星(3)

 最後の敵魔術特科兵を〈ルイン〉と小銃の斉射で蜂の巣にした後、通信機からは悲鳴のような声が次々と聞こえてくる。


『た、たいちょ――!』

『新手が――!』


 そのいずれも最後の声は途切れていて、ルナはきつく唇を噛み締める。、守れなかった。

 己の部隊の所業も忘れて、ルナはただ敵への憎悪のままに視線を背後へと向ける。振り向けた先で、ルナの目に飛び込んできたのは、見覚えのある紅く輝く光翼だった。


「……!?」


 思わず、息を呑む。魔力を制御し切れぬために放出された紅く輝く光翼に、手に持つのは銃ではなく、緋色に煌めく一振りの剣。さながら中世の騎士のような装備に、悪魔のような紅い翼。


 そんな特徴を持った敵兵など、そうそういるものでは無い。そして。ルナはその特徴を持った人物をよく知っている。


「レヴ……! なんで、貴方が…………!」


 悲痛に目を細めながら、ルナは呻く。なんで。彼がこんなところに。

 ぎ、と奥歯を噛み締めながらも、ルナは迫る赤翼せきよくを鋭く見据える。



 ――次、会った時には、私が彼を討つ。



 いつかの夕闇の中で、ルナが決意した事だ。でないと、仲間を守れないから。ステラを守れないからと。

 今、彼を止めなければ、戦争は終わらない。ようやく打てる終止符を、ルナは絶対に守り通さなければならないのだ。彼のためにも、ステラのためにも。


 銃剣に魔力付与エンチャントを施し、その刃が緋色に煌めく。直後、魔力翼フォースアヴィスを全開にして、レヴの下へと突撃した。




 突撃を敢行する最中、レヴは突然言い様のない悪寒に襲われて周囲を見渡した。そして。宵闇の中から鮮緑の光線がまたたくのをレヴは見る。


「っ……!?」


 咄嗟に急停止。刹那、レヴの眼前には四方からの射線が虚空を貫いていた。あと少しでも気付くのが遅ければ、確実に殺られていた必殺の射撃。確かに見覚えのある、機動兵装群。


 こんなものを扱えるのは、レヴは一人しか知らない。

 思考するのも束の間、前方から敵が接近してくるのを感じて、レヴは剣を構える。直後、激しい衝撃が身体を襲った。


 鍔迫り合う魔力の明滅が目をき、視界をしろく染め上げる。程なくして見えてきた顔に、レヴは声の限りに叫んだ。


「ルナ――!!」


 そう。ルナ。ルナ・フォースター。〈白い悪魔ヴァイサートイフェル〉と呼ばれ、連邦軍から恐れられる帝国軍きってのエリート兵士。白藍種アルブラールの月白の長髪に、紅闇種ルフラールの綺麗な真朱の双眸。


 大切な幼馴染で、けれども討たなければならない、帝国軍の兵士。この惨劇の犯人。

 沸き立つ激情のままに、レヴは叫ぶ。


「なんでこんなもん守って戦うんだ! お前は!?」


 平和に暮らしていただけの民間人を何万人と殺戮し、戦禍を拡大させるだけの兵器に。作戦に。なんでルナが従事しているんだ。


「言ってたじゃないか! こんな戦争早く終われば良いのにって……、ただ、いたずらに戦禍を広げるだけの事なんて、あっちゃならないんだって!」


 なのに。なんで!?

 対するルナは、綺麗な顔を悲痛に歪めて叫び返してくる。 


「だから、よ!」

「はっ……!?」

「こんな戦争は早く終わらせなくちゃならない! だから、ベルリーツをとして、この戦争を終わらせるのよ!」

「っ……!?」


 レヴは驚愕に目を見開く。そんな暴論が、ルナの口から出てきた事が信じられなかった。

 だって。そんな事で戦争が終わる訳がないのに。


 ベルリーツを――首都をとしたら戦争は終わる? 否。そんな事は有り得ない。連邦は白藍種アルブラールの人権の一切を否定し、もはや人間ではないと迫害してきたのだ。そんな相手に降伏などするはずがない。ましてや、仮に降伏したとしても、その後に何が起こるのかなどは明白だ。


 ――紅闇種ルフラールの絶滅。それを達成するまで、帝国は迫害を止めないだろう。終わるかもしれない。けれど、その先にあるのは、更なる地獄だけだ。

 それを、ルナは他でもない自分の口から言っていたのに。なのに。なんで。


『レヴ!』


 突然、通信機から叫ぶ様な声が聞こえて来たのと同時に緑の射線がルナ目掛けて放たれるのが見えて、レヴは咄嗟に後方へと引き下がる。同時に退いたルナとの間に割って入って来たのは、リズだった。


「リズ!?」


 驚くレヴに、リズは焦燥を募らせた声音で叫ぶ。


『レヴ! 貴方は早くあれを! でないと、ベルリーツが!』

「だ、だけど……!」


 しかしけれどもレヴは食い下がる。相手は〈白い悪魔ヴァイサートイフェル〉と恐れられ、南部戦線で数多あまたの連邦軍特科兵を屠ってきた帝国軍のエリート兵だ。いくらリズとはいえ、たった一人でルナを倒せるとは到底思えない。

 レヴの思考を見透かしたかのように、リズは怒鳴る。


『勝てはしなくとも、負けない戦い方はできる!』

「……っ!?」


 有無を言わせぬ、圧倒的な気迫。

 その言葉に、レヴは暫し考えて。きっと視線を向けて、言い捨てた。


「…………死ぬなよ!」




 突然の乱入に様子を伺っていたルナの脇を、レヴは魔力翼フォースアヴィスを全開にして通り過ぎる。


「ま、待って――!?」


 予想外の行動にルナは刹那反応に遅れ。はっとして振り返るのも束の間、彼の背は既に遠い先だった。

 追いかけようとするルナの身体に、一閃の銃弾が掠める。振り返った射線の先、そこには真朱の髪の少女がこちらに銃口を突き付けていた。……どこかで、見た事があるような。

 連邦と帝国の共同回線越しに、彼女は義憤の声をぶつけてくる。


『行かせやしないわよ。――フォースター大尉!』




 空飛ぶ鋼鉄の異形がこちらに正面を向けてくるのを、レヴは見る。直後、総毛立つ様な悪寒がレヴを襲った。


 直感のままに急停止し、即座に進行方向を左へと変える。刹那、元いた場所には八本のの熱線が虚空を貫いていた。


 射線の先を見上げた先、そこには四門の砲を搭載した鋼鉄の影が見える。――機動兵装。周囲の魔力を媒体に宙を舞い、あらゆる方向から熱線を浴びせかける帝国軍の最新鋭兵器だ。


 ……あれも、恐らく〈破壊者ツェアシュテール〉の武装だろう。少なくとも、二基はあるようだ。


 進行方向を再び〈破壊者ツェアシュテール〉へと向けながら、レヴは苛立ちもあらわに吐き捨てる。


「なんなんだよこいつは――!?」


 都市を焼くだけでは飽き足らず、こんな武装まで隠し持っているとは。いったい、帝国はこの殺戮兵器にどれ程の技術と資金を注ぎ込んだのだろう。それほどまでに、白藍種アルブラールの人々は紅闇種ルフラールを憎んでいるのだろうか。殺したいのだろうか。


 迫り来る八つの射線を躱し、時には乱加減速を巧みに用いてレヴは機動兵器の射撃を掻い潜る。〈破壊者ツェアシュテール〉の下へと、少しづつだがけれども確実に近付いていく。


 正面に現れた機動兵装から放たれる射線の間隙を突いて、レヴは一気に距離を詰める。瞬間、その機動兵装を真っ二つに斬り裂いた。


 即座に上方へと離脱し、機動兵装は大爆発を起こして吹き付ける雪と闇の中に〈スタストール〉の如き刹那の爆炎を咲かせる。


 横から穿たれる射線を回避し、更に距離を詰めた先、今度は機銃の雨霰あめあられがレヴを襲った。


「なっ……!?」


 咄嗟に急停止し、下方へ離脱。直後、上部に搭載された巨砲が火を噴いた。

 身構えるのも束の間、聞こえて来たのは耳を打ち鳴らす大音響ではなく、魔術工学兵器に特有の音だった。身に降り掛かる衝撃波は薄く、視界は赤く染め上げられる。


 極太の〈スタストール〉にも似た緋色の熱線は廃墟と化したフォルストリーツを更に焼き、瓦礫をも消し飛ばして荒地へと変える。

 その光景に。レヴの中で何が切れた。


「なんで……、なんでこんなこと――!?」


 湧き上がる激情のままに、レヴは吶喊する。破壊と殺戮の限りを尽くす〈破壊者ツェアシュテール〉。これだけは、何としてでも倒さなければならない存在だ。この世に存在してはいけない兵器だ。


 近くに〈破壊者ツェアシュテール〉の本体が居る為か機動兵装はこちらを狙わず、下部故に機銃の驟雨しゅううは届かない。左右の端に備え付けられた砲郭ケースメイトの砲身も、直下では射線が取れないようだった。頼みの綱の護衛部隊も、今はもうルナしか居ない。そしてそのルナも、現在はリズが牽制している為に援護に回れない状況だ。


 排熱を兼ねた下部スラスターの熱気が吹き付ける中、レヴは進行方向を上へと変える。吶喊。

 スラスター部分へと剣を刺し込み、そのまま横へと斬り抜ける。背後から爆発の炎が次々と上がり、その衝撃波と共に割れた装甲板が欠片となって飛散する。幾つかはレヴの背中にも突き刺さっていた。


 浮遊していた巨躯がゆっくりと落ちて来るのを感じて、レヴは下部から抜け出て再び〈破壊者ツェアシュテール〉の上部へと躍り出る。速度を緩めずに二対の砲身の上まで来たところで、その巨体を睨んだ。


 これ程の巨大兵器だ。どこかに人が乗っている筈だ。コクピットを討ちさえすれば、こいつは動かない。破滅と殺戮の使者を、ようやく止められる。


 巨大な砲身に阻まれて射線の取れない機銃が虚空を撃ち、残った一基の機動兵装も砲身に当てることを危惧してか、その砲口から熱線が穿たれる気配はない。


 ――詰みチェックメイトだ。


 機銃の射角に入らないように注意しつつ、レヴは砲身の下に降りて機体の前部表面を見渡す。薄く積もる雪の中のそこここで、真紅の煌めきが見える。恐らくは、全てこの機体の浮遊と武装の強化の為だけに嵌め込まれた魔力石だ。


 ならば。コクピットはそれらの煌めきの見えない位置だろう。そして。真紅の瞬きが見えない場所は、唯一。前部中央だけだ。

 剣を逆手に持ち変え、そこへとレヴは吶喊する。


「堕ちろ――!!」


 そこに刃を突き立て。溢れる激情を込めて斬り裂いた。

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