無事に、出立できそ?

第3話 元カノと筋肉痛

 リタリエッタ・バスター・ド・ダークネス。


 彼女の本名は驚くほどに禍々しい。

 本人もそれを気にしているのか、当時はなかなか教えてくれなかった。


 それどころか偽名を使って学園に入学するようなクレイジーな女の子だった。


 僕がリタを知ったのは学園の入学式後のレクリエーションで、上級生のつまらない自慢話や武勇伝を一刀両断している姿は嫌でも目に留まった。


 最初は憧れだった。リタは魔力量も魔力制御もクラス内トップで、僕の苦手分野にも秀でていた。


 常に目立っていたリタとは対照的な僕がなぜ気に入られたのか未だに分からないが、入学から一ヶ月も経たない頃から行動を共にするようになった。


 最初は僕が落第しないように手伝ってくれているだけだったけど、やがて「学年成績一位、二位を独占しようー!」と言い始め、本格的な修行をつけられるようになった頃には恋人になっていた。


 その結果、見事に万年二位の異名をつけられて進級できたのである。


◇◆◇◆◇◆


 僕にとってリタは時に師匠であり、時に姉であり、時に恋人だった。

 そんな不思議な関係だったけれど何の不満も抱いたことはない。


 僕は元カレなんだ。

 そのはずなんだけど、今の関係は一体何と言い表せばよいのでしょうか。


 昨晩、仕事の愚痴や昔話に花を咲かせた僕たちは全然話し足りなかった。


 リタはまだ余裕そうだったが、僕はもうフラフラで二軒目に行く余裕なんてなかった。


 話したいけど、家にも帰りたい。


 そんなわがままを漏らしたところ、リタが「バカだなー。ユウくんのお家に行けばいいんだよー」と提案してきた。


 突飛な発想かつ僕の欲望を全て叶える最適な答えに目から鱗が落ちた。


 あれよあれよと自宅まで帰って来て、ベッドに横になりながら話し続けていた時、リタが不思議なことを言った。


「ユウくんさ。最近、魔法使った?」


「いや。極力使わないようにしろって言ったのはリタじゃないか。僕は魔法なんか使わなくても大抵のモンスターには勝てるよ」


「ふぅん。じゃあ、誰かに使われた?」


 それには思い当たる節がある。

 王宮に集められた魔法使いの女の子が吐き気止めの魔法を使ってくれたのだ。


「あっ。なるほどねー」


 納得したように呟いてから、リタは僕の唇に自らの唇を押しつけてきた。

 なんとも豪快な口づけに戸惑う僕なんて気にもせず、口腔内をかき回していく。


「おっけ。これで悪い虫は取り除いたよー」


 なんのことか全然分からない。


 でも、これがなければ僕たちの、少なくとも僕のスイッチは入らなかった。

 眠れる獅子が目覚めた瞬間である。


 朝、罪悪感にさいなまれる僕の肩を優しく叩きながらリタは何でもないように笑った。

 謝ることしかしない僕を横目にリタは苦笑いで着替え始める。


 昨日の行為中から気づいていたけれど、リタの谷間には刺青のような紋章のようなものがあった。

 学園在学中にはなかったものだ。

 小指の先ほどの大きさで、特段気になるものではなかった。


「ほんと好きだねー」


 胸を凝視していたのがバレた。

 ニタニタする彼女は僕に背を向けて、挑発的に下着を身につける。


「これさ、魔王になったら浮き出てきたんだよねー。やっぱり気になる? こういうの嫌い?」


「いいや、気にならない。いつ見ても綺麗だなって思って」


「ふぅん」


 ダメだ。これ以上は危険区域だ。


 僕はどこかへ飛んでいきそうな罪悪感を必死にたぐり寄せた。

 煩悩を消し去り、昨日の過ちを思い出す。


「私が家にお邪魔するって言ったわけだし、ユウくんが気に病む必要なんてないんだよ。それに……」


「ん?」


「なんでもなーい。んじゃ、帰りますか。私は暇だけど、ユウくんは忙しいんでしょ?」


 そういえば、そうだ。

 今日の午前中に必要な物品の買い物を済ませて、午後から訓練の予定だ。

 すっかり忘れていた。


「見送りはいいからシャワーを浴びて準備しなよ」


「さすがに、それは」


 男としてどうなのかな、と言おうとした唇にリタの細長い人差し指が触れる。

 冷たくて気持ちいい。氷の魔法を使っているのかと錯覚してしまうほどに熱を奪う指先が離れ、リタは自分の唇に触れた。


「いいんだよ。リタリエッタ・バスター・ド・ダークネスは魔王城で仁王立ちして待ってる。でも、リタちゃんはいつでも連絡待ちしてるからね」


 昨日と同じ黒いローブを羽織り、天気の良い朝には似つかわしくない服装で去って行った。


 さっき、リタは「それに……」の後に何を言おうとしたのだろう。

 もしもこれが彼女の作戦だったとしたら?

 僕に迷いを持たせて、討伐させないために先手を打たれたのだとしたら?


 そんなことを考え始めると居ても立っても居られなくなり、せっかく着た服を脱ぎ捨てて浴室へと向かった。


 二日酔いも相まって気分の良い朝ではなかった。


 昨日の話だと、吐き気止めの魔法はリタが消してしまったようだ。

 悪い虫ってなんのことだろう。

 もしかして、変な魔法をかけられていたのかな。


 浴室から出ると既に時計の針は12時を指している。

 急いでクエスト用の機能性に優れた戦闘服に身を包み、重怠い体を叩き起こす。

 昨日買った雑魚モンスターのどんぶりをかき込み、お茶で流し込んだ。


「腰、痛い。今日も生きてる」


 腰だけでなく、太腿や腕も痛い。全身が筋肉痛のようだった。

 どうせ、この痛みを感じているのは僕だけなんだろうな。


 リタは昔からやたらと肌を重ねたがり、事を終えると「今日も生きてるわー!」と意味不明なことを言う。

 最初は頭のネジをどこかに落としてきたのかと思った。


 そんなことはどうでもいいんだ。

 今日はモンスターと戦闘したくないし、作戦立案とかもしたくない。

 訓練なんてもっての外だ。


 しかし、そんなことを言える間柄でもなければ、立場でもないので観念して集合場所へと向かった。

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