第16話 守護者と病気
もぞもぞと動き出し、掛け布団を剥いだゴーシュに気づき、読んでいた本を閉じた。
場所は安い宿の一室。夕食の買い出しに行ったレイヴとイリスに代わって見張り、もとい看病をしていたらゴーシュが目覚めてしまった。
気まずいから、二度寝してくれないかな。
「オレ様はどうなった?」
「野生のベヒーモスの突進を受け止めて意識がこの世からフェードアウトしたのさ。気分は? あ、そこの薬瓶を飲み干せってイリスからの伝言」
クラクラするのか頭をおさえたゴーシュは迷いなく瓶の中身を飲んだ。
僕だったら絶対に臭うけど、彼は疑わなかった。
「気分は最悪だ。全身が痛いぞ」
「そりゃあね、全身打撲で骨折と内臓損傷を無理矢理に修復されたんだから」
「……回復じゃなくて、修復だと?」
「イリスは闇魔法の使い手だ」
なるべく飄々としているつもりだけど、こればっかりは真剣な声色になってしまった。
この世界で闇魔法を使う人物となると魔人か、黒魔導師の二種類だ。
「……そうか」
「ちょっとは疑いなよ。他でもない僕が言っているんだよ? ゴーシュって僕のこと嫌いでしょ?」
「嫌いだが、自分が納得できることを話す奴のことは信じる。お前は嘘をついちゃいない」
相変わらず、変な奴。
困っている人は率先して助けるし、誰よりも先に敵モンスターの攻撃を受け止めに行くし、簡単に人のことを信じるし。
この人、早死にしたいのかな?
「闇魔法の副作用は未だに解明されていないからね」
「少しでも異常が出たら教えるつもりだ」
「誰に? 言っとくけど、僕は回復魔法を使えないよ!?」
「イリスに決まってんだろ! 最初からお前の魔法なんか期待してねぇよ」
そこまで大声を出せるなら本当に問題ないのだろう。
上着を着るゴーシュを盗み見たけれど、特に外傷は見当たらなかった。
むしろ、ベヒーモス戦前後で筋肉がより発達している気がする。
「レイヴはイリスの正体に気づいているのか? どうせ、言ってないんだろ?」
「ゴーシュは僕をなんだと思っているのさ。チームワークだよ、チームワーク」
「言ったのか?」
「言ってないよ」
「ほらみろ」
「不確定なことは言わないようにしている。それにポジティブな話じゃないからね。チームワークが乱れるのは困るでしょ。ゴーシュは当事者だから一応伝えただけだ」
「お前は不器用すぎるんだよ」
「君たちがお人好しなのさ。簡単に手の内を見せるし、隙だらけだし。僕が敵のスパイだったらもう全滅だよ」
やれやれとジェスチャーして見せても、ゴーシュは少しも笑わなかった。
「イリスにも事情があるんだろうな」
そうだ。
多分だけど、イリスは魔人と関わりを持っている。彼女は自分が所属していたギルドが悪徳ギルドではなく闇ギルドで、経営者が魔人だということを知っていたんじゃないかと僕は踏んでいる。
「僕は胸の内に秘めておくよ」
「オレ様もそうするぜ。揉め事は御免だ」
同感だ。
僕は時間をたっぷり使って考えてからゴーシュに尋ねてみることにした。
基本的に人の事情に踏み込むことはしないけど、決死の思いでハートエリクサーを手に入れたからには聞く必要があった。
「ねぇ。ゴーシュってさ、病気だよね?」
その質問にゴーシュの動きがピタリと止まる。
息すらもしていないのではないかと錯覚するほどの静寂が部屋を包み込んだ。
「……どうしてそう思う」
「
「っ!?」
ズバリ大正解だったらしい。
あからさまに動揺するゴーシュは手に取った水の入ったグラスを落としてしまった。
「ど、どうして。なんで分かった?」
「妹が病気で、戦闘前後で筋肉が変異するなんてそれ以外にありえない。きっと双子の妹さんが弱化体で、ゴーシュが強化体なんだろう?」
ゴーシュは観念したようにベッドに腰掛け、静かに頷いた。
「……その通りだ。オレ様が強くなればなるほど妹は弱り、死に近づく。だからこれ以上、強くなるわけにはいかねぇ。それなのに」
「回復ってか、修復されちゃったわけだね。自己回復能力が高い上に闇魔法でより活性化されたのか。ゴーシュが真っ先に敵に突っ込んで行く理由は死にたいから?」
しばらく沈黙してから言葉を選ぶようにゴーシュがポツリと語り始めた。
「最初はな。でも、妹が死ぬなって。それなら私を治すために強くなれって。オレ様は一番先頭に立っちゃいけねぇのに、敵を見るとカッとなって妹の言葉に従って突っ込んじまう」
震える手を見下ろしながら語るゴーシュは見たことのない優しい目で僕を見つめた。
「お前なら真っ先に俺を殺すだろ?」
「そうだね。ゴーシュが本当に妹さんの回復を願うなら僕は君を殺す。逆に妹さんが安楽を願うなら、妹さんを殺す」
