第9話 勇者パーティーとフラグ

 当初から騎士団長に言われた通り、僕たちは半月であまり意味のない訓練を卒業した。

 無駄な時間を過ごしたような気もするけど、その間に色々と調べ物ができたので良しとしよう。


「遅い!」


 最近ではより一層、レイヴのやる気が向上していて面倒な奴になった。

 なんで?


「ちょっと装備に手こずって」


「それにしては随分と軽装だな」


 ギクッと分かりやすい反応をするなんてヘマはしない。

 僕はこう見えても暗殺者アサシンだ。ポーカーフェイスを身につけ、影に紛れて仕事を終える。だからこそ、身軽な方がいいんだ。

 これが道中に考えた最適な言い訳だった。


「とにかく出発だ。予定通り、王都の国民総出の壮行式が開かれる。ユーキのせいで時間が押しているから急ごう」


「そうなの?」


「昨日の夜に連絡が来ただろ。陛下も王女も出席される。さぁ、行くぞ!」


 あいつ陰キャだからこういうの苦手そうだよね~、みたいな無駄な気遣いによって僕にだけ連絡しなかったと言ってくれれば良かったのに。


 実は昨夜にメッセージが来ていたらしい。

 その時間、僕はダンジョンに潜っていたから全く気付かなかった。


 天然のベヒーモスってあんなに強いんだね。

 あれを受け止めるなんて絶対に無理だ。人間辞めてる。

 リタかイリスを誘わなかったことを後悔しながら傷の治療をして、ここまで辿り着いたのだ。


 そうか、壮行式か。どうりで交通規制がかけられているわけだ。


 キラキラと光る装飾がなされた乗り物に乗って、開け放たれた道路を進む。

 王国騎士団が警備に当たっているようで気合いの入った騎士服の方々が上からよく見えた。


 レイヴは勇者らしく国民に笑顔で手を振って、ゴーシュは相変わらずどっしりと構えて鼻を大きく広げている。

 イリスも微笑みながら控えめに手を振り返していた。


 そして、僕はお城のバルコニーを眺めていた。


 暢気に手なんか振っちゃって。

 暗殺されても知らないよ。僕だったら間違いなくこのタイミングで仕留めるね。


 国王陛下、王妃様、第二王女様は笑顔で僕たちに手を振っている。

 しかし、第一王女の姿はどこにもなかった。

 

 信頼している王族直属の暗殺部隊が息を潜めているからこそ、安心しきった表情なのだろう。

 僕が確認しただけで8人が配置されている。多分、王都の入り口にも数人いるはずだ。

 この任務が終わったら僕もその組織の仲間入りだと噂されている。中小ギルドから脱却できるのはいいけど、いじめられないか心配だ。


「必ず、魔王を倒して帰って来ます」


 ふと視線を戻すと、胸の前で祈るように構えるレイヴがバルコニーを見上げながら口をパクパクと動かしていた。


「何やってんの?」


「あら、ご存知ではありませんか。レイヴさんはドラゴンを討伐して、ファーリー王女様を救出されたのですよ。それ以降、将来を誓い合っている仲で、この任務が達成できればご婚約なされるのです。それが国王陛下の出された条件です」


 ――ほんとに?

 ちょっと衝撃なんだけど!?


 それって、みんなの中で共通認識なのかな。

 こっぱずかしい事を公衆の面前でやっているのに、みんなが温かく見守っているなら、きっとそういうことなんだよね……!?


「いい話じゃねぇか。絶対に討伐しような。オレ様たちで奴のバージンロードに勝利の花束を飾ってやろうぜ」


 うわぁ。本気でそんな主役みたいなことやってんの?

 僕とリタのただれた関係も相まって、本当の主人公みたいじゃん。


「皆さん、並々ならぬ想いを持ってこの任務に挑んでいますからね」


 あぁー、聞きたくない!

 強制会話イベント、スキップしたい!


「オレ様は妹の病気を治せる医者を派遣してもらうんだ」


「わたくしはいただいた報酬で孤児院を開きます。だから絶対に負けるわけにはいかないのです」


 聞いてもいないことをベラベラと話さないで!

 僕の知らない所でビンビンにフラグを立てないで!


「ユーキさんはいつも帰りが早いですから、こういったお話はできませんでしたね。今度聞かせてくださいね」


「あぁ……うん、そうだね。また今度ね」


 僕だって色々と大変なんだよ。

 今、ここで打ち明けられないのが残念でならないよ!


「こんなことを聞くのは忍びないんだけど、任務に失敗したらどうなるのかな?」


「陛下はレイヴさんとファーリー王女のご婚約をお認めにはならないでしょう」


「そうだな。ザコの血を王族に入れるわけにはいかないからな」


 しまった。

 聞かなければよかった。失敗した。


「そしてオレ様の妹は死ぬ」


「多くの孤児の受け入れ先が見つからず、未来を担う子供たちが死にます」


 打って変わって死んだ魚のような目で語る二人は無表情のままで民衆に手を振っている。


「大丈夫! 俺たちは最強のパーティーなんだ。失敗の二文字はないよ」


 眩しい。眩しすぎるよ、レイヴ様。

 その一言だけで二人の瞳に光が宿るんだからすごいよなぁ。

 これが勇者か。暗殺者にはないスキルをお持ちだ。


 そんなこんなで僕たちは魔王討伐の旅に出発した。


 待ち受けるのは僕の元カノ。

 振り返れば婚約間際の勇者様。

 その両隣には夢と希望を抱く仲間たち。


 あぁ……ゲロ吐きそう。

 僕は今すぐにでもリタに助けを求めようか、真剣に悩みながら歩みを進めた。

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