星(2)
ごうごうと雪が吹き付ける中、ルナは今回の作戦の中核機――〈
〈
機体各所に散りばめられた魔力石と、操縦士自身の
上部に聳える二対の長大な八〇〇ミリ砲は眼下の市街地を睨み、
機体側面には一二〇ミリ砲の
航空攻撃こそ防げはしないものの、〈ピースメイカー〉の堅牢そのものの装甲を、たかが五〇〇kg程度の爆弾やロケット弾如きが貫徹できるはずもない。せいぜい、護衛部隊を機銃掃射する程度しか戦果は挙げられていないようだった。
それどころか、機体上部に取り付けられた多数の機銃の掃射によって、数機の敵機撃墜を成功させている有様だ。
周囲の魔力は全て〈ピースメイカー〉が吸収するから、敵軍は充分な
頼みの綱の魔術特科兵も、優秀な部隊は全て南部戦線に集中しているために、こちらにすぐには回せない。
誰も止めることのできない、殺戮と災厄の使者。この戦争を終わらせることのできる、
ヴォルフハイムの敵兵を都市諸共殲滅し終えて、ルナは残った数名の護衛部隊員達に指示を下す。
「こちら〈アメシスト〉。各隊、損害を報告してください」
暫しの沈黙ののち、帰ってきたのは数名の声だけだった。何せ、ルナ達は生身で敵陣への突撃に身を晒しているのだ。損耗率は機甲部隊の比にならない。その上、〈ピースメイカー〉は全周に渡って
指揮系統と配置の再編を指示し終えて、更に進撃を継続すべくルナは前方へと潜入させていた偵察部隊と通信を開く。
「こちら〈アメシスト〉。〈ブルース・ワン〉、偵察結果を教えてください」
『〈ブルース・ワン〉了解。現在、ベルリーツ近郊都市フォルストリーツにて二個連隊規模の機甲部隊が集結中。連邦軍の最終防衛ラインだと思われます』
二個連隊。それぐらいならば、〈ピースメイカー〉が到着すれば殲滅は容易だろう。いくら
「〈ブルース・ワン〉はその場で待機。私達の到着を待って、敵部隊の撹乱を行ったのち〈エコー・スリー〉の指揮下に入ってください」
『了解』
それきり〈ブルース・ワン〉とは通信を切断して、ルナは〈ピースメイカー〉へと視線を向ける。
通話対象をそれへと変更して、優しく口を開いた。
「……ステラ。もう少しだけ、頑張って」
そう。〈ピースメイカー〉に乗っているのは、他でもないステラだ。ルナの大切な、絶対に守らなければならない妹の。
『……うん。私、頑張るから。だから、お姉ちゃんも、死なないでね……?』
痛みを堪えるかのような声音に、ルナは唇を引き結ぶ。
この巨体の
……けれど。その役割を、ルナは変わってあげられない。結局私はただの一兵士に過ぎず、ステラのような最高の素質を持つ訳でもない。ルナが乗ったところで、この巨躯を動かすことすらもできないのだ。
〈ピースメイカー〉は、ステラという最高の素質の全てを犠牲にすることで、はじめて稼働する機動兵器なのだから。
なるべく不安を感じさせないように。少しでも安心を感じさせるように。ルナは、努めて穏やかな口調で伝える。
「ええ。勿論よ」
あと、もう少しで。ベルリーツさえ陥とせば、戦争は終わる。
そうすれば、ルナもステラも戦わなくて済む。
――レヴとも、戦わずに済むのだから。
†
吹雪く夜闇の空を翔け抜ける傍ら、レヴとリズは無惨に広がる市街地の
駐屯基地のノルトベルクから南方七〇キロ程度。ヴォルフハイムの街は、もはや見る影もなかった。
あちこちで大破した戦車や倒壊した家屋の
「こんな……、こんな…………!?」
思わず、レヴの口からはそんな声が溢れ出る。
こんなの。同じ人間がやる所業ではない。軍人ならまだしも、ただの民間人をこんなにも大量に殺戮せしめるなど。
相手が憎いから。たったそれだけの理由で、これだけの大量虐殺を帝国軍は行ったというのか。そして。ルナは。こんな事をする奴らのために戦っているのか。
「…………遅かった」
ぽつりと、感情の読めない声でリズが呟くのが耳に届く。瞬間、はっとした。
ヴォルフハイム。ここは、レーナが士官学校へ入学する前に両親と一緒に住んでいた場所だ。……ということは。
気付いて、悪寒がした。と同時に、レヴの中には言い様のない激情が込み上げてくる。ぎゅ、と両拳を握り締めた。
「何としてでも止めるわよ。……こんなの、絶対に首都に行かせちゃならない」
リズの言葉に、レヴはこくりと頷いて。二人は、全速力で音のする方へと向かった。
ヴォルフハイムの更に西。ベルリーツ近郊都市のフォルストリーツに差し掛かったところで、レヴ達は吹雪と火煙の中に
「なんだよ…………、あれ……!?」
燃え上がるフォルストリーツの宵闇に浮かび上がるのは、二対の角のような砲身が特徴的な鋼の巨躯。全長五〇メートルはあろうその巨体はどこかヤシガニを彷彿とさせ、そこかしこで煌めく真紅の色が不気味さを際立たせている。
よく見てみると、その巨体は宙に浮いていた。
『……あれが、〈
ぽつりと呟いたリズの言葉は、
ともかく。まずはあれをどうにかして止めなければ。でないと、次の標的は首都・ベルリーツの民間人だ。これ以上、〈
「……行こう!」
「ええ!」
二人は顔を合わせて頷いて。
紅い光翼を背に、レヴは全速力で〈
こちらに気付いたらしい敵魔術特科兵が銃弾を放ってくるが、その
慣れた骨肉を裂く感触ののち、盛大に飛散した血飛沫が髪や顔を塗らし、まとわりつくような血の感覚がレヴの心を微かに揺さぶる。
彼らを殺す事で、彼らの
レヴは連邦軍人だから。やらなければならないから。
微かに細めた真紅の瞳に映るのは、後方から穿たれるリズの〈グングニール〉の射線だ。一際太い鮮緑の光線は吸い込まれるように〈
が、晴れたそこには、何らの変化も見られなかった。
……〈グングニール〉では、背面の装甲すらも貫けないのか。
ちっ、と舌打ちをして、リズは悔しげに声を上げる。
『私じゃあれは落とせない! 周りのは私が引き受けるから、レヴはあっちを!』
援軍は期待できず、現状の投射火力では装甲を貫徹できない。
となると、〈
「…………了解!」
それだけ言い置いて。レヴは通信を切ると、再び
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます