第4話 誕生パーティーにて2
馬車は正門をぬけ、広い庭を通り、いくつもの門をくぐって、ようやく車寄せまでたどりつく。衛兵はラ・マン侯爵家の家紋入り馬車を見て、無言で頭をさげた。
ユスタッシュ自身の社交界デビューは七歳だ。複雑な宮殿の内部も知りつくしている。案内の女官を断り、さきを急いだ。
会場は鏡の間だ。宮中でもっとも豪奢で格式高い広間である。本来、皇室のお祝いや外国の賓客をもてなすときにだけ使用される。
その広間が使われるのだ。いやが上にもレリエルヴィ嬢の格を高める。
この宴に遅刻する者など、ユスタッシュしかいないだろう。これでもいちおう、大急ぎでユイラの衣装を探したのだが、三年前の服はどれも小さくなり、また今の流行からは離れてしまっている。城下の仕立て屋でギリギリまで待ったがまにあわなかった。
それで、衣装はブラゴールのもの、刻限にも遅れるというありさまだ。気をまわしたつもりが、かえって裏目に出る。ユスタッシュはこういう男だった。
黒地に金糸の派手な刺繍をほどこしたベストに、青色の薄絹のズボン。さきのとがった布の靴。ベストとそろいの縁なし帽。褐色に焼けた裸の胸にいくつも首飾りをさげたユスタッシュは、どこから見てもブラゴール人だ。よく見れば、顔立ちはユイラ人だが、つれのリードも似たような服装なので、二人が歩くと、すれ違う者がみなギョッとする。鏡の間の入口では、番兵が長槍をつきつけさえした。
「今宵の宴にブラゴール人は招かれていないぞ。何者だ?」
急いでいるのに通してもらえない。
兵士の言葉を聞いて、リードが憤慨する。
「無礼な。このおかたはラ・マン侯爵家のご嫡男、ユスタッシュさまであらせられるぞ。そこをのけ」
番兵はユスタッシュの襟元に輝く
ラ・マン侯爵家はルーラ湖岸協定者の一つであり、公爵家に匹敵する家柄だ。数多いユイラ貴族のなかでも、きわめて上位の一族である。家紋も宮廷じゅうに知れわたっているのだ。兵士は青くなって、床にひざを屈した。
「失礼いたしました。どうぞ、お通りくださいませ!」
しかし、ユスタッシュは平静だ。
「まあそう怒鳴るな。リード。このなりだからな。間違われてもいたしかたあるまい。ところで、皇后陛下はまだおられるか?」
前半はリードに、後半を兵士に対して問う。
兵士はひざまずいたまま答える。
「ついさきほど、ご退室なさいました」
「まにあわなかったか。ごあいさつせねばならなかったのだが、しかたない。ああ、名を告げるのはよしてくれ。これだけ遅れて今さらだ」
点呼係に申しつけて、ユスタッシュは広間へ入った。三千人を収容できる大広間だ。中央入口から正面二階ホールがあり、そこからゆるやかな階段がのびている。おそらく、その二階ホールから令嬢が現れ、みなに紹介されたのだろう。
この日の招待客は五百人あまりのようだ。ユイラ貴族のなかでも、よりすぐりの名家ばかりだ。右大臣、左大臣。ユイラ建国の十二騎士のなかから、ラ・スター、ラ・ベル、ラ・キャスケイドなど近場に領地を持つ者たち。ラ・ヴァン公爵。アルメラ大公家の皇女。諸外国の大使など、名だたる顔ぶれだ。
さて、主役の令嬢はどこだろうか? これほど広いなかに大勢が散らばっているので、探すのはひと苦労だろう、と、ユスタッシュは考えていた。が、広間に入ってみれば、その心配は無用だった。やけに客が一ヶ所に集まっているのだ。それも、男性客ばかり。
「おおかた、主役の姫君を囲んでいるのだろうな。あいさつはとっくに終わっただろうに。奇妙だ」
ユスタッシュは給仕係からヴィナ酒の杯を受けとると、そのまますみの長椅子にすわる。
「旦那さま。ご令嬢にあいさつに行かれなくてよいのですか?」
リードにたしなめられてしまった。
「あの人ごみをかきわけてか? あとでいい。おれはこういう席は好きじゃない」
「それは承知ですが、しかし、今夜の旦那さまはらしくありません」
ユスタッシュはリードを見なおす。やはり、彼にはわかるらしい。
ユスタッシュがためらっているのは、もちろん、ヒルダ皇女への初恋のせいだ。人妻になった彼女を見る勇気がなかなか持てない。
ユスタッシュだとて、自分を優柔不断とも未練がましいとも思わないが、今夜はやけにあのころの気持ちを思いだす。
いろいろあって祖国をとびだしたものの、やはり三年は長かったのだ。ユイラのおだやかな風がなつかしかった。
そして、ユイラでもっとも美しい記憶が、ヒルダ皇女につながっている。
彼女を見て、以前の思いがよみがえるのではないか。そう考えることが恐ろしい。少年時代はかすかな憧れにすぎなかった。だが、大人になった今なお、皇女を見て心ふるえるとしたら、それはただの憧憬ではすまない。
(令嬢のかたわらには両親がいるだろう。しかし、必ず会わなければならないなら)
早々にあいさつをすませ、帰るにかぎる。
ヴィナ酒をひといきにあおり、ユスタッシュは立ちあがった。
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