第30話 勇者パーティーと黒い影

 晴れ渡る空の下、ワレンチュール王国にある闘技場の中心に処刑台が仮設され、観覧席には政治に関わる者たちが多く集められていた。


 重々しい空気の中、手足を拘束され、鉄製のマスクをつけられた魔王リタリエッタ・バスター・ド・ダークネスが涼しい顔で仁王立ちしている。


 観覧席からは「女じゃないか」、「こんな子供が魔王とは」、「先代魔王の方が風格があったな」などという声が聞こえた。


 ワレンチュール王国の新たな魔王を見たのは観覧席に座る者たちだけだ。


 勇者一行が魔王を捕獲した、という事実は国民や他国には伏せられ、ここに集められた者たちには箝口令かんこうれいが敷かれた上で処刑当日を迎えた。


 他国であれば魔王の処刑は民衆の前で大々的に行われるものだが、ワレンチュール王国はそうしなかった。


 これは国王からの命令であり、その理由は誰も知らされていない。知ろうとすることも禁忌とされ、誰一人として異論を唱えられる者はいなかった。


「これより、魔王リタリエッタ・バスター・ド・ダークネスの処刑を執り行う」


 一番良く見える上に、一番安全な場所から処刑台を見下ろす国王の宣言に、ざわついていた会場が静まり返った。


 あらかじめ仕事を請け負っていた処刑執行人ではなく、勇者パーティーの一員である守護者ガーディアン、ゴーシュが処刑台に登った。


 その手には巨大な首切り斧が握られている。


 本来の彼の武器は盾だ。パーティー内では敵からの攻撃を受け止め、反撃の機会を作るのが彼の役目である。

 しかし、今日は慣れない斧を引きずり、魔王リタリエッタの前で立ち止まった。


 額から流れる汗を拭いながら観覧席を見上げる。

 国王からの合図を確認するためではなく、見届けているであろう仲間を探す。

 勇者レイヴと、魔法使いのイリスは所定の席に座り、重々しく頷いた。


 魔王捕獲から今日までの間、刑の執行を延ばしたのはレイヴの功績だ。


 魔王討伐の依頼を受けた自分たちの手で終わらせたい、と申し出て、ゴーシュに刑執行にあたっての作法や手順、斧の扱いを学ばせる時間を得た。


 その間に暗殺者ユーキッドを逃したのだ。


 ここまでは予定通り。

 国王が痺れを切らす直前で刑執行の日を迎えたが、肝心のユーキッド・インジャムの姿はどこにもなかった。


 王宮内にある牢屋を抜け出してからの彼の動向は誰も把握できていない。

 自宅は本当に人が住んでいたのか疑いたくなるほどの質素な部屋だったと報告されている。


 王国騎士団はユーキッドの実家にも向かったが、もぬけのからで数日前に急遽引っ越ししたと近所の人が証言していた。


 彼がどこで何をしているのか、誰にも分からない。

 もしかすると一人で逃げ出したのかもしれない。そんな憶測も王宮内に飛び交っていた。


(何やってんだよ、ユーキッド。このままじゃ、執行されちまうぞ)


 その時、焦りのあまり愚痴をこぼしてしまったゴーシュの脳内に女の声が響いた。


『ユウくんは必ず来る。気にせずにお仕事していいよー』


「なっ!?」


『しー。この会話、二人だけの秘密だよ』


 魔王リタリエッタは自らの足でひざまずき、こうべを垂れた。

 あからさまな動揺を隠すように斧を握り直したゴーシュは国王を見上げ、小さく頷く。


 国王からの合図を受けたゴーシュは全身の筋肉に力を込め、ゆっくりと身の丈ほどの大斧を振り上げた。


 観覧者からすれば演出だと思われているだろうが、ゴーシュにとっては悪あがきの時間稼ぎだ。


(すまん! ユーキッド!)


 その悪あがきもこれまで。

 これ以上は待てない、と振り上げた斧を魔王の首めがけて振り下ろす。


 ガキンッと金属と金属がぶつかったような耳をつんざく音が闘技場内に鳴り響き、ゴーシュは手から伝わる振動に驚いて斧を離しそうになってしまった。


「……冗談きついぜ」


『あれー? ユウくんから聞いてない? 私ってユウくん意外の人の攻撃を受けつけないんだよねー』


 間違いなくゴーシュの斧は魔王の首を捉えた。しかし、彼女の首と接触することはなく、見えない何かが斧を阻んでいた。


(まだ魔力回路は修復してねぇんじゃねぇの!?)


『あー。色無き鋼ってユウくんは勝手に呼んでるけど、これって私の魔力とは関係ないんだよねー』


 汗だくのゴーシュとは違い、愉快そうな声が脳内に響く。

 うつむく彼女の顔は見えないが、きっと笑っているだろう。そう思えるほどに楽しげな声だった。


(じゃあ、遠慮なくいくぜ)


 一撃目を防いだことで観覧席から煽り文句が闘技場内に飛び交うようになってしまった。

 ゴーシュは決して悪くないのに責め続けられる彼は再び斧を振りあげた。


 またしても金属音が鳴るだけで、魔王の首は繋がったままだ。


 ここを狙え、と言わんばかりに見せつけられるうなじが艶かしくもあり、憎たらしくもあった。


『ユウくんって、意外と子供っぽい一面があるんだよー』


(首の後ろガンガンやられてるのに雑談を始めないでくれねぇ!?)


『例えばさー。高い所から町や人を見下ろすのが好きだよね』


 魔王は何度も振り下ろされる斧をものともせず懐かしむように目を細める。


 怒号が飛び交っていた闘技場は静まり返り、誰もが魔王という存在の脅威を再認識した。


『あと、無駄に格好つけたがるよね。ほら。今も格好つけてるから早く気づいてあげて』


 はっとしてゴーシュが空を見上げる。

 つられてレイヴやイリス、国王や国の重鎮たちも上空へと視線を彷徨わせた。


「あぁっ!!」


 誰かが叫び声に近い声を上げ、指をさす。

 その先には、黒いローブを風にはためかせる人物が闘技場のモニュメントの上に立っていた。


「ユーキッド!」


 思わず、声を荒げたゴーシュ。

 国王もそこに立つ人物が誰なのか気づいた。


「ユーキッド・インジャム。貴様なのか……」


 立ち上がり、上擦った驚嘆の声を上げる国王を見下ろす黒い影が深く被っていたフードを脱いだ。


「違うな。はユーキ・ド・ダークネス。北の大魔王から拝命を受けたこの国の新たな魔王だ」


 ゴーシュは斧を落とし、レイヴとイリスは声を殺して呆然と見上げるしかなかった。


 人々が混乱する中、前魔王リタリエッタだけは我慢できずに人知らず恍惚の笑みを浮かべていた。

 彼女の赤い瞳は輝き、口からは安堵の息が漏れた。


「前任者は返してもらうぞ」


 この日、人種族の歴史において初の魔王が誕生した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る