第15話 勇者パーティーと希少アイテム

「なんで、あのババアを助けなかった!」


 開幕一番、罵られる僕はゴーシュを無視してレイヴの持つ地図を覗いた。


「おい、聞いてんのか、ユーキッド!」


「聞いてるよ」


「じゃあ、答えろよ!」


「別にそこまで困っていなかった。それだけだよ」


 なんでもないように言うと、ゴーシュが僕の胸ぐらを掴んで凄んできた。


「明からにオロオロしてただろ!」


「ゴーシュが助けたんだから結果オーライじゃないか。僕が出る幕じゃなかったってだけだよ」


「そういうことじゃねぇよ! 一番に気付いてるなら言えってことだよ!」


「はいはい。次からは優しいゴーシュ様に伝えるよ」


 視線は地図に釘付けのままで相槌をうつ。

 僕は忙しいんだ。どうすれば無駄足を踏みながら、魔王城にたどり着くか考えないといけない。


「ババアを見かけたら困っていようが、いまいが声をかけろって教わらなかったのか!」


「聞いたことないなぁ」


 騒ぎ続けるゴーシュをイリスが宥め始めた頃、僕の【危機察知】のスキルが発動し、近くにモンスターの巣穴があることを知った。


「レイヴ、右方向に行こう」


 騎士団長からもらった地図はレイヴがアイテムボックスに入れているか、常に持っているから小細工はできない。


 彼らを騙しつつ、遠回りをして魔王城に向かう選択をした僕は偶然見つけたベヒーモスの巣穴をわざと突いた。


「あ、ごめん。起こしちゃったみたい」


「てめぇ! 何やってんだ!」


「そんなことはいい! 早くフォーメーションを組んで応戦するぞ」


 残念なことに僕の武器ではベヒーモスの硬い鱗を貫通できない。

 影魔法を使えば難なく倒せる相手だけど、レイヴたちにそれを見せるつもりはなかった。

 ここは逃げるか、レイヴとゴーシュを主体に戦闘するかの二択だ。


「イリスとユーキは援護を頼む!」


「はい!」


「分かった」


 討伐するつもりらしい。

 それならレイヴたちの体力を奪えるから宿への滞在期間を伸ばそう。


 あ、でも、こいつデカいよ。大丈夫かな。


 そんなことを考えつつもベヒーモスを撹乱し、隙をついたレイヴが剣での攻撃を繰り出した。


「奴が怒ったぞ! 突進が来る!」


「任せろ!」


 怒り狂ったベヒーモスの突進を受け止めたゴーシュ。

 凄まじい衝撃波が離れた場所にいる僕にも伝わってきた。

 ゴーシュは地面を削りながらも、盾からは絶対に手を離さなかった。


「ゴーシュさん!」


 イリスの強化魔法を受けて、なんとか耐えたゴーシュは膝を地面について動かなくなった。


「イリス! 攻撃強化の魔法を!」


「はい!」


 イリスの強化魔法を受けたレイヴの一撃でベヒーモスの胸部の鱗が剥がれ落ちる。

 しかし、たったの一枚だ。


「やれるか、ユーキ!」


 言われなくても。


 針に糸を通すような僅かな隙間しかない。でも、僕にとっては十分だ。


 愛用のダガーがベヒーモスの心臓を貫く直前、こいつが普通の個体ではないと気づいてダガーを引っ込めた。


 ベヒーモスの巨大を蹴り、地上に着地して叫ぶ。


「もう一回お願い! 心臓は傷つけたくないんだ!」


 再起不能のゴーシュはイリスに任せて、僕とレイヴだけで立ち向かう。


「なに? 今のタイミングなら、心臓を貫けただろ」


「ゴーシュにとって良い手土産になるよ。頭部を破壊してほしい」


「あの頑丈そうな兜を割れって言うのか?」


「できない?」


「そんな目で見られると俄然燃えるというもの!」


 レイヴが剣を握り直し、僕もダガーとは別の剣をこっそりと影の中から引き抜いた。


 やっぱり天然物のベヒーモスは骨が折れる。

 出発前に前哨戦をしていたとはいえ、影魔法なしでは僕一人で勝てない。

 レイヴの力が必要だ。


「勇者の一撃ってやつを見てみたいな」


