第13話 魔法使いと不思議なご縁
僕も含めて、今の職業に就いた理由は適正が大きく関わってくる。
勇者か暗殺者か選べるなら多くの人は間違いなく勇者を選ぶだろう。でも、残念なことに僕には勇者の適正がなかった。
ただ漫然と学園に通っていた僕の適正を見抜いて、暗殺者の道を示してくれたのは教師ではなくリタだった。
「わたくしは他の子よりも魔力量が多かったので、孤児院の先生に勧められて魔法使いを志しました」
「確かにイリスの回復魔法は頼りになるからな。天職だと思うよ」
「ありがとうございます」
そう言って微笑むイリスは背丈ほどある杖を抱きしめた。
彼女の回復魔法はちゃんと回復魔法だ。だけど、絶賛するほどではない。
聖なるバリア的なものを張ってくれるわけでもないし、出血した分の血液を作り出してくれるわけでもない。
適正の弱い僕でもちょっとした回復魔法は使えるのだ。それを広範囲に撒き散らしているだけで、何もかもが全回復はしない。
「わたくしを育ててくれた孤児院はもうありませんが、わたくしと同じように帰る居場所のない子を救えるようになりたいのです」
イリスの夢は孤児院を建てて運営することだと言っていた。
そのためには魔王討伐を成し遂げて報酬を手に入れなければいけない。
ん??
彼女はこれまでどうやってお金を稼いでいたんだ?
「イリスのギルドは休職中もお金が発生するのか?」
僕の心を読んだかのようなレイヴの質問にイリスは首を振った。
「実はわたくしの所属していたギルドが倒産してしまって。今は野良なんです」
世知辛い話だ。
ギルドも乱立しているから、優秀な人材が引き抜かれたりして、経営困難に陥ったのだろうか。
「それは災難だったな。倒産だと『銀の翼』か?」
「いいえ、『ブラック・サファイア』といいます」
ぶっ!
驚いた拍子に唾が気管に入ってしまい、僕は盛大にむせこんだ。
「きったねーな!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、大丈夫だよ。気にしないで、続けて」
ブラック・サファイアだって……!?
それは僕が潰した闇ギルドの名前だ。
イリスはそれを知っていて僕に鎌をかけているのか?
それとも何も知らないのか?
「ギルドマスターが失踪してしまって。そのまま、あれよあれよ、と」
失踪じゃないんだよ。
もうこの世にはいないんだ。だって、僕が葬ったんだから。
どこを探しても死体は見つからないよ。
ギルド『ブラック・サファイア』は人種族に紛れた魔人が経営していた。
僕にスパイを命じた上司も闇ギルドだと気づいていなかったみたいだけど、あんなに魔素臭いギルドで働ける気がしなかった。
案の定、追い詰めたら全部ゲロったってわけだ。
表沙汰にしても良かったんだけど、焦って逃げる途中に崖から落ちてそのまま体が消滅しちゃったから、闇ギルドであるという証明ができなくて黙っていた。
そして、僕にはギルドブレイカーという不名誉な異名を付けられたのだ。
暗殺者ギルドでは、悪徳ギルドを内側から破壊する仕事も請け負うから、僕はちょっとした有名人になってしまった。
「そいつ最低だな。自分の部下を見捨てたんだ。給金も払われてないんだろ?」
「はい。最後の月の分だけは……」
ゴーシュの言葉は鋭いナイフのように僕の心を突き刺した。
ごめん、イリス。
君が給料を貰えなかったのは僕のせいなんだ。
口が裂けても言えないけど、心の中では謝罪させてほしい。
本当にごめん。
「だから、絶対に魔王を討伐したいのです! 皆さん、力を貸してください。わたくしは戦えませんが、どんな傷でも治してみせます!」
「もちろんだ! 絶対に勝とう!」
「あたりーめだ。極悪面の首を引っ提げて凱旋だぜ!」
「……おー」
僕は皆に合わせるように控えめに拳を空を突き上げた。
それからも会話が途切れることなく、次の町へ移動し、僕とイリスが買い物係に任命されてしまった。
レイヴはともかくゴーシュはよく食べるから、腹持ちの良い保存食でも買って行こうかな、などと考えているとイリスが足を止めた。
「……あっ」
突然走り出した彼女の後をついていく。
「こんにちは。どうしたの? 迷子ですか?」
道端で泣きべそをかいている子供の前にしゃがみ込み、目線を合わせたイリスが優しく問いかける。
子供は体を強ばらせながら無言で頷いた。
「ユーキさん、わたくしはこの子のお父さんとお母さんを探しますので、お買い物をお願いしてもよろしいですか?」
「いいよ。ゆっくりどうぞ」
魔法が使えるなら人捜しなんて余裕だろう。
子供の相手なんてしたことがないから、ここはイリスに任せよう。
二手に分かれてから数十分後、僕は買い物を終えたけど、子供と手を繋ぐイリスは町の中をウロウロしていた。
なんで?
魔法を使えばいいのに。
小さな町だから足を使うのもいいけど、そんな面倒なことをする意味が分からない。
そんなに探して親が見つからないなら、もしかして……。
最低な考えを浮かべていた僕の目の前で、イリスが保護していた子供の親が血相を変えて駆け寄り、我が子を抱き締めた。
何度もイリスにお礼を言い、しっかりと手を繋いで去って行く。
イリスは彼らの背中が見えなくなるまで手を振っていた。
「お疲れ様」
「ユーキさん。すみません、お買い物を任せちゃって」
「それはいいけど。なんで魔法を使わなかったの?」
「魔法は万能ではありません。それに、あの子にお父さんとお母さんがちゃんと自分を探してくれているという確証を持たせてあげたかったんです」
そう言う彼女の横顔はどこか儚げだった。
幼少期を孤児院で過ごした彼女だからこその感性なのかもしれない。僕には分からない心の闇がイリスの中にもあるのだろう。
「ユーキさん、子供は好きですか?」
「考えたこともないなぁ。子供いないし」
「そんなことを言ったら、わたくしだって子供はいませんよ」
口元に手を添えて、くすっと笑うイリスに鼓動が跳ねる。
僕じゃなかったから、惚れているところだ。
「もし、あの子の親が見つからなかったらどうするつもりだったの?」
「そうですね。一緒に連れて行くと言っていました。きっと皆さんは反対するでしょうから、わたくしはパーティーから抜けていたでしょうね」
「じゃあ、見つかって良かったね」
イリスが小首を傾げる。
おかしなことを言った覚えはないんだけど。
「あの子は両親と出会えて、イリスは軍資金集めの旅を続けられる」
「そうですね。貧乏くじは買い物を押し付けられたユーキさんだけですね」
言われてみればその通りだ。
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