円満に、解決できそ?
第10話 勇者パーティーと夢の話
王都を出立して数時間後、僕たちは見晴らしのよい丘で地図を開いていた。
「騎士団長から貰ったのはいいけど、この道を進めば良いのか?」
「こちらの脇に逸れた細い道ではないでしょうか」
「前進あるのみだぜ」
これがただのクエストだったなら不安しかない。
しかし、今回に限っては好都合だ。
レイヴの持つ地図を覗き込む2人の間にお邪魔してとある一点を指さす。
「ちょっと見せて。今いるのがここ。で、目的地の魔王城はここ」
大陸中で一、二を争うほどの小国であるワレンチュール王国だが、横断するなら数ヶ月は覚悟しなくてはならない。
今回の最終到達地点は国の最北端。
進めば進むほどに魔素が強くなり、比例して魔物が多くなっていく極寒の地だ。
ワレンチュール王国の子供たちは北は魔族領、南は人種族領と教えられて育っている。それは田舎育ちの僕も同じだ。
しかし、国王陛下とリタから話を聞き、昔から住み分けされていたのだと理解すると見えてくる世界が異なる。
ワレンチュール国王は魔族に対して、「餌のない不毛の地で死体だけ喰ってろ」と言っているようなものだ。
それで本当に魔族側が納得しているのか?
納得していたのなら、なぜリタは密約の継続を断ったのだろう。
何にしてもリタはこれまでの常識を覆そうとしている。
「ダンジョンをいくつか攻略する必要があると思う。魔物の生息地には抜け道があるかもしれないけど、魔王城は正面突破になるだろうね。で、城の中にはもっとエグいのがうじゃうじゃいる、と」
「詳しいな。ユーキは北へ行ったことがあるのか?」
「一回だけね。とにかく寒いから気をつけた方がいいよ」
「じゃあ、魔物と戦ったこともあるのかよ! やっぱり強いのか!?」
「強いね。戦ったことない?」
3人が同時に首を縦に振る。
聞くと北部へ行く機会もあまりないとのことだった。
「勘違いしないでね。別に煽っているわけじゃないんだ。好き好んで行く場所じゃないし、依頼でも滅多に向かわされないだろうし。僕も可能なら行きたくない」
「ユーキさんはなぜ危険な北部へ行ったのですか?」
「それは……」
イリスからの質問に口ごもってしまう。
僕は学生の頃に一度だけリタに誘われて向かっただけだ。
そのときに口説き文句は「お互いの初めてを奪いあってみようよー」だった。
なんて魅力的なお誘いなんだ、と浮かれていたあの頃の自分をぶっ飛ばしたくなる。
こんなに寒い所で何をするんだろうと疑問に思っていると一匹の魔物が飛び出してきた。あと0.1秒反応が遅れていたら喉を切り裂かれていたかもしれない。
僕は王国の北部で過去一の恐怖体験をした。
リタの「さすがユウくん! 初めてで魔物の攻撃を避けるなんて、私の彼氏はカッコイイなー!」という褒め言葉に殺意を抱きつつ、魔物の体を引き裂いたのだ。
あれが僕の最初で最後の魔物戦だ。
ちなみにリタの初めてとは実家に恋人を連れて行くという一大イベントだったらしい。
「色々あったんだ。あまり思い出したくない」
多分、苦虫を噛みつぶしたような顔で言い放ってしまったのだろう。
イリスたちは顔を引きつらせながら何度も頷いている。
これで誰かが行きたくないと言い出してくれればいいんだけど、そういう空気感ではなかった。
「このまま北に進もう。宿も探さないといけないしね」
大人しい草食モンスターの隣を歩きながら平原を進む。
まだまだ元気が有り余っているレイヴとゴーシュはずっと話していた。
僕の隣を歩くイリスも度々、質問を投げかけてくる。
今は成功報酬として国王陛下に何を望むのか、という話題だ。
僕は秘密主義というわけではないが、知り合って間もない人に身の上話をするつもりはない。
「また今度ね」
「もう! ユーキさんはいつもそうやってはぐらかすんだから!」
イリスはむっとして頬を膨らませたかと思うと、すぐに呆れたように取り繕った。
「いいですよーだ。魔王城に着く頃にはユーキさんの方からいろんな話をしてくれているでしょうからね」
僕じゃなかったら、惚れてしまっていただろう。
小さく舌を出し、上目遣いで見られては戦意も削がれるというものだ。これには僕も降参だ。
「僕が欲しいものは絶対に用意できない。だから何も望まなかった。それだけだよ」
「権力か武力か、それとも女性ですか? どれもなんとかなりそうですけど」
「イリスは僕のことをなんだと思っているの? 権力なんて持ってもろくなことがない。これ以上の力もいらないし、女の子も今はいいかな」
本当は大正解だ。女の勘ってやつは恐ろしい。
僕は魔王の討伐を考え直して欲しいとお願いしたかった。
でも、そんなことは言えないから僕だけ保留にさせてもらったのだ。
「気になります。こっそり教えてください」
「また今度ね。それより、イリスこそ僕たちに隠していることがあるはずだよね。いつ教えてくれるのかな?」
「また今後ですね」
顔色一つ変えずにはぐらかされた。
なぜ彼女が僕に
レイヴとゴーシュにも同じ魔法をかけている可能性は否定できないから迂闊なことは言えないが、イリスには注意しよう。
「では、ユーキさんの夢を聞かせてください」
イリスたちの立派な願いと夢は聞いたが、僕にはコレと言ったものがない。
だから、一つだけ頭に浮かんだことを何も考えずに口走った。
「一人称を『俺』にすることかな」
成長過程において『僕』から『俺』へ移行するタイミングが掴めず、一人称を固定してしまったことは少しだけ後悔している。
今更だけど、機会があるなら『俺』を一人称にしてみたい。
そんな下らない夢は予想外だったのだろう。
イリスは目を丸くしてから、「叶うといいですね」と痛い奴でも見るような優しい微笑みで言われてしまった。
「あ、ほら。記念すべき初戦闘だよ」
僕のスキル【危機察知】が自動的に発動し、脳内に喧しい警戒音が響いた。
「どこだよ?」
前を歩くレイヴとゴーシュが振り向く。
「まだまだ先だけど。回り道ができないから真っ向勝負だね」
イリスを含め、三者三様の反応をされてしまい、僕は肩をすくめた。
「もしかして見えないの? 困らない?」
「見えないよ!」
「見えねぇよ!」
「見えません!」
見事な3人のハーモニーは爽やかな風に流された。
じゃあ、みんなはどうやってリクスヘッジをしてサボるのだろう。
もっと効率的な方法があるなら、是非ともご教授願いたい。
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