢を取っているけれど、ゴーシュが斧を再び手に取る気配はない。レイヴもイリスも同様だ。


 僕としてもここで彼らとやり合うつもりはない。

 目的は達成したのだから、さっさと撤退したかった。


 でも、こんなに大勢の前で影の転移魔法を使いたくはない。

 可能ならリタの翼で飛んで逃げたいところだが、まだ魔力回路が復活していないのか自由には動けなさそうだった。


「国王陛下。勇者パーティーは全員がこいつの共犯者の可能性があります」


 そう言って観覧席から闘技場へ飛び降りた金髪の青年が腰から抜いた剣を僕たちに向けた。


「偽物の勇者、闇ギルド所属の魔法使い、本気を出せない盾持ち。そして、無能な暗殺者。よくもまぁ、こんなにもゴミを集められたものだ」


「あぁ! レイヴが言っていた本物の勇者って君か。レイヴに席を譲ってくれてありがとう。おかげで退屈しない旅だったよ」


「腰抜けが勇者を名乗っているなんて面白い国だねー。他国だったら、笑い者じゃなーい?」


 僕は別に馬鹿にしたわけじゃない。レイヴの言っていたことと感想をそのまま伝えただけだ。

 それなのに、リタがからかってしまったから金髪勇者は顔を真っ赤にしてプルプルと震え始めてしまった。


「貴様らこの俺を馬鹿にするのか。勇者の証を持つ、この俺を!!」


 彼の左手の甲には確かに模様が浮かび上がっている。


 これがレイヴにもあったという勇者の証か。

 僕の胸にある魔王の証も勝手に浮き出てきたから、きっと彫ったりするものではないのだろう。


 僕と同じように勇者の証から魔力が供給された金髪勇者は剣を振りかざした。


「消えろ、魔王ども! これが勇者の一撃だっ!!」


 眩い光と共に放たれる砲撃魔法。

 僕はとっさにリタを庇い、手のひらで受け止めた。


「ん?」


「どしたん?」


「いや、ちょっと弱いなって。じゃなくて、爆発させるから逃げるよ」


「りょうかーい」


 意図的に小規模な爆発を起こし、煙に紛れて影の転移魔法で闘技場を離脱した僕とリタは、ワレンチュール王国の北部にある魔王城へと一時避難した。


「だぁぁぁぁ! 疲れた。もう二度と大勢の前に出たくない」


 地獄の底から聞こえてきそうなうめき声にも似たため息をついた僕はローブを脱いで玉座の背もたれに引っかけた。


「おぉ。まるで実家のような振る舞い」


「ここはもう僕の家だよ。召使いの一人でも欲しいんだけど、他の魔人や魔物はどこに行ったのさ」


「へ? 5人で全員ぶっ殺したじゃん。やだなー、もー。ボケるには早いぞ」


 5人?

 僕たちは4人で勇者パーティーだ。

 残るもう1人は……もしかしなくても、リタ?


「えっと、魔王城への道中に魔人や魔物が少なくて、城内には居なかったのって」


 リタは自分の胸を指さしながら「褒めて、褒めて」と言わんばかりの笑みを浮かべていた。


 自分の部下をためらいなく一掃するなんて怖すぎる。


「一度でも生きた人間を喰った魔族はダメだよ。味を覚えちゃってるから私が止めろって言っても聞きやしない。それなら生かしちゃおけない。それに私の手下じゃないし」


 最後のが本音だろ。


 確か、ワレンチュール王国の魔物が人を襲わないのは他国からすればあり得ないことだと学園時代の先生が言っていたっけ。


 その理由が国王が人間を献上していたからだなんて驚きを通り越して呆れちゃうな。


「どうしてあんな風習になったの?」


「さぁ。詳しくは知らない。ただ、クシュンが次期ワレンチュールの魔王に確定した時、あの子は心底嫌がっていた。そんな奴らと一緒に過ごせないし、関わりたくないって」


「それでクシュンの自殺を偽装したの?」


「パパの所に行ったんだ。超エリート魔人の最後が自死なんて後世に残せないじゃん。だからそういうことにして、私がこの国を変えることに決めた。ま、失敗しちゃったけどね」


 儚げに微笑み、可愛らしく舌を出したリタ。


 僕は抱き締めることも、微笑み返すこともできずに頭を下げるしかなかった。

 過去の過ちが許されるとは思わない。でも、自分を抑えきれなかった。


「ごめん。リタの事情を聞かずに勝手に離れて。本当にごめん」


「そうだよ。何が引っかかっているのか教えてもくれないし、話し合いの余地なしって感じだったし。クシュンの話を言い出せなかった私も悪いけどさ」


「リタは悪くないよ。一人で全部背負われてしまってごめん。許して欲しいなんて言わない。だけど、僕は少しでもリタの力になりたいんだ。ここから先は僕がやるよ」


「ねぇ、私の将来の夢、言ったことあるっけ?」


 突然、話題を変えられては思考が追いつかない。

 やっとのことで切り替えたが、僕の記憶の中にリタの将来の夢フォルダはなかった。


 首を振ると、リタは僕の耳元に顔を近づけて囁いた。


「お互いにいつでも殺すことができる人のお嫁さんになること」


 艶めかしい声と吐息のくせに、なんて物騒なことを言っているんだ。

 僕の耳が腐ったのかと錯覚してしまうほどに異常なことを言われているはずなのに、僕はリタの手を握っていた。


「この世で私を殺せるのは2人。1人はパパだから論外でしょ。そうなると選択肢は一つしかないんだよなー」


 わざとらしく、チラチラと上目遣いで見つめてくるリタに心が跳ねる。


「そのために、僕にダークネス因子を植え付けて影魔法の特訓をしたの?」


「ご名答! 初めて食堂で話した日から、この人しか居ないってビビッと来たの。それで、愛するユウくんのために時空間魔法を会得したんだから」


 努力の方向性が間違っている気がする。

 ただでさえ、体得の難しい時空間魔法だ。もっと有意義な使い道があると思うんだけど。


「ユウくん。助けてくれてありがとう。来てくれた時は嬉しかったよ」


「遅くなってごめん」


 リタは飛び跳ねるように一歩離れて、可愛らしく首を傾けた。


「私をあなたの彼女さんに戻してくれますか?」


 あぁ……。僕はまた失敗を重ねてしまった。

 これだから万年二番目の男なんだよ。


「僕の方こそ、リタの彼氏に戻して欲しい。遅くなって本当にごめん」


 この日、僕たちは魔王だとか、勇者パーティーだとか、元恋人同士だとか、そういったどうでもいいことを全て忘れて、誰もいない魔王城でお互いを激しく求め合った。

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