第14話 元カノと恐怖心
その日の夜。
影の転移魔法で自宅に戻ると既に来客が部屋の灯りをつけていた。
「おかえりー。もうご飯食べたー?」
「食べたけど、まだ入るよ」
「じゃ、一緒に食べようよー」
僕が帰ってくるタイミングを見計らったかのように、出来たてほかほかの料理がテーブルに並べられていた。
勧められるままに座り、料理に手を伸ばす。
リタには王都から旅立ったことをまだ連絡していない。それなのに、なぜ僕の行動パターンが読まれているのだろう。
「ユウくんは子供がほしい?」
やっぱり監視されているのかな。
タイムリーすぎる質問をやんわり否定すると、リタも同意するように何度も頷いた。
「だよねー。私も子供はいらないなー。運命を決めちゃうからさ」
その儚げで、寂しげな表情に胸が締め付けられる。
何か言いたくても、リタにかけるべき言葉が出てこなかった。
僕がまごついていると、リタが「そうだ!」と表情を変えた。
「ちょっと賢い魔人にユウくんたちが来ることがバレたっぽいんだよねー。今は私が抑えてるけど、どうする?」
「どうする、と聞かれましても困るわけで」
「だよねー。ユウくんさ、私の所に来るついでにウザい魔人をボコっちゃってよ」
「魔族の親玉がなんてことを言うんだよ。子分が聞いたら悲しむよ」
「いいんだよ。私の言うことを聞かない奴はいらないもん」
こういうことをさらっと言えるからリタは恐ろしい。
学生時代、武闘祭や学園祭準備でも容赦なく「やる気がないなら帰っていいよ。それか死ねよ」と笑顔で言うし、実践していた。
非協力的なクラスメイトには鉄槌を下し、ちょっかいをかけてくる上級生は3人ほど粗大ゴミにしていた。
そんなことをしているから女王とか、女帝とか不名誉な二つ名をつけられるんだ。
そして、残念なことにいつも隣にいる僕には監督不届きという意味不明な罪状を突き付けられた。
僕が止めなければ本当に死人が出てもおかしくない場面が多数あったのに無礼者共め、などと思っていた時期が僕にもある。
「どうすっかなー」
そんなリタには悩みがないと思っていた。
誰かが悩んでいると真剣に話を聞き、時には寄り添い、時にはアドバイスを送る。そんなリタだからこそ、破天荒だとしてもクラスメイトから邪険に扱われることはなかったのだと思う。
僕も同じだ。リタには何度も相談に乗ってもらった。
できないことはできるようになるまで付き合ってくれたし、ちょっとしたことで褒めてくれた。
僕がリタに惚れるきっかけは数え切れないほどあったけれど、リタがなぜ僕と付き合ってくれたのか未だに謎だ。
でも、今、彼女は悩んでいる。
気の利いた言葉は伝えられないけど、何か僕にできることはないだろうか、と必死に考えた。
「魔人の件はなんとも言えないけど、遠回りして魔王城に向かうことはできるよ。それで少しは時間稼ぎができると思う。その間に魔王を討伐しないで問題を解決できないか考えてみるよ」
「それって危険なことだよー」
「4人でかかってもリタには指一本触れられる気がしないからね。いっそのこと、ボロ負けして王都に帰るのもアリかなって考えたんだけど、それはできないんだ」
「なんで? 言ってくれれば腕の一本や二本吹っ飛ばしてあげるよ?」
「最悪死んじゃうじゃん。ヤだよ、そんなの」
リタの手料理を食べる手を止めた僕は意を決して全てを話した。
「勇者は王女様と婚約、守護者は病気の妹の治療、魔法使いは孤児院の建設。それぞれに夢や目標があるんだ。それは魔王を討伐した成功報酬になっているから僕は後には引けなくなった」
「なるほどねー。全員が国王陛下の手のひらの上ってわけだ。ユウくんが一番、辛い役どころだね」
「違うよ。一番辛いのはリタだ。言われもなく殺されようとしているだろ。リタは何もしていないのに、むしろ魔物たちが人間を襲わないように抑止力になってくれているのに、その努力を誰も知らない。僕はそれが腹立たしいんだ」
本音を言うと、もっとイラッとするのはそう思っていても何もできない僕自身に対してだけど。それは恥ずかしいから伏せておこう。
「……そういうとこなんだよな。チッ」
「あれ、いま舌打ちしました? 舌打ちされるようなこと言った!?」
「舌打ちなんてしないよー。たまたま唇が離れちゃって音が漏れただけー。えー、なにーっ? そんなに私とちゅーしたいのー!?」
向かい合っていた位置から僕の隣にすすす、と移動してきた。
僕は雰囲気に負けないようにリタに背を向ける。
すると、柔らかいものが押しつぶされている感覚が背中から伝わってきた。
お恥ずかしいことに僕の全神経は背中に集中して、その感触を正しく脳に伝達するために働き始める。
「いや、真面目な話をしてたよね。無理にそんな空気に持って行かないでよ」
「あ、したくないんだ」
「そうは言ってないだろ」
「じゃあ、したいんだ」
「そうも言ってないだろ」
「どっちだよー」
振り向くと、ケラケラと笑うリタの顔が目の前にあった。
どこまでも深い紅い瞳に吸い込まれそうになる。
こんな体勢でこんなやり取りをしていると、本当の恋人ではないかと錯覚してしまう。
この前の一件でリタは僕が嫌いになったと思っていることが発覚したが、僕は彼女のことを嫌いになったことなんてない。
ただ、驚いてしまっただけだ。
学園卒業直前のあの日、リタに対して恐怖を抱いたことは間違いないし、それを隠せるほど僕は大人じゃなかった。
どんな風に接していいのか分からず、時間だけが過ぎ、卒業試験をパスして、王都に居を構えるギルドへの就職試験に合格する頃には僕たちの関係は自然消滅していた。
僕が一方的に終わらせた関係だけど、リタの中ではまだ続いていて……。
そうなると2人にとって3年もの空白期間の意味合いが変わってしまう。
この話をいつしようか悩んでいるうちに事を終えて、眠ってしまったらしい。
朝にはリタの姿がなかった。
「聞けないよなぁ」
額を押えながら独り言を呟く。
「なんで親友を殺したのか、なんて」
あの日、僕は恐怖した。
幼い頃からの親友だと紹介してくれた女の子をリタが殺したのだ。
もう3年以上も前の出来事だが、まだリタのことは怖い。そんな彼女が魔王になっていれば余計に怖い。
奇跡的に再会した日には確かに下心があった。
でも、体を重ねることを拒否すれば同じように殺されるかもしれないという恐怖があったのも事実だ。
だから、萎えているかと思ったが、そんなことはなく既に3回も同じことを繰り返している。
やっぱり僕はリタの言う通りで変態なのかもしれない。
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