第28話 暗殺者と元カノの父親
王宮を抜け出し自宅に帰ることなく王都を離れた僕は、満月の明かりを頼りにイリスからの手紙を開いた。
目を細めなければ読めないほどの細かい字だ。
「……そんなこと知らないし、気づかないし、教えてくれないと分からないし」
手紙の内容は予想通り、とんでもないものだった。これは口には出せない。
イリスが本気で魔王討伐に臨む理由も理解した。
「僕と同じだ。これは仲間だと認めていても言えない」
イリスが抱える問題も軽々しく他言できないものだった。
それを僕に明かしたという事は王都内で身動きが取れない彼女の代わりに何かをしろと言うことだ。
「行きたくない。行きたくないよ。それなら王宮に殴り込んだ方がましだよ」
その場にしゃがみ込んで、頭をかく。
とりあえず、落ち着こう。
こういう時は火だ。火を見ると心が落ち着くらしいから、イリスの手紙を燃やすことした。
あぁ、儚い。
なんで紙切れで寄越したんだ。もっと燃料になるような大きさにしてくれよ。
「……はぁ。行くか。行くしかないのか」
何はともあれ密告書は破棄できた。
これから僕が目指す場所は、ワレンチュール王国から遥か北にある魔人と魔物の住処。
各地に配属されている7体の魔王を統括する北の大魔王様のお家だ。
別名、リタの実家。
真面目に進めば、数ヶ月かかる過酷な道のりだ。
学園3年生の夏休みを消滅させた、あの初体験旅行は今思い出しても膝が震える。
でも、今回は影の転移魔法が使えるから一瞬で着いてしまう。
全てが上手く行き過ぎている。
ここまでのことをリタとイリスが予測していたのなら彼女たちは化け物だ。
そして、僕たちは化け物に操られている哀れなお人形さんだ。
こういう時に限ってリタは僕に話しかけてこない。こちらからコンタクトを取っても拒絶されていて相談も文句を言うこともできない。
「分かったよ。行けばいいんでしょ」
僕の足元から伸びた影が全身を覆い隠し、影の中へと引き摺り込む。
謎の浮遊感は一瞬で、足の裏が固い地面に着いた。
目を開けると、禍々しい色の空と枯れた地表が広がっていた。
その先には巨大な門と、それを守る番人と番犬。
ばっちり目が合ってしまい、反射的に会釈する。
門番の方は武器を構えて叫んだ。
呼応するように番犬の方もガルルルルと喉を鳴らし、一瞬にして地面はよだれまみれになった。
「てめぇ! お嬢をフったらしいな!! どのツラ下げて、ここに来やがった!」
「振ってないよ! 自然消滅ってやつだよ! 僕だって二度と来たくなかったよ!」
「口答えすんな! ここは通さんぞ! よくも可愛いお嬢を。許さん!」
この門番は学生の頃にお邪魔した時から何も変わらない。
お嬢ことリタを幼少期から可愛がっていたらしく、事あるごとに僕を殺そうとする危険人物だ。
「今日はリタの父親に会いに来たんだ。取り次いで欲しい」
「はっ! 大魔王様はお前みたいな豆粒と会わねぇってよ。さっさと帰りな。しっしっ」
邪険に扱われても「はい、そうですか」とは引き返せない。
いや、本当は引き返したい。
自分よりも頭二つ分くらい背の高い魔人を相手に口論している僕を誰か褒めてくれ。
「リタがワレンチュール王国に囚われた。救出に向かう前に話がしたいんだ。お願いします!」
「お前は半分人間を辞めてるようなもんだから人間独特の臭さがなくて嫌いじゃない。だがな、大魔王様が自分の娘を見捨てたクソ野郎と話をしたいと思うか?」
「それは……」
即答はできなかった。
都合の良いことばかり言っているのは重々承知している。
それでも、たとえぶん殴られたとしても僕は北の大魔王と話をしなければならない。
「話は終わりだ。二度と大魔王領に来るんじゃ――」
「お
「ばっ!?」
覚悟はできた。
僕が学生の頃に教わった合言葉を口走ると、電光石火の如く目の前に人影が現れ、頭を鷲づかみにされた。
「だ、大魔王様」
大魔王領の門番はエリート中のエリートだ、と以前リタが教えてくれた。
そんな門の番人をも恐怖させる大男。
頭から角を生やし、笑う度に鋭い牙が見え隠れする。僕の腹囲と同じか、それ以上の太さの二の腕には血管が浮き上がり、今にも破裂しそうだ。
この人物こそ、リタの父親で北の大魔王、ド・ダークネスである。
「我のことはパパと呼べっつっただろうが!!」
「さすがに無理です。自分の親もそんな呼び方できません」
「貴様が5年も会いに来ないからだろうが!! あの時、リタリエッタと子供をつくっておけば良かったんだ!! で、仲直りしたのか!? 随分と長い喧嘩だな!!」
無駄に声のデカいおっさんだが、間違いなくこの大陸に住む魔人と魔物のトップだ。
これが大魔王です、と紹介されれば誰もが信じる見た目をしていて、立っているだけで気絶しそうになる。
しかし、見た目に反して中身は終わっている。
このおっさん、娘の初彼氏との顔会わせに緊張しすぎて、えずいた末に国を一つ滅ぼしている。
初対面の時は僕も死を覚悟したけれど、なぜか気に入られてしまった。
「別に喧嘩をしていたわけではありません。少しすれ違いがあっただけです。今でも仲は良いですよ」
口が滑っても今の関係の詳細は明かせない。
「今でも飯は口移しか?」
「は、はぁぁあぁぁぁ!!??」
「なんだ、もうやめたのか。ま、もう理由がないわな。影魔法は習得したわけだし」
僕が顔を真っ赤にして口をパクパクしていると門番のエリート魔人も同じ反応を示していた。
まさか、実父の口から娘の性癖について聞かされるとは思っていなかっただろう。
僕もまさかバラされるとは思っていなかった。そもそも、知られているなんて想像もしていなかった。
「だ、大魔王様。そ、それはどういう……? お嬢が口移し?」
「おうよ!! あの馬鹿娘は、家宝とも言えるダークネス因子をこいつに譲渡したんだ!! おかげで開発者の我も影魔法の使い方を日々勉強させてもらっておるわ!!」
豪快に笑いながら、僕の頭をポンポン撫でる大魔王様。
おっさんに、しかも元カノの父親に頭を撫でられても全然嬉しくない。
遂には肩を組まれた。
だから、来たくなかったんだ。
今回は国が滅びないことを祈りつつ、大魔王城へとついて行くしかなかった。
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