払暁に咲く激情(5)
黎明の空に降り注ぐ弾雨の中を、レヴは全速力で翔け抜ける。
敵兵の一人が銃剣に
剣を横薙ぎに構え、更に速度を上げてレヴは眼前の敵へと肉薄していく。
銃弾の
直後、二人の刀身が激突した。
刃の
光が晴れて敵の顔が視認できるようになって――レヴは思わず目を見開いた。
ばさばさと音を立てて揺れる黒の外套から見えるのは、
そして。何より。悲痛に目を見開いている少女の顔に、レヴは深い心当たりがあった。
心の奥底で渦巻いていた懸念が、どうしようもない確信に変わる。今。目の前に居る少女は。
「ルナ……! ルナ・フォースター!」
悲痛に目を細めて、レヴは湧き立つ激情のままに叫んだ。
そう。ルナ。六年前に別れて、もう二度と会うことはないと思っていた、大切な幼馴染の。
違うと信じたかった。似ているだけだと思いたかった。けれど。やっぱり、ルナだった。
「レヴ……! レヴァルト・ヴァイゼ!」
鍔迫り合う
対するルナも、通信機は既に切断しているようだった。
「なんでルナが帝国軍なんかに……、こんな所に居るんだ!」
剣の刃を押し付けながら、レヴは泣きそうな声音で叫ぶ。こんな場所で、こんな状況で。ルナと再会なんてしたくなかった。
「それはこっちの台詞よ! なんで、レヴが帝国軍なんかに…………!?」
きっと真朱の双眸を細めて、ルナは言い募る。――その言葉に、レヴはどうしようもない憤怒の感情を覚えた。ぎりと奥歯を噛み締めて、レヴは激情のままに吼える。
「帝国軍が撃って来たからだ!」
「……!?」
刹那目を見開いて動揺したルナを見て、レヴは剣を振り払って彼女を弾き飛ばす。一旦距離をとり、再び剣を構えて
ルナは何とか小銃を構