第26話 元カノと勇者の一撃
「イリス?」
彼女に続いて立ち上がったレイヴとゴーシュは操り人形のようだった。
その姿を見て、自分がミスを犯したことに気づいた。
「なぜ、ユーキさんとのリンクだけが切れているのでしょう。それに闇魔法だけをレジストするなんて奇妙ですね」
これか!?
これがリタが解除してくれたイリスの魔法か!
王都でリタと出会っていなければ、僕も操り人形としてイリスに使われていたってことなのか!?
「まさか……。ユーキさん、あなたは最初から元彼女さんが魔王だと知っていました? あらかじめ、接触していたとか?」
「ち、違うんだ、イリス。いや、何も違わないけど、僕は――」
「ただの暗殺者が人類未開の魔法を使い、闇魔法に抵抗するなんて不可能です。あなたは人間をやめているのか、人間以外に体を侵されているのか。どちらにしても、わたくしの敵です。レイヴさん、ゴーシュさん、お願いします」
イリスの指示に従い、2人がリタへと向かって走り出す。イリス自身は僕を押し倒して渾身の頭突きを繰り出した。
「リタ! 2人は操られている! 殺すな!」
鼻血が止まらない。
女の子に頭突きされたのは人生で初めてだ。こんな初体験ならいらないよ。
「最初からわたくしたちの邪魔をしていましたね。回り道をして無駄な時間を稼ぎ、ベヒーモスに喧嘩を売り、魔人との接触を促す。こそこそ動き回る暗殺者にはお似合いの嫌がらせです」
「僕がリタと接触していたのは本当だ。だけど、イリスたちの願いを叶えるために旅に同行したのは本心だ! 僕が国王に願いたかったことはリタを傷つけずに、イリスたちの願いを叶えて欲しいってことなんだ!」
「なんて傲慢な。片一方を切り捨てる覚悟もないくせに!」
イリスの杖から放たれた黒い塊が僕に向かってくる。
とっさに影魔法で引きずり込んだことで巻き込まれなかったが、影の中での爆発の衝撃は尋常ではなかった。
イリスは僕を本気で殺そうとしている。
「リタ! 時空間魔法で戦線を離脱しろ! イリスの闇魔法は思ったよりも脅威になる!」
「させません!」
1人で2人の相手をしていたリタの動きがぴたりと止まり、レイヴの剣とゴーシュの盾が彼女の体にめり込んだ。
「リタ!」
同時に僕の魔力が練れなくなったことに気づき、イリスの方を振り返った。
「一度でもわたくしの前に姿を現したのが運の尽きです。魔王の魔力回路は解析済みです。回路を遮断してしまえば、元彼女さんもただの人ですよね、ユーキさん?」
魔法に頼るな、と口を酸っぱくして言っていたのはリタ本人だ。
一時的に魔法を封じられただけで負けるはずがない。
それは僕も同じだ。影魔法は切り札で滅多に使わないのだから、なくても困ることはない。
「ゴーシュさん、プライマルチェーン」
巨大な盾を地面に突き刺したゴーシュが詠唱を始める。
これまでにゴーシュが魔法を使う場面は見たことがない。
使えないのだと決めつけていたけれど、使わなかっただけだとしたら?
その理由は一つだ。
「ダメだ! やめさせるんだ、イリス! ゴーシュの魔力は双子強弱症の妹からも供給させてしまう!」
「関係ありません。ここでゴーシュさんが死んでしまっては妹さんは救えません」
詠唱が完了し、ゴーシュの足元からは10本の鎖が飛び出した。
それらはリタの全身を拘束して離さない。
リタが抵抗すればするほど、ゴーシュの魔力が消費されていくのが目に見えて分かった。
「抵抗するな! ゴーシュの妹が死んでしまう!」
「っ!」
リタには僕の声が聞こえている。
それなのに、なんで時空間魔法を使ってくれなかったんだ。
ゴーシュのプライマルチェーンは僕の両手両足にも絡みつき、体の自由を奪った。
「レイヴさん、勇者の一撃です」
「馬鹿な!? レイヴは勇者の証を失っているんだぞ!」
「魔力回路を無理矢理、繋げれば理論上は発動可能です」
「そんな!?」
レイヴの持つ剣が輝き始め、集約された魔力の塊が耳をつんざく音を立てる。
思わず耳を覆いたくなる。しかし、拘束された状態では叶わなかった。
「魔力回路が焼き切れるぞっ! やめろ、イリス!」
「関係ありません。ファーリー王女と結ばれるならどんな体であろうと大満足でしょう」
なんだ。なにがイリスをここまで残忍にさせているんだ。
普通の人間なら倫理的にも、精神的にもこんなことはできないはずだ。
何のためらいもなく人をボロボロになるまで使い古せるなんて明らかに異常だ。
「こうするしかない。わたくしのような子を増やさないためにはっ!!」
遂にレイヴの剣から勇者の一撃が放たれた。
実際に見たことはないから、これが勇者の固有スキル最大の必殺技なのか分からないが、間違いなく最大火力だった。
「リタッ!」
腕の肉を削ぎながら無理矢理ゴーシュのプライマルチェーンから抜け出し、両手を広げてリタの前に立つ。
今の僕はイリスの魔法によって影魔法を発動できないようにされているから生身で、レイヴの必殺技を受け止めるしかない。
閉じていた目を薄く開く。
死を覚悟していた僕の目の前でレイヴの勇者の一撃が見えない何かにぶつかっていた。
「ユウくん」
「やっと僕の名前を呼んでくれたね、リタ」
僕を守ってくれているのは、久々に見たリタの絶対防御魔法だった。
「どうして私を庇うの? 私は私を守るために影魔法を習得させたんじゃないんだよ? どうして分かってくれないの?」
「そっちの都合は知らないよ。僕は僕のやりたいように自分の魔法を使うまでだ。ごちゃごちゃ言ってないで早く逃げろ。後処理はなんとかするから。『色無き鋼』は自分のために使え」
リタは僕の背中に手をつき、額をこつんと押し当てた。
「降参するよ。私の身柄を拘束して、お友達の願いを叶えてあげて」
「今はダメだ! リタを傷つけることは誰であろうと許さない! こんな中途半端な技、ゴリ押ししてやる!」
「勇者の子、本当に廃人になっちゃうよ」
ここで引けばレイヴは助かる。
だけど、リタと一緒に離脱は不可能になる。
どちらを取るべきか考えている間にもレイヴは痛みで顔を歪めていた。
「ユウくん、私はずっとあなたのこと大好きだよ。気が向いたら、助けに来て欲しいな」
僕の服を引っ張ったリタと体の位置が入れ替わり、レイヴの攻撃が彼女に直撃した後、大爆発が起こった。
僕は爆風に飛ばされ、壁や床に全身を打ちつけ転がり回る。
そこで気を失ってしまったのか、僕たちの旅の結末を知ることはできなかった。
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