華麗に、参上できそ?

第27話 勇者パーティーと投獄された暗殺者

 冷たい。

 頬から伝わる固くて冷たい感触に目を覚ますとそこは鉄の檻の中だった。


 両手足には鉄のかせがつけられていて、体勢を変えることもできない。

 体の至る所には打撲の痕が残り、魔力を練ろうにも上手く力が入らなかった。


 痛みに耐えながら体を起こす。

 霞む視界の先では大きな影が動き、僕の方に近づいてきた。


「ユーキッド! てめぇ、オレ様たちを売りやがったな! もっと顔を近づけろ、オレ様がぶん殴ってやる!」


 突然の恫喝どうかつに肩が震える。

 ゴーシュは鉄格子を握り締め、押したり引いたりを繰り返しながら叫んだ。


 ベヒーモスを受け止める怪力自慢のゴーシュでもびくともしないなんて強度の高い檻だ。


「ゴーシュ、ごめん」


「謝って済む問題か!? お前が魔王を逃がしていたらオレ様の妹はどうなっていた!? レイヴの婚約は!? イリスの孤児院は!?」


 僕は壊れたように謝ることしかできなかった。


「クソが! お前が邪魔したせいで魔王リタリエッタは討伐どころか捕縛だぜ。おまけに気絶したお前まで担がせやがって。おかげで腰だけが異様に痛いぜ。お前の処罰を決め兼ねてるせいで魔王の処刑には時間がかかるし! あー、良いことねぇな!」


 あれ……?

 ゴーシュさん、ちょっと重要事項を話すぎではありませんか?


 イリスの闇魔法の副反応がないなら良かった。

 それにリタも生きているんだ。


 なんとか抜け出して彼女を助け出せないか、と思考を巡らせる。


「おい、妙な考えを起こすなよ。ここは王宮の地下にある、この国で一番強固な檻の中だ。オレ様でも壊せねぇんだからな! それにお前は今は魔法を使えないんだろ? そのまま一生、魔力を封じられてしまえばいいんだ。ま、ここを抜け出せても、看守も騎士がうじゃうじゃ居るから逃げられないだろうけどな!」


 ガハハハと大口を開けて笑ったゴーシュは最後に鉄格子を殴った。


「絶対にお前をぶん殴ってやる。覚悟しとけ」


 暴れ出しそうな勢いのゴーシュは待機していた看守2人に宥められながら階段を昇らされていた。


 階段からは「お前らも聞いてくれよ! あの陰険野郎はなぁ!」と収まらない怒りを看守たちにぶつけ、ストレス発散もとい業務妨害する声が聞こえた。


 あれはわざとなのか? 

 それとも本気なのか?


 旅を始めて間もない頃の僕だったらそう考えていただろう。


 でも、今なら分かる。全部本気だ。

 ここを出たら、本当にぶん殴られるな。


「まったく」


 不思議とさっきよりも魔力を感じやすい。

 体の奥に眠る魔力を覆っている膜が薄くなったような感覚だった。


 手枷、足枷があっても影魔法さえ使えれば脱出は可能だ。

 問題はいつ魔法が使用可能になるか……。


 あそこまで怒っていたイリスが僕の魔力回路を生かしている理由はなんだ?


 破壊や人身掌握、修繕を得意とする闇魔法を扱えるなら、思い切って回路を途絶してしまった方が簡単なはずだ。

 それをしなかったということは、まだ僕には使い道があるということか。


 そこまで考えて、階段を降りてくる足音が近づいてくることに気づいた。


「レイヴ。看守はゴーシュが足止めってわけね。……僕は負けたよ」


「ユーキは個人戦で負けた。だけど、チーム戦では勝った」


「そっか。レイヴの魔力回路も無事だったんだね」


 鉄格子の向こう側で椅子に腰掛けたレイヴはご覧の通りさ、とでも言いたげに手を広げた。


「イリスから大雑把な話を聞いたよ。これは俺の仮説だけど、ユーキは俺たちに内緒で魔王の死体を偽装し、国王からの褒賞をいただこうとした。どうだ?」


「大正解。僕はレイヴたちの願いもリタの安全も両方を手に入れようとして失敗した。挙げ句の果てに両方とも失った。情けない話だよ」


「そうかな? ユーキの行動は勇者協会が目指す勇者の在り方そのものだ。ただ、やり方がまずかった。俺たちはチームなのに1人でどうにかしようとした事がユーキのミスじゃないか?」


「レイヴが正しかったんだ。片方を失う覚悟を持って、どちらかを優先するべきだった」


 レイヴは椅子から立ち上がり、鉄格子の間から腕が伸ばして乱暴に僕の胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「それは俺を馬鹿にしているのか? できることなら俺だって両方を助けたかった」


 僕の態度が逆鱗に触れたのか、レイヴの手には更に力が込められる。

 気を抜いていると、ガンッと鉄格子に頭をぶつけられ、額からの出血が眉間を伝った。


「まだ終わってないだろ。一度やると決めたなら最後までもがけ。惨めだろうが、情けなかろうが、這いずり回ってでも両方を手に入れる努力をしろ」


「でも――」


「魔王の処刑人はゴーシュが買って出た。また損な役回りだ。できるだけ刑の執行を引き延ばす。だから、ユーキはここを抜け出して彼女と俺たちを助けに来い。約束だ」


「そんなことをしてバレたら、ファーリー王女との婚約は絶望的だよ。僕とリタを切り捨ててそれぞれの願いを叶えた方が……」


「誰も欠けることなく王都で凱旋パレードをする」


「なんだよ、それ」


「それに、もしもの時は奥の手だ。俺の仲間には優秀な暗殺者がいるから、そいつにファーリーを誘拐してもらう。ゴーシュの妹にはハートエリクサーを届けさせ、イリスが満足する金額を稼いでもらう」


「その人、過労死待ったなしだよ」


 レイヴは僕の胸ぐらを放すと同時に「イリスからだ」と囁いて紙切れを一緒に落とした。


 あんなにも大胆なことを言ったくせに、ここでは話せないことがあるのだろうか。

 そんな恐ろしい内容が書かれているなんて、相当な勇気を出さないと読めたものではない。


「じゃあな」


 レイヴと入れ違うように階段を降りてきた看守たちは、僕を横目で見るだけで雑談を始めてしまった。


 芋虫状態の僕はイリスの直筆の手紙を口に入れて、そのときをじっと待った。


 人々が寝静まる頃、僕の魔力回路が元通りになり、闇夜に紛れるように影の転移魔法で速やかに脱走を図った。


 影の一部を残したから一時的には僕の脱獄をカモフラージュできるはずだけど、そこから先のことは保証できない。

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