第7話 元カノと裏事情

 ふと、学生時代を思い出した。


「昼飯前にワイバーンを狩ってきた1年がいるらしいぜ!」


 アホか、そんなわけないだろ。と思ったら本当に学食にワイバーンを持ち込んで調理師のおばちゃんたちを困惑させている女がいた。

 それがリタだ。


 入学式後のレクリエーションではかっこいい女の子という第一印象を持ち、その三日後には強烈な印象で塗り替えられた。

 入学したばかりの学生が一人でワイバーンを仕留めるなんて異例だったようで、学園長が出てくる事態にまで発展したのにリタは爆笑していた。


「だってワイバーンの肉が食べたかったんだもーん」


 だからって授業を抜け出してモンスターの潜む渓谷に突撃するか?


「ギ、ギルドにどう説明すればいいんだ! 証拠も残るのに!」


 冷や汗を流しながら怒鳴る学園長にも怯まずに、笑い飛ばしているリタは快活で美しかった。


「大丈夫っす! みんなに分け与えるんで」


 そういうことじゃねぇよ。

 分け与えるってなんだよ。親鳥かよ。


 心の中でつっこみを入れていると一人寂しく日替わり定食を食べ終えた僕の元にもお裾分けが回ってきた。


「美味しいから食べてねー」


「どうも」


 これがリタとの初めての会話だった。


 冷めないうちに焼かれた肉を頬張る。

 独特の臭みと一緒に肉汁があふれ出し、口の中を満たした。

 味のクセは強いが、日替わり定食で出される謎の唐揚げよりも格段に美味かった。


「……あの人、僕が見えてた?」


 スキルの練習を兼ねて、他者との関わりを最小限に抑えるために【気配隠蔽】を発動して過ごすことを日課にしていたのに見事に看破されていた。


 名門王立学園の教員でも見抜けないのだと自信を持ち始めた矢先、見事に伸びきっていた鼻っ柱をへし折られてブルーな気持ちになったのだった。


◇◆◇◆◇◆


 訓練と言う名のパワハラに耐えた僕はあらかじめ予約しておいた店に向かった。

 彼女が魔王城から王都までどうやって来るのか、どれくらいの時間をかけて来るのか知らないから先に入店して待つことにしよう。


 予約したのは完全個室の料亭で、誰にも聞かれたくない話をしながらの接待をするときに重宝されている店だ。


 着席してしまうと出入り口が見えなくなるから部屋の前で待っていると、出入り口付近でキョロキョロしている金髪の美女を見つけた。

 興奮を悟られないように手招きしてこちらへ呼びつける。


「夜景なんか見せちゃって、もう。ドレス着てきて良かったよ」


「それは偶然だよ」


「あ、そう。本物の夜景を見せてあげようか」


 リタは両手を翼のように動かしながら、お得意の冗談を言って着席した。


 程良いアルコール度数のお酒で乾杯し、僕はさっそく本題を切り出した。

 滅多に使わない静寂魔法サイレントを施すのも忘れない。


「ワレンチュールの王様からの手紙になんて返事をしたのさ」


「あぁー。私は好きにするから、お前も好きにすればいい。って書いたね」


「相変わらず、やってんな!」


 リタはメニュー表を見ながら、僕の方を見向きもせずに即答した。


 1年生のときのワイバーン持ち込み事件もそうだが、リタは昔から自由だ。

 その自由さは、ときに人を幸せにして、ときに人を不幸にする。

 今回は後者だ。

 その一言で何人もの人間が不幸になったことか。


「こっちにはこっちの事情があるんだよ。それなのに、自分のことばっかり考えてさー。あー、お城の屋根ぶっ壊してー」


「あ、屋根だけでいいんだ」


「無防備になった頭上からいろんなものを落とし放題じゃん?」


「こえぇえぇぇぇ。これが魔王様か」


 お互いに冗談っぽく話しているが、リタは本気の目をしている。

 このまま話し続けたら、酔っ払って進撃しそうな雰囲気だ。


「で、本当に王様が好きにした結果がこれってわけだよ、リタさん。これからどうするの?」


「それはユウくん次第だよ。私を討伐してこの可愛い首を持って帰るのか、それとも見逃して王都、ううん。ワレンチュール王国から逃げ出すのか。大陸指名手配おめでとう! これで君も大物だ」


 さすがにそこまでのことはされないだろうと思いたいけど、危機に瀕した人間ほど恐ろしいものはない。

 それは学生の頃にも、大人になってからも嫌というほど思い知らされた。


「そんなに転葬てんそうがダメなの?」


「なんで死骸を食わされないといけないわけ? 人間らしく弔ってあげなよ」


「僕たちだって火の通った肉を食べるじゃないか。これも死骸だよ」


「生でも食べるよ。あ、ベビードラゴンの生ユッケ頼もう」


 この店で一番高価な料理を注文されてしまった。

 めざとい奴め。


「魔物たちはこの数十年ずっと我慢してるんですよ、ユウさん。魔王の仕事って地味でね。魔人や魔物に待った、をかけるんだよ。それでも言うことを聞かない奴をぶっ潰すの」


 初めて聞く魔族側の事情に前のめりになって続きを促す。


「魔王って勇者に倒されるのが仕事だと思ってたんだけどなー」


 どこか遠くを見つめながらの呟きはグラスに入った氷が触れ合う心地の良い音にかき消された。


「子供でも知っている話だけど、ユグシエル公国の魔王は勇者に倒されたじゃないか。ワレンチュール王国は人種族と魔族が上手に共存しているってことだろ。僕たちは大人になるまでその事実を知らなかったんだ」


「違うよ、ユウくん。知らなかったんじゃない、気付かないふりをしていたんだよ。だっておかしいでしょ。他の国と違って魔物の討伐依頼が圧倒的に少ないもん。年に一件あるか、ないかなんて異常だよ」


「でもその分、モンスターの討伐依頼は多いよ?」


 この国でギルドに属していれば誰でも知っていることだ。

 ワレンチュール王国は他国よりも戦闘系のギルドが少なく、商業や林業、漁業を売りにしている。

 それでも僕がこの国で暗殺者をしている理由は単純でリタに薦められたからだ。


「そりゃあね、だって養殖されてるもん」


「……え?」


 聞き慣れない言葉に戸惑ってしまった。

 養殖、つまり生き物を人工的に育てる産業のことを言っているのか。


 僕がその言葉の意味を追求しようとしたとき、タイミング悪く店員さんが料理を運んで来てくれた。


「グッドタイミング。さぁ、さぁ、食べてみて」


 目の前に置かれた皿の上には輪切りにされて焼かれたワイバーンの肉が乗っている。久々にワイバーンの肉を食べて、あの日の味を思い出……せなかった。


「美味しくないでしょ」


「……うん。あの日、リタがくれた肉と全然違う」


「これが養殖の味だよ。天然物とは比べものにならない。分かったでしょ。ドラゴンもベヒーモスも人工的に作られた個体と天然の個体とでは味にも力に雲泥の差がある。そういうことなんだよ」


 リタの言いたいことは分かった。


「じゃ、行こっか。本物の夜景を見せてあげるよ」


 追加注文したベビードラゴンの生ユッケを食べることなく立ち上がったリタは、さっさと店を出て行ってしまった。


 最低な客だ。

 せめて僕は一口でも食べようと口に含んですぐに紙ナプキンに吐き出した。

 クセの強い味を好む僕でもこれは無理だ。


 この店の料理は絶品って口コミに書いてあったんだけどな。残念。

 悔しいけど、僕の情報収集能力はまだまだリタに遠く及ばないらしい。

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