狭窄する眸(4)
結局あの後四人は揃って翌日の朝までぐっすり眠ってしまって、起きたのは襲撃事件があった翌日の早朝だった。
黎明の朝に目が覚めて、四人は閑散とした仮食堂で缶詰のじゃがいもを頬張る。これは司令部の地下倉庫で備蓄されていたもので、昨夜、何とか瓦礫を撤去して取り出したものらしい。どこかホコリっぽい味がした。
時折かつんとフォークの当たる音がするだけで、四人の間には重い沈黙の時間が漂う。
ふと、リズが空気を変えようと口を開いた。
「二人とも、身体はどう?」
「私は大丈夫。致命傷は食らってなかったから、あとは数日安静にしてれば大丈夫だって」
「見ての通り、俺も大丈夫だ。……とはいえ、欠乏症の後だからあんまり無茶はできないけどな」
いつものように笑おうとして、けれどやっぱり少し無理の見えるアルトの笑みを、リズは気遣わしげに微笑む。
それきり会話は途切れて、また暗い空気が四人の間を支配する。少し間を置いて、今度はレーナが消え入りそうな声音で呟いた。
「……昨日の敵ってさ、
その問いにアルトは沈黙する。いくら頭に血が上っていたとはいえ、最後は比較的近距離での混戦だったのだ。敵の顔が見えたのは、一度や二度ではない。
「
冷然とした声で、リズはキッパリと言い切る。
「帝国は自国に居た
いくら帝国が
連邦の
連邦軍の
七百万人にものぼる帝国の
冷めた空気の中、レーナはうわ言のように呟く。
「……軍人になったら、
その言葉に、他の隊員は押し黙るしかなかった。
『第八一魔術特科大隊。聞こえるか』
突然、耳に着けた通信機からヴィンターフェルトの声が聞こえてきて、レヴはずっと噤んでいた口を開く。少し、掠れた声が出た。
「あ……、はい。聞こえてます。何かありましたでしょうか?」
『七時までに至急、司令部へと来てくれ。君達に早急に伝えなければならんことができた』
ちらりと時計を見やると、その針は六時四十五分を指していた。
……つまり、十五分後か。
相変わらずの深緑色の仮設テントの臨時司令室で、レヴ達はヴィンターフェルトの言葉を聞く。
「こんな早朝から呼び出してすまないな。本来ならば、君達にはもう少し休んで貰いたかったのだが……仕方ない」
少し苦笑して。ヴィンターフェルトは真剣な瞳で四人を見据える。
「先程通知した際に言った事だが。それは、君達の今後に関する処遇についてだ」
ぴくりと、四人は体を強ばらせる。空気がより一段と張り詰めた。
「先に言っておくが、今回の件について本部からの懲罰などは一切なかった。まず、そこは安心してくれていい」
え、とレヴは下げていた視線を上げる。あれ程の損失がありながら、なぜ。
疑問を見透かしたかのように、ヴィンターフェルトは口を開く。
「……あくまで、これは私の推論でしかないが。軍の最高機密兵器が敵の手に、それも無傷で渡ったというのは恥ずべき事実だ。だから、本部は隠蔽を図ったのだろう」
暫し、沈黙の時間がその場を支配する。最初に口を開いたのは、やはりヴィンターフェルトだった。
「……と、話が少し逸れたな。本題に入ろう」
気持ちを切り替えて、彼は告げる。
「まず、第一に。君達は本日付で正式に連邦の士官となった。よって、レーナ・シュタイナー及びリズ・リッター・バルツァーには少尉の階級を任命する」
「栄誉ある連邦軍人として、
「え、あっ……、が、頑張ります!」
リズが完璧な敬礼を披露する横で、レーナが慌てて敬礼するのが横目で見えた。その姿にレヴは少し緊張が和らぐ。相変わらず、硬い場は苦手なようだ。
こちらに視線が向くのを感じて、再び、目線を前へと戻す。
