第17話 勇者パーティーと魔人戦

 ゴーシュの回復後、宿を出発した僕たちは雑談しながら森を進んでいた。


「イリスの魔法には本当に驚かされたよ。あれって――」


 そう言いかけたレイヴが立ち止まった。

 僕も気配を察して周囲を窺う。


 あまりにも静かすぎる。森に住む動物の鳴き声すらも聞こえない。 


「おんやぁ、お気づきですか。さすが勇者御一行ですね」


 ねちっこい話し言葉でのそりと木の陰から姿を現す長身の男。

 多分、男であっているはずだけど、性別のない魔人には関係のない話だ。


 薄気味悪い青い肌に筋骨隆々の体。頭頂部からは角が生えているし、目は真っ赤だった。


「退避!」


 僕は誰よりも冷静だった。

 一度だけでも魔人と対峙した経験があるのと、人間と魔人のハーフが元カノだからだ。


 あとはその元カノから「魔人が来るよ」と忠告されていて、「返り討ちにして」とお願いされているから。


 だけど、レイヴたちは違う。

 魔人は初見だし、予想外の出来事だ。

 あのゴーシュですら盾を片手で持ち、逃げる準備万端だった。


 イリスもスカートの裾を持ち上げて、今すぐにでも走れます、といった様子だ。


 レイヴが冷静に指示を飛ばす中、僕だけが得物に手をかけていた。


 彼らと僕の温度差がすごい。

 こうなってしまっては誤魔化す手はこれしかない。


「僕が殿しんがりを務めるから、少しでも遠くに逃げるんだ!」


 これが最適解だと信じて叫ぶ。


 リタから聞いた話では、魔人は規格外に強いらしい。

 力も魔力も人間では太刀打ちできないと。


 リタも十分強いと思うけど、ハーフの彼女は純血の魔人に劣るとか。


 それを1人で相手にするなんて、ただのアホだ。

 遠回しに元カレに死んでこいと言ってくるリタはやっぱり頭のネジがぶっ飛んでいるし、そのお願いを拒否しない僕はやっぱり変態なのだろう。


「馬鹿! 一緒に行くぞ!」


「誰かがやらないとダメだ。僕には夢も願いもない。君たちは先に行け! 夢を掴むんだ!」


 ここまで言えば大丈夫だろう。

 そんな風に安堵したのも束の間、目の前には剣が迫っていた。


 腰から抜いたダガーで受け止めた金属音が森に響き渡る。


 魔人が持っているのは背丈ほどの大きさの大剣。風を切りながら振り下ろすものだから、まともに受けては手が耐えられない。


 最小限の動きで攻撃をかわす。

 避けられない攻撃は上手く軌道をずらして受け流す。

 その2つを徹底して、とにかく相手の体力切れを待つしかなかった。


「勇者とはあなたではないですね」


「さぁ、どうだろうね」


 レイヴたちが逃げられるだけの時間は稼いだはずだ。

 その頃には余裕を見せていた魔人にも焦りの色が見え隠れしていた。


「人間風情が。剣の腕は立つようですが、ろくな魔法も使えないのでしょうね」


 魔人は大剣を下ろし、片手で魔法を発動させようとしていた。

 初見なら絶対に避けられない闇魔法だ。

 でも、僕は嫌というほどそれを見せられている。


「馬鹿な!? ワタシの魔法を避けただと!?」


 ここだ。ここしかない。


 魔法発動後のタイムラグと前面に押し出た焦り。

 僕はリタと一緒に会得して、今日まで磨き上げた影魔法を発動させた。


 僕から伸びた影は魔人の足に食らいつき、暗闇の穴へと引き摺り込んでいく。


「これは影魔法!? 北の大魔王様しか扱えないはずの魔法をなぜ人間風情がぁぁぁぁぁ!!」


 両足の骨を砕くつもりだったが、片足は攻撃範囲外に抜かれてしまった。

 それでも魔人の機動力は大幅に削り、僕の回避行動の効率が上がっていく。


「っく、この!」


 影魔法での攻撃に加えて、影の剣で何度も切りつけて、ようやく魔人が大剣を落とした。

 地面に落ちたときの轟音がそれの重さを物語っている。


「チッ。吹き飛ばせ、闇の波動!」


「影魔法!」


 魔人の闇魔法と僕の影魔法がぶつかり合い、辺り一面を漆黒に塗り替えてしまった。


 視界を奪われ、魔人を見失った上に【危機察知】のスキルを遮断する魔法まで使われては僕に成す術はない。

 とにかく、反射神経だけで魔人の攻撃を避けるしかなかった。


「っ!」


「浅いですね」


 痛みは遅れてくる。左脇腹が熱を帯びていることに気づき手を当てると、真っ赤な血がべっとり付着していた。


 そろそろ魔力切れだ。

 勝てそうな技を隠しているけど、それを外したら僕は確実に殺される。


 やっぱり1人で魔人の相手をするのは無謀すぎたか。


「レイヴたちを行かせなければ良かったなぁ、って思ってる?」


 ガキンッと音を立てて、魔人の大剣と光り輝く剣がぶつかりあった。

 二つの剣がぶつかり合う衝撃波は黒い霧を払い、視界が開いた。


「レイヴ。それにイリスも」


「オレ様もいるぞ!!」


 轟音と共に魔人が立っていた場所をえぐり飛ばしたゴーシュがドヤ顔で立っていた。

 僕に回復魔法を施してくれているイリスを見下ろしてつぶやく。


「どうして……」


「初めての魔人戦だぞ。逃げるなんて勿体ないじゃないか!」


「これから魔王城に乗り込もうってのに魔人1匹を前に逃走なんて、ダッセェ真似できるかよ!」


「そうですよ。1人で戦い始めるなんて水臭いです」


 ゴーシュが魔人の大剣を受け止め、レイヴが隙を突いて攻撃。僕の応急処置を終えたイリスが後方から強化魔法と回復魔法で支援するという基本のフォーメーションで、魔人を圧倒し始めた。


 僕も戦線復帰したいが、素早く動き回ってダガーを突き刺すほどの体力は残っていない。

 精々、影魔法を一発撃つくらいの悪あがきしかできない。


「ユーキさんは休んでいてください」


 イリスの優しさが心苦しい。


「……馬鹿だな、僕は」


 命を救われたのに、まだ自分だけ奥の手を隠し続けることなんてできない。


 ひた隠しにしてきた影魔法を発動させると、レイヴとゴーシュの影が巨大な爪を形作り、魔人の体を引き裂いた。


「まさか人間ごときにワタシが……。否っ! 命はくれてやるが、貴様も道連れだッ!!」


「レイヴ!!」


「勇者の一撃だ! ここで使わないで、どこで使う!!」


 魔人の鋭い舌がレイヴの心臓を目がけて伸びる。

 ゴーシュと僕の叫びも虚しく、レイヴは剣で魔人の最後の攻撃を防ぎ、奥義を使うことはなかった。


「奥の手は最後に取っておくんだよ」


 白い歯を見せながら振り向くレイヴの背後で、魔人の体は崩れ落ちた。

 満身創痍の僕たちはその場にへたり込み、体力と魔力が回復するまで、しばらくの間は動けなかった。

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