「……ダメだ。奥の手は最後まで取っておくものなんだよ」


「ちぇ」


 唇と肩をすぼめると同時に駆け出す。

 レイヴがベヒーモスの頭部の一部を破壊したことで、僕の秘蔵の剣をぶっ刺せるスペースができた。


 このまま脳を破壊して、心臓を無傷で取り出したい。

 それができれば天然物のベヒーモスに喧嘩を売った甲斐があったというものだ。


 じたばた暴れるベヒーモスに振り落とされないように影魔法で体を固定しながら脳へのダメージを蓄積させる。

 やがて、力尽きたベヒーモスが轟音を鳴らしながら倒れた。


 土煙が晴れる前に影魔法を解除して、剣も影の中に収める。


 レイヴとゴーシュに回復魔法を施したイリスが駆けつけてくれたけど、僕は彼女の好意を断った。無駄に魔力を消費させるのは気が引ける。


「でも、血が」


「あぁ、このくらい」


 言われてみると少し血が出ているけれど、こんなものは怪我のうちに入らない。

 自分でも回復魔法を使えるし。


「四肢が吹っ飛んだら回復をお願いするよ」


 おかしい。

 イリスがドン引きするのは百歩譲って分かるとしても、前線で活躍するレイヴも同様に顔を引き攣らせるのはどうなんだろう。


「僕はいいから、ゴーシュの回復に集中して。どんな状況?」


「全身の骨が粉々になっています。内蔵の損傷もあって動かせません」


「治せるのか?」


 しばらく動きを止めたイリスは何かを覚悟したように強く頷いた。


「じゃあ、頼む。ここでゴーシュの離脱は避けたい。彼の妹のためにも再起させてほしい」


「分かりました。では、お二人は離れていてください。絶対に覗かないでくださいね」


 なんじゃそりゃ。

 やましいことでも始めるのか?


 あまりにも真剣に言うものだから、僕とレイヴは彼女に従ってその場を離れた。


「どこにいく?」


「ベヒーモスの心臓を取り出す。手伝ってよ」


「何に使うんだ?」


「ゴーシュへのサプライズプレゼントさ」


 渾身の回復魔法を発動しているであろうイリスに背を向けて、倒れているベヒーモスの胸を切り裂いていく。

 まだ動いている心臓をよく見せると、レイヴは驚きの声を上げた。


「ハートエリクサーか!? 初めて見た」


「動いているのは僕も初めてだ。これを傷つけずに取り出したい」


 目ん玉をひん剥くほど高価なアイテムであるハートエリクサーは、どんな怪我も病気も治してしまう秘薬だ。


 まともな仕事をしていては入手できない、とされている。逆を言えばまともじゃない仕事をしていれば手に入れられるということだ。

 現に僕たちはまともじゃない仕事中に手に入れた。


「売ったらとんでもない金額になるんだろ?」


「ゴーシュの妹の薬になるか、イリスの軍資金になるかだね」


「これはまた、争いが勃発しそうな代物を手に入れてしまったな」


「よし、取れた」


 絡みつく血管を切り、両手じゃないと持てないほどの重量がある心臓を取り出す。


「じゃ、これよろしく。アイテムボックスに入れといてよ」


「いやだ。生臭くなりそうだ」


「勇者しかアイテムボックスはないんだから頼むよ。ほんとに2人が喧嘩しちゃうよ?」


 目を瞑って唸るレイヴだったが、観念したのか勇者だけのスキルである【アイテムボックス】を使ってくれた。


「ユーキは優しいのか、優しくないのか分からないな」


「……本当に優しかったら、さっさと魔王を討伐してるよ」


 レイヴに背を向けて、手当て中のイリスの方へと向かう。

 彼女が回復魔法を発動した時から気づいていたけど、イリスは闇魔法でゴーシュの体を修復・・していた。


 今は闇魔法で完全修復したとしても、後々にどうなるのか保証はできない。

 だから、もしものときにハートエリクサーを取っておくべきだ、と判断してレイヴに隠し持ってもらうことにした。

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