「だよな」
脱力してベッドに横たわったゴーシュの大きなため息だけが聞こえる。
「なんで、そんなに詳しいんだよ」
「昔の依頼者が同じ病気だったんだ。つまらない話だよ」
あれは僕が
「弱化体の方から強化体の片割れを殺して欲しいって依頼か?」
「その通り。で、僕は言われた通りに殺したってわけ。オチの見えたつまらない話だ」
初めて会った時とは比べものにならないくらい健康になった依頼者からは感謝されたし、報酬にプラスしてチップまではずんでくれた。
それにご丁寧に結婚式の招待状まで貰ってしまった。あれは本当にいらない気遣いだった。
「……お前、本当に殺したのか?」
「殺したさ。直接手を下さなかったとしても僕が殺したようなものだ」
ボロい宿屋の廊下の軋む音を察知して、僕は黙った。
ほどなくして扉を開けたのはレイヴとイリスだ。
2人と入れ代わるように外へ出る僕にゴーシュは何も言わなかった。
「やぁ、ユーキ。ちょっと話さないか」
「なに?」
「さっきの話の続きをな。買い物ついでにハートエリクサーについて調べてみたんだ。あれって双子強弱症のまともな治療法なんだって。で、それをユーキが知っていたってことは、そういうことなんだろ?」
「盗み聞きなんて良い趣味してるじゃないか」
「ボロ宿だから外まで丸聞こえだ。他意はない」
すっかり日が沈んだ町を男2人で歩くなんて気持ち悪い。
さっさと話を切り上げて、お家に帰ろう。
「ユーキは依頼主の姉であり強化体の方を助けようとしたが自殺してしまった、だろ? 噂で聞いたよ。ユーキの所属するギルドが有名になったエピソードの一つだ。まさか、ユーキが当事者だとは思わなかったけど」
「双子強弱症の根治療法は片割れを殺すことだけだよ。ハートエリクサーは一時しのぎだ。それでも、あれは人の価値観を変える魅惑のアイテムなんだよ。だから、心が穢れていない勇者様に持っていてもらうのが一番なのさ」
「爆弾を持たせやがって」
「じゃあね。僕は一杯ひっかけてから帰るよ」
「付き合うぞ」
「ヤだよ。僕は男2人で酒を飲まないって決めてるんだ」
ふわりと屋根に飛び乗り、そのまま闇夜に覆われた僕は影の転移魔法で自宅へ戻った。
案の定、そこには来客者がいて、絡みつくように僕を抱き締めた。
後ろから抱きつかれたら避ける術はない。でも正面からだと避けられる。
今日の僕は拒否しなかった。
「リタ」
「今からでも私があの依頼者をぶっ殺してあげようか?」
「なんて物騒なことを言うんだよ。犯罪者を部屋に招き入れたつもりはないよ」
「だって、何年経ってもユウくんを苦しめてるんでしょ?」
きっとリタは僕を監視しているに違いない。
もしかすると、それは今に始まったことではないのかも。
「ユウくんがお願いしてくれたら、ハートエリクサーをもう一つ持ってくるよ?」
「いらないよ。今回は上手くやる。二度も同じ失敗を繰り返すつもりはないよ」
「偉いなー、ユウくんは。そんなユウくんに耳よりな情報をあげるね」
嬉々として声を弾ませるリタから一歩離れる。
彼女の髪からはフローラルな香りが漂っていた。
「あの女の修復魔法の代償はもう支払い済みだから、副作用とかはないよ」
「ほんと!?」
「もう! 心配性なんだから! いつからそんなに弱くなったの?」
細められた目と、ねっとりとまとわりつくような声にたじろぐ。
僕が一歩下がると、リタは一歩近づいてくるから一向に距離が離れない。
「ユウくんは仲間を持つと弱体化するんだよなー。学生の頃からそうだったよね」
そう言われても自覚はない。
「そんなことを言い始めたら、リタだって昔から過保護だったじゃないか。今回も僕にイリスの闇魔法を感知できるように小細工したくせに」
「あ、バレてたー? じゃあ、魔人が近づいて来ていることも気づいているよね?」
リタの言う通りだ。
前回、会った時に言っていたリタの命令に従わない魔人とやらが僕たちに向かって来ているのだ。
本当にリタは僕にゴミ掃除をさせようとしている。
「消滅させちゃっていいんだよね?」
「もっちろん。跡形もなく消しちゃってよ!」
リタの無茶振りは今に始まったことではない。
パーティーとしては初めての魔人との戦いだ。こっちには勇者もいるし、大丈夫だと信じたい。
そんな風に楽観視しながらリタを押し退けてベッドに横たわった。
背後からは不満げな声が聞こえたけれど、今日はもうギブアップ。
さすがに影魔法の連発は疲れるのだ。
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