「そして、副長としてアルト・フォン・クライストが中尉を、また、戦隊長としてレヴァルト・ヴァイゼが大尉に任命することとなった」
「全力をもって務めさせて頂きます」
「え、えと……、頑張ります!」
色々考えたものの結局何も思いつかなくて、戦隊長にあるまじき返答をしてしまった。
あ、なに笑ってんだよレーナお前も似たようなもんだろ。
「……続けて良いかな?」
露骨な咳払いと共に微妙な笑みを向けられて、レヴは縮こまる。
「す、すみません。続けてください」
「では。次の報告に移るぞ。……今回の襲撃事件の被害と活躍を鑑みて、予定していた第八一魔術特科大隊は解隊し、第三独立魔術特科戦隊へと改称。また、それに伴い当戦隊は第二装甲軍の直轄部隊となった」
「えっと……、それはつまりどういうことで……?」
アルトが訊ねるのを、ヴィンターフェルトは微苦笑する。
「要するに、君達は少数精鋭のエリート部隊に抜擢されたという訳だ。書面を見る限り、部隊の増員もない」
「戦闘員がたった四人の部隊……ですか」
「バルツァー少尉の困惑も分かる。が、それが本部の出した決断だ」
「そうですね。命令を受けたからには、全力を尽くして職務にあたるのみです」
ヴィンターフェルトはこくりと頷く。
「君達の魔術特科兵としての実力と才能は、連邦内でもトップクラスのものがあると私は確信している。だから、君達には自信をもって職務に当たって貰いたい」
全員が改めて敬礼をして返答をするのを見て、ヴィンターフェルトは席を立つ。少し柔らかい声音で、続けた。
「最後に、これが君達にとって――いや、私達にとって最も重要なことになるのだが」
一拍置いて。彼は告げる。
「私達の駐屯地はここから北西にある
という訳で指定された仮設のテントに入ると、そこには新品の正規軍の軍服と、
それらの上に一枚の紙切れが置かれているのに気がついて、レヴとアルトは何気なくそれを手に取る。
『直接渡してやれなくて申し訳ない。
エルヴィン・ヴィンターフェルト“特務”大佐より』
紙には、そう書かれていた。二人は思わず目を見合わせて――おかしくなって、ふっと笑みを溢す。
「別に、わざわざ謝らなくてもいいのにな」
「ほんとにそうだよ」
ヴィンターフェルトが事態の後処理に忙殺されているのは皆知っている。直接階級章が貰えなかったぐらいで、気分を損ねるような人は今ここには居ないのに。
ひとしきり笑った後で、二人は着ていた深緑色の軍服を脱いで、置かれていた軍服を手に取る。と言っても、色が漆黒に近い色になったのと、上着の丈が若干長くなって防護魔術が付与されているぐらいで、見た目には余り変化はない。
着替えた後、レヴは元の軍服の内胸ポケットから一つの布切れを取り出した。唯一残った、妹の形見だ。
微かに血の赤色がこびり付いているのが見える、死に際にシャロが着ていた服の破片。
それを握り締めて、レヴは胸中で改めて決意する。
自分や妹のような子供が、もう二度と生まれないように。大切な親友を、もう喪わないために。全力を尽くそうと。
「あんまり見たことなかったけど……、女性用の軍服ってスカートなんだ」
レヴとアルトとは別のテントに案内されて、レーナとリズは支給された新たな軍服へと着替えている最中。スカートをひらひらと舞わせて、レーナは意外そうに呟く。
訓練兵に共通の軍服とは違い、正規軍の女性用軍服は、膝丈ほどのワンピースだ。(と言っても、流石に生地は相応に分厚いものではあるが。)
「でもこれ、空を飛ぶ時大丈夫なのかな……?」
少し心配げに言うのを、隣で着替えていたリズは当然のように答える。
「心配しなくても、防護魔術のおかげでめくれ上がったりすることはないから大丈夫よ」
「……でも、下からは丸見えじゃない?」
顎に手を当てて首を傾げてくるレーナに、今度は少し苦笑する。
「流石に見えないとは思うけど……。気になるのなら、スパッツでも履けばいいんじゃない?」
それもそうかと、レーナはこともなげに言う。制帽を被り、笑顔でどうと訊ねて来る姿に、リズはなんだか妹ができたみたいでとても微笑ましい気持ちになる。
似合ってるよと言うと、レーナは満足そうに笑った。
「にしてもこの服、軍服にしては随分可愛いデザインしてるわね」
ぽつりと、レーナはふと思った疑問を漏らす。
「〈スタストール〉戦争の開戦時に新調したらしいわ。なんでも、魔術特科兵を少しでも増やそうとした結果だとか」
生前、リズが母に訊ねた時に帰ってきた言葉だ。少し曇った笑みを浮かべていたのが、とても印象に残っている。
少年兵を増やす為に製作された服なのだ。今思えば、母の表情の理由も理解できる。
それきり会話は途切れて、レーナは移動の用意をし始める。……と言っても、私物は昨夜に殆ど破損してしまったから、入れる物もないが。
「…………ねぇ、リズ」
ふと、消え入りそうな声音でレーナが呼びかけてくる。
「あんたは、何で軍に入ったの?」
その声はとても弱々しかった。察して、リズは努めて優しい声をつくる。
「私は、
暫しの沈黙ののち、レーナは俯きがちに口を開いた。
「……わたしは。妹を
言葉に詰まるのを聞いて、リズは黒い双眸を微かに細めさせる。……だからか。
レーナが復讐の相手としていたのは
けれど。それから四年経った今、連邦軍の敵となるのは同じ
揺れているのだろうな、と思った。復讐だと言って、この先も同じ
とはいえ、リズ達はルフスラール連邦の軍人だ。国が敵だと定めた以上、討つほかに選択肢なない。……だから。
「憎むのを止めろ、とは私は言わないけどね」
一拍置いて。レーナの顔を見て、リズは優しく微笑んだ。
「けれど。憎しみに囚われ過ぎるのは、やめた方がいいわよ?」
応えは、帰ってこなかった。
出発の用意を終えてテントの外へと出ると、レヴ達は滑走路の脇へと集められた。着陸してくる双発の輸送機がエンジン音を打ち鳴らす中を、ヴィンターフェルトは通信機を介して伝えてくる。
『あの機体に乗って、私達はノルトベルクの駐屯地へと移動する。到着予定時刻は十二時頃だ』
ここからノルトベルクまではだいたい三百キロ程度。長旅――とまではいかないが、それなりの時間と距離だ。
「今のシュネールプスってもう雪降ってるのかな?」
「確か、先週のニュースではもう初雪観測してたはずよ」
「てことは、もう空は結構寒そうだな」
『心配せずとも、コートは用意させてある。乗った後に着るといい』
でないと、冗談抜きに凍え死ぬぞ、とヴィンターフェルトが優しい声音で警告してくる。
――シュネールプス山脈。連邦の支配する人類圏と、未だ全世界を席巻している〈スタストール〉の支配圏を分かつ山脈だ。
元はその先も連邦を構成する国の領土であったが……、三十年近く経った今もなお、奪還には至っていない。いや、そもそも奪還する気がないと言ったほうがいいか。
ノルトベルクはその中でも北西端に位置している小さな町で、ヴァイスラント帝国との国境にも近い場所だ。……まぁ、要するに。とても重要な地域になる。
目の前で輸送機が動きを止め、中から士官が降りて来るのが見える。それを見てとって、ヴィンターフェルトが振り向いてきて、告げた。
「各員、移動開始。速やかに搭乗せよ」
はっと敬礼をして、四人は輸送機の方へと歩いていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます