星(4)

 割り込んできた真朱の少女を何とか撃破して、ルナはそろそろと息をつく。

 致命傷こそ負わせれてはいないものの、両腕の関節部を撃ち抜いたのだ。あれではもう戦えないはずだ。


 あとは〈ピースメイカー〉の撃破に向かったレヴさえ抑えれば。そうすれば、この戦争は終わる。ベルリーツさえとせば、彼も、ステラも戦わなくて済むようになるのだ。


 あと、もう少し頑張ろう。そう決意した矢先、背後で大爆発が起きるのを感じて、ルナは振り返る。すると、そこには〈ピースメイカー〉が自壊の炎を上げながらくずおれていく姿があった。 


「っ――――――――!?」


 ルナは声にならない悲鳴を上げる。だって。あの機体には妹が。ステラが乗っていて。

 なのに。その機体は今、爆轟と共に装甲片を撒き散らしている。自爆散弾の真っ只中にあるコクピットブロックには、それらを防げるような装甲はなくて。


 ということは。ステラは。

 その事実に辿り着いて、ルナは茫然とする。心の中で、何かが砕け散る音がした。


 ――守れなかった。


 たくさんの人を殺して、見捨てて。切り捨てて。全てを投げ打って、己の命に替えてでも守ろうと、そう心に誓っていたのに。なのに。

 絶望に沈むルナの心には、一つのどす黒い激情の炎が燃え上がる。


 ――憎悪。


 ただ、その感情だけがルナの胸中を支配し、再び戦う活力を湧かせる。


「……よくも。よくもステラを」


 幽鬼のように揺らめく瞳の先にあるのは、爆轟の中に見える一人の人影。ステラを殺した、憎き仇敵。

 それを捉えて。瞬間。爆炎の下へと、ルナは全速力で翔けていた。




 コクピットを貫いたのと同時に機体が爆発するのは流石に予期していなかったから、当然レヴもその爆発には巻き込まれる。


 突き立てた剣をやむなく手放して離脱したものの、飛散した装甲の破片は身体の至るところに突き刺さっていた。

 先程から左目だけが一向に開かず、光が差し込む気配がない。どうやら、破片にやられたようだ。


 ともあれ。〈破壊者ツェアシュテール〉は討ったのだ。これで、罪のない民間人が虐殺の炎に晒されることはなくなった。その事実に安堵の息をつきかけた、その時だった。 

 背後から、鮮緑の光線がレヴを掠めたのは。


 咄嗟に振り返るのも束の間、月白の少女が魔力付与エンチャントのついた銃剣で突撃して来るのが見えて、レヴは右腰に提げていた短剣を手に取る。即座に魔力付与エンチャントを掛けて、前方へと振り抜いた。


 瞬間、激突。


 二つの刃は激しい衝戟しょうげき音を鳴り響かせ、盛大に飛散する魔力の火花が二人の視界を明滅させる。

 程なくして見えてきた少女に、レヴは声の限りに叫んだ。


「やめろルナ! もう戦闘は終わった! 君の負けだ!」

「っ……!」


 渾身の力をもって銃剣を弾き飛ばし、念の為にとレッグホルスターに入れておいた拳銃を引き抜く。撃鉄を起こし、その銃口を眼前の少女へと向けた。


退がれ! おれは君を撃ちたくない!」


 今作戦の中核だろう〈破壊者ツェアシュテール〉は撃破し、護衛部隊も全員撃破した。唯一、残っているのはルナだけだ。そして。彼女一人で、ベルリーツはとせない。


 睨み付けた先、彼女の真朱の瞳には激情の黒炎が燃え上がっていた。

 小銃の銃口をレヴへと向けて、ルナは半狂乱に叫ぶ。


「言ったはずよ! 今度会ったら、私が貴方を討つって!」


 突然、四つの射線が煌めくのが見えて、レヴは咄嗟に引き下がる。直後、元いた場所には四方からの射撃が虚空を穿っていた。


「っ……!」


 引き金に指を掛けながら、レヴは苦悶する。 

 だって。ルナは大切な幼馴染で。だから討ちたくなくて。けど、ルナは敵で。この惨劇を引き起こした部隊の一員で。討つべき帝国軍の兵士で。

 だけど。けれど。


 おれを過去の呪縛から救ってくれた恩人で。かけがえのない人で。


「貴方も私を討つと言ったはずよ!」


 その叫びに、レヴは悲痛に目を細める。

 レヴとルナは敵同士で、相容れない存在で。だから、討つしかないと。でないと、誰も、何も守れないからと。


 照準を眼前の少女に合わせ、ぐ、と引き金に力を込める。刹那、撃つのを少し躊躇って。――引き金を、引いた。

 それを待っていたかのように、ルナはその場を飛びすさる。直後、五つの銃口が一斉に火を噴いた。


 ほぼ直感のみでそれを躱して、レヴは魔力翼フォースアヴィスを全開にして距離を取ろうとするルナを猛追する。

 射撃の成績が壊滅的に低いレヴにとって、この距離、この速度の相手にそれも拳銃弾などまず当たらない。良くて咄嗟の気休め程度だ。


 レヴがルナを討つ方法は、ただ一つ。肉薄して、その身を斬るか刺すしかない。それも、いつもの長剣ではなく、短剣でだ。


 しかし、二人の差は一向に縮まらなかった。ルナの熾烈かつ正確な機動兵装による射撃を避けるので精一杯で、それ以上のことをできる余裕がないのだ。


 身体中の出血で思うように体が動かず、光を失った左眼が視界を狭めて早期の射線を発見できない。致命傷こそ回避できてはいるものの、時間が経つに連れて傷は開いて、新たな傷だけが増えていく。形成は良くなるどころか、ますます不利になっていく。


 機動兵装の一斉射を何とか躱した先、そこにはルナの銃口がこちらを睨み据えていた。

 その光景に、レヴははっとする。回避したばかりの今の体勢では防御体勢がとれず、かといって躱そうにも身体が思うように動かなくて間に合わない。

 そして。彼女の銃口の先にあるのは、レヴの左胸だ。


 ――死。


 それを強く意識した――その時だった。


『レヴ!』


 突然叫び声と共に横へと突き飛ばされて、レヴは刹那思考が止まる。次の瞬間、視界に飛び込んで来た光景に、目を見開いた。


「え……?」


 そこには。左胸を鮮緑の光線で撃ち貫かれたリズの姿があった。

 全身血だらけの姿に、レヴは絶句する。そんな大怪我を負っていながら、なんで。


『レーナを、頼んだわよ……!』


 それきり通話は途切れて、リズの身体は薄雪の瓦礫の中に堕ちていく。この高度からの落下など、まず助からない。あんなに負傷していたのなら、尚更に。


 ――おれのせいで。おれが覚悟を決めて戦わなかったせいで。甘かったせいで。リズが。


 そう思った瞬間。レヴの中で何かが砕け散る音がした。 


「ルナァァァァ!!」


 激しい悲憤と憎悪のままに、レヴはルナ目掛けて吶喊する。もはや、身体の痛みなど何も感じなかった。この体がどうなってもいい。ただ、ルナだけは。眼前の少女だけは、絶対に討たなければならないと。

 そんな激情だけが、レヴの身体を動かしていた。


 機動兵装の熱線が身体を掠め、穿つ。けれど、レヴは一切速力を緩めない。それが射線を躱すのに最善で、最も討てる可能性がある戦法だから。

 拳銃を持つ左手が貫かれ、鮮血が尾のように舞っていく。しかし、そちらには意識もやらない。全てを痛んで、悲しむのはを討ったあとだ。


 遂に、剣の射程圏内に敵を捉える。ルナの顔には絶望と、けれども同時に安堵の感情が見えていた。

 その表情に、レヴは刹那動きが止まる。


 ……なんで、そんな顔をするんだ。


 動きが止まったのを見てとって、ルナは咄嗟に銃口をレヴへと向ける。瞬間。はっとした。

 この距離では、放たれる弾丸も熱線も避けられない。

 そして。レヴを凶弾から守る人は、もういない。


 ――詰みチェックメイト


 そんな言葉が脳裏をぎり、今度こそ死を覚悟した、その時。


 視界の外から、一閃の熱線がルナを穿った。

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