第2話 元カノと迎える朝

 僕ことユーキッド・インジャムと、元恋人のリタリエッタは王立学園1年の中頃から約3年半付き合っていた。


 学園に入学してから僕に魔力の適切な使い方を教えてくれたのもリタで、そういう意味では師匠と呼べなくもない。

 卒業を目前に試験や就活と色々なことが僕たちを取り巻き、多忙だったこともあって別れてしまった。

 自然消滅という形の別れ方だ。


 少なくとも僕はそう信じている。だから、どっちが振ったとか、どっちが振られたとか、そういうのは僕たちの間にはなくていい。

 少なくとも僕は今でもリタのことが好きで、だけども二度と会うつもりはなかった。


 それなのにリタとの奇跡的な再会を喜べばいいのか、嘆けばいいのか、複雑な気持ちを噛み締める暇もなく、僕は居酒屋の個室に押し込められた。

 本来であれば女の子がソファ席に座った方が良いのだろうけど、リタは何も気にせずに僕を奥の席に座らせた。


 羽織っていた黒いローブの下はグレーのハイネックカットソーにスカート。昔から他の同級生よりも大人びた雰囲気をまとっていたけど、更に色香が増したように感じる。


 僕は手に持っているテイクアウトした丼物を隠すように置いて、メニュー表をリタに渡した。


「とりあえず、エールと肉料理でいいでしょ。あ、あと雑魚モンスターの唐揚げもね」


 僕の大好物をそんな風に言わないで欲しい。

 

「んっーー! 美味い!」


 ご機嫌にジョッキをテーブルに叩きつけ、口元についた泡を豪快に拭う。

 あの頃と違って、もういい年なのだからもっと落ち着いた雰囲気のお店がよかったかも。なんて思ってもこの店を選んだのはリタだ。


 僕の考えなどはつゆ知らず、リタは昔と同じように恥じらう様子もなく酒を流し込んでいる。

 あまり酒に強くない僕はちびちびとジョッキを傾けながら彼女を何度か盗み見た。


「最近どう? 全然、連絡よこさないから死んだかと思ってたんだけど。そういえば、何の仕事してるのー?」


「そんな簡単に死ぬような鍛え方はされてないだろ。リタのお陰で無事に暗殺者アサシンになって、毎日こき使われているんだよ。連絡は……まぁ、忙しかったし」


「私からも連絡しなかったからお互い様かー」


 本当は連絡したいタイミングはいくらでもあった。

 でも、ダサいよなー、と悩みに悩んで連絡できなかった。なんて本当のことは口が裂けても言えない。


「リタはどうなの? 仕事もだけど、学園の友達と会ったりしてる?」


「いや、してないねー。卒業してから離れちゃったし」


 これも僕たちが別れた原因の一つだ。

 王都に残るつもりだった僕と出て行くつもりだったリタ。当時の僕は遠距離恋愛をできるほど大人ではなかった。


 リタからも同じ質問を返されて、同じ返答をしようとした時にふと思い出した。


「ミネコルとは少し前に会ったな。一緒にダンジョンに潜ったんだ」


「ミネコル! 懐かしい! あのマヌケまだ生きてるんだー」


 なんでそんなに人を殺したがるんだよ。

 物騒な世の中だからリタの気持ちも分からなくはないけど、僕たちがどんなに危険な仕事をしていると思っているんだ。


 いや、これから危険な仕事をする予定なんだけどさ。

 今から先が思いやられるよ。

 

「……はぁ」


「ん? どしたん? お疲れのご様子? あれ、今日って誘っちゃマズかった!?」


「いや、大丈夫だよ。ちょっと午前中に頭を使って、午後に嫌なことがあったから」


 無意識のうちにため息をついてしまっていた。

 折角の再会で雰囲気を悪くしたくはないのに、酒が入ると眠気と一緒にこれまでの憂鬱な気持ちが湧き出てくる。

 本当はもっと楽しい話をしたいのに、思い出すのは国王陛下からの言葉だった。


「なんで僕なんだよ」


「お! いいぞ、いいぞ。お姉さんに愚痴っちゃえよ。さっきのユウくんの顔は酷かったぞー」


 リタ曰く雑魚モンスターの唐揚げを頬張りながら、早く話せ、と何度も催促してくる。

 昔から彼女はやたらとお姉さんぶって接してきた。その優しさに頼り切っていたことは否定できないが、今もその態度を続けるのはどうなんだろう。


「もう昔の僕とは違うんだよ」


「そうかなー。私からすれば今でも可愛い可愛い男の子だよ。なんでも話せる相手はできたのかなー?」


「それは……」


 そこでふと気付く。もしかして、ずっと気を遣わせていた?

 そんなに僕は酷い顔でとぼとぼ歩いていたのか?

 だから、リタは無理矢理この店に連れて来たのか?


 そう考え始めると申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「じゃあ、聞いてくれる?」


「ドンときなさい」


 ハイネックカットソーの下で主張している胸を張って、男らしく叩いたリタは頬杖をついて僕の話を聞く態勢を整えた。

 

 彼女に顔を近づけ、声を潜めて小声で告げる。


「実は今日、国王陛下に呼び出されたんだ。僕の他には勇者と魔法使いと守護者がいて、即席のパーティーを組まされた。で、魔王を討伐して来いってさ。あ、これは秘密なんだった。誰にも言わないでね」


「あーあ、秘密を私にバラしちゃったね。でも名誉なことじゃん。報酬はがっぽがっぽでしょ?」


「リタなら口が堅いし、いいかな。絶対に言わないでよ。で、お金は良いんだけど、初対面の人たちとパーティーって疲れるじゃん?」


「ユウくんは昔から人付き合いが苦手だからね。でも、3人の誰にも期待してないでしょ?」


 せきを切ったようにあふれる愚痴を親身に聞きつつも痛いところを突いてくる。

 本当に昔に戻ったような気分だった。

 僕ばかり話しているからか、やたらと喉が渇きジョッキを傾け続けて、もう一杯目がなくなってしまった。


「ちなみにだけど、どこの魔王を討伐するの?」


「ここ。ワレンチュール王国の新魔王だよ。先代の魔王は殺されたって聞いたよ」


「へぇ。そうなんだ。勝てそう?」


 だいぶ酔いが回っているのか頬をピンク色に染めたリタが挑発的な瞳で上目遣いに聞いてくる。

 ここは男らしく答えるべき場面だ。


「もちろん! 僕はギルドを一人で潰した男だぞ」


 酔っていなければ絶対にしない発言だ。

 いや、酔っていてもリタ以外の相手には絶対にしなかった自信がある。


「ふぅん」


 そう呟くリタはやけに楽しそうだった。

 この時間がずっと続けばいいのに。明日が来なければいいのに。

 

 そう思いながら、雑魚モンスターの唐揚げを口に放り込んだ。


◇◆◇◆◇◆


 目覚めると見知った天井が見えた。間違いなく僕の家だ。


 ベッドも、枕も、布団も僕のものだ。

 でも一つだけ、昨日まで僕の家になかったものがある。


 恐る恐る首を回すと、隣ではリタが寝息を立てていた。

 冬場の猫のように布団にくるまって寝ているリタはあの頃と全く同じだった。

 透き通るような白い肌、普段は隠している特徴的な尖った耳、ぷっくりとした魅惑的な唇。


「っ!?」


「んっ」


 思わず声が漏れてしまい、リタが目を覚ました。

 一瞬にして頭が覚醒し、勢いよく体を起こしてしまったから、二人で一緒に使っていた掛け布団がずり落ちてリタの胸元が露わになった。

 周囲を見渡しながら状況を確認しつつ、胸元を隠す仕草がやけに生々しかった。


「やっちまった」


 思わず口から出た言葉に自分でも呆れる。

 色々と感想はあるが、それよりも後悔の方が圧倒的に強かった。


「おはよー。そうだ、ユウくん」


 手が震えている僕とは裏腹にリタは昨日と同じように楽しそうに、そして挑発的に笑った。

  舌なめずりする仕草はいやらしさよりも、獲物を見つけた獣のような獰猛どうもうさが際立っている。


「この国の魔王って私なんだよね」


「へ……?」


「本当に、討伐できそ?」


 頭が痛くなってきた。

 加えて胃の不快感も押し寄せてくる。


 あれ、おかしいな。

 昨日、魔法使いの子に吐き気止めの魔法を施してもらったはずなのに。


 僕は人生において一番最悪な朝の迎え方をしてしまった。

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