第6話 元カノと秘密共有

 王宮からの帰り道、僕はリタに連絡するべきか悩んでいた。

 さっきの陛下の話も気になるが、昨日の出来事をどう解釈すればいいんだ。


 僕から襲いかかったのは間違いない。でも、彼女にとってアレが単なる酒の勢いだったのか、それとも打算だったのか。

 いつでも連絡していいと言われても、なんてメッセージを送ればいいのか分からなかった。


 そんな時、僕の脳内に声が反響した。


『訓練どうだった?』


「ぬおっ!」


 リタが得意とする思念伝達魔法だ。


 久しぶりすぎて変な声が出てしまい、周囲をうかがう。

気配隠蔽けはいいんぺい】のスキルを発動していれば良かった、と後悔しながら町ゆく人々から逃げるように路地へ入った。


「疲れたよ」


 とりあえず感想を送ってみた。

 聞きたいことは山ほどあるけど、どこから切り出そうか悩んだ末の一言だ。


『お疲れ様。昨日の今日で体バッキバキでしょ?』


 どうやら、リタの中では昨日の出来事はなかったことにはなっていないらしい。


 僕としては下心と懺悔ざんげの気持ちが心の中でルームシェアしていて困っているところだ。


 魔王討伐どころではない。いや、そんなこともない。

 それも込みで困っている。


「久しぶりに走らされたよ。肺が潰れるかと思った」


『そんなやわな鍛え方はしてないと思うんだけどなー。この3年でサボっていたなら別だけど、昨日の感じだと大丈夫じゃないかな-』


 ここは大通りなのだ。我慢しろ、僕。

 思い出し笑いならぬ、思い出し照れを発動してしまい、いよいよスキル【気配隠蔽】に頼る。

 冷静になるために深呼吸を終えてから、気持ちを立て直した。


「3年目にしては筋が良い方らしいよ」


『どこの馬の骨がそんな偉そうな口を叩くの? この国にはうちのユウくんが常に本気を出していると思っている愚か者がいるんだね』


「本気だったよ」


『うそ。どうせ首筋に短剣を突き付けて、ペチペチしたんでしょ』


「見てるのか!?」


 魔王になると特殊な眼を持つようになるのかな。

 それとも単純にリタには僕のことが手に取るように分かるのかもしれない。


 僕は何も分からないのに。ずるいよ。


 自宅に着き、クエスト用の服から部屋着に着替え終えたタイミングでまたしても思念伝達魔法が発動した。


「こわっ。本当に見てる!? 盗撮の魔法とか使ってる!?」


 打って変わって緩い声のリタが『うい~』と話しかけてきた。

 こっちまで脱力しそうになりながら、椅子に座って飲み物に口をつける。


「本当に見てたりしないよね?」


『見てないよ。見てたら他の女に誘惑チャームの魔法なんてかけさせないよ』


「……なにそれ?」


『なんて説明されたのか知らないけど、ユウくんは魔法使いの女にいやらしい魔法をかけられていたんだよ。私が解除しなかったら、その女の言いなりになって体を好き放題されていただろうねー』


「イリスがそんなことを?」


『要注意だねー。昔からちょっかいかけてくる女の子が多かったから、これからも気をつけなね』


 あなた以外にちょっかいをかけられた記憶はないのですが……。


 学生時代、放課後は基本的にリタと一緒にいた。授業中や校外学習のときは別行動の時もあったが、クラスメイトの女子からちょっかいをかけられたなんて記憶はない。


『聞きたいことが山ほどあるって顔をしてるね』


「やっぱり見てるんじゃん!」


『でも、今は聞かないって顔でもある。来週の夜なら空いてるよー』


「そんなに時間の猶予はないよ。半月後には魔王討伐に出発するんだ」


『それ言っちゃったら、魔王様は迎撃準備を整えちゃうよ。勇者パーティー失格じゃん。国家反逆罪だよ、きみぃ』


 おちゃらけているが、リタの言っていることは全部正しい。

 僕は今、最高にバカなことをしている。


「昨日の夜、リタに会わなければ良かった」


『真面目だね。意外とクズな一面もあるのに』


「そうだ。僕はクズだ。だから片一方だけを手に入れるなんてことはできない。これを見越していたのか、それとも成り行きか?」


『相変わらず、強欲で傲慢で変態だ。ユウくんなら良い魔王になれるよ。……好きにすれば良い。君は勇者でもなければ魔王でもない。影に潜み、好き放題できる。だからこそ、暗殺者アサシンを目指した、でしょ?』


 リタの言葉の一つ一つが僕の心を突き刺す。

 痛い。痛いけど、どこか心地よい。


 僕以上に僕を知っている人がいるという事実を嬉しく思えるなんて、僕はリタの言う通りで変態なのかもしれない。


 自分がどうしたいのか、上手く言葉にできない。

 胸の奥で渦巻く感情をリタは察してくれているが、いつまでも甘えていられないのも事実だ。


「僕は真面目に生きたいのに、生きられない」


 ずっと喉元につかえていた気持ちを吐露する。


『ちゃんとしなくてもいいじゃない。あの頃と同じように楽しいと思えることをして、欲しいものを手に入れて、飽きたら捨てて、そんな関係を続けたいなぁ。ダメかな?』


 僕にはリタのことが手に取るようには分からない。

 でも、言葉の間や声色を聞いて、どんな顔でいるのかは容易に想像できた。


「……僕だって同じだよ」


 僕は影だ。

 光がなければ存在できない。でも、光があるならどんな形にもなれる。

 僕はそんな光を守れるように暗殺者アサシンになったのだと思い出した。


「来週、美味い店を予約しておくよ。そこで話そう。それまでに僕は魔王だろうが、勇者だろうが、騎士団長だろうが、邪魔者全てをぶっ飛ばせるようになっておくよ」


『いいねー。ギラついた目が最高にクールだよ。期待してるよー。食事にも、ユウくんにも、ね』


 本当に正しいことが何なのか分からない。

 分からないからこそ、直接会って話を聞きたい。

 そして、自分の中で答えを出してリタやレイヴたちや陛下と向き合うべきだ。


 どちら側につくのか決めるのは僕自身だ。


 それが強欲で傲慢だと言うのなら、僕は全てを捨てて隠者ハーミットになる。

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