第5話 ボーイ・ミーツ・ガール
海底国の人魚の王様ね。
その男を初めて見たとき、ルビーはそう思った。
深い水底のような青い瞳だ。そして、おとぎ話で読んだ外国の王様のような褐色の肌。
「ユスタッシュ・レンド・ラ・マン。ラ・マン侯爵家の嫡男だよ。お父さまには従兄弟にあたるんだ」
父が興奮して紹介してくれた。何をそんなに喜んでいるのかわからない。
「初めまして。令嬢」
ユスタッシュはルビーの手をとって接吻したが……それにしても無愛想だ。
(変ね。この人はなんで、ほかの人たちみたいに、わたしの巻毛や指の細さを褒めちぎらないの。どっちかというと怒ってるみたい?)
これはルビーにとってはまったく不可思議な話だ。
今日だって、皇后陛下の祝辞が終わるやいなや、人々はルビーのまわりに集まってきて、競ってダンスを申しこんだのに。
ルビーが戸惑っていると、人魚の王はサッと立ちあがり、父クレメントにむきなおった。
「久しいな。クレメント。ご令嬢の誕生日、おめでとう」
「ありがとう。ユスタッシュ。いつ戻ってきたんだ? ブラゴールへ行っていたんだろう? 君ときたら、昔から大胆というか、見てるほうがヒヤヒヤしたもんだよ」
クレメントが一人で興奮しているので、母ヒルダが笑ってたしなめた。
「あなた。ユスタッシュが何から答えていいのか困っているわ」
「ああ、すまない。つい、なつかしくて。だって、。ほんとに何年ぶりだろう!」
それで、ルビーも思いだした。
「お父さまがいつも自慢していらっしゃったご従兄弟ね」
「ああ、そうだよ。学年きっての秀才でね。その上、武術では誰にもひけをとらなかった。今でもおぼえてる。校内剣術大会で一人だけ残っていた一年生の彼が、最年少で優勝したときの学校じゅうのさわぎを」
しかし、人魚の王は仏頂面のままだ。
「クレメント。今日は君の令嬢の祝いだ。私の話はよしてくれ」
クレメントの歓待に閉口しているようすの人魚の王を、ルビーはじっと見つめる。父の従兄弟というから、ユイラ人のはずだが、ずいぶん風変わりな風体だ。
ほんとはブラゴール人? いや、やはり海底から来たのかも?
「ねえ、お父さま。そのかた、ブラゴールに行ってらしたの?」
ほんとはブラゴールではなく、人魚の国から帰ってきたに違いない。しかし、そんな子どもじみたことを言ってはならないとはわきまえていた。
「ああ、そうとも。ブラゴールへ大使としてね。ユスタッシュ。いつ帰ってきたんだ?」
「今日」
「今日! それはおつかれさま。どおりで、いい色に焼けてるよ」
すると、ふいにルビーの背後から別の声がした。
「まったく、野蛮人みたいだ!」
おどろいてふりかえると、ハリオットが立っていた。これも父の従兄弟で、クルエル公爵の第四子嫡男。今年十四歳だ。年齢的に近いこともあって、しばしばドニイ家に遊びに来る。一人っ子のルビーにとっては兄のようなものだ。
公爵家の跡取りだから、傲岸なところはあるが、それにしたって、とつぜん野蛮人あつかいは無作法だ。こんなハリオットを初めて見る。なんでかわからないが、とてつもなく機嫌が悪い。
さすがに、これにはおどろいたのか、人魚の王もかえりみる。
すると、ハリオットは微笑した。
「やあ、ユスタッシュ。あなたにはいつもあきれますよ。まったく、ルビーの大事な社交界デビューの席に、どこのブラゴール人がまじってるのかと思った」
やはり、ハリオットの言葉にはトゲがある。それでも、人魚の王は動じない。
「大きくなったな。ハリオット。三年前はまだ子どもだったが」
ハリオットはますます不機嫌になった。
「僕は去年、成人したんだ。子どもあつかいしないでくれたまえ。あなたが成人した年よりも一年も早いんだ」
「それはすまない」
あくまで人魚の王は冷静だ。しかし、ハリオットの態度は兄のように思っているだけにいただけない。
「ハリーったら、失礼な言いかたをなさるものじゃないわ」
ルビーが言うと、ハリオットはいっきに消沈した。
ルビーはハリオットの代わりにあやまる。
「ごめんなさいね。人魚の王」
ユスタッシュは
「人魚の王? それは私のことですか?」
「だって、あなたの瞳、そんな色よ」
とつぜん、人魚の王は笑った。内側からあふれてきたような、あたたかな笑み。
なぜか、ルビーはドキリとした。
人魚の世界には表情というものがないのかと思っていたけど、こんな笑顔を隠しているなんて、ズルイではないか。
つられて微笑み返すと、ハリオットが険しい目をする。
「ねえ、クレメント。僕が一番にルビーと踊ってもいいでしょう? みんな、待ちくたびれてる」
そう言って、強引にルビーの手をひく。
「ハリー。痛いわ。どうしたの?」
「どうもしない!」
天下の五大公爵と呼ばれるクルエル公爵家の嫡男の一言だ。ようすを見ていた楽士たちが音楽を奏でる。かたまりになった人々が、それぞれの相手とダンスを始めた。
「ひどいわ。ハリー。まだお話の途中だったのに」
「ルビー。君は……」
ハリオットの傷ついたような顔を見て、ルビーは初めて、それが嫉妬なのだと気づいた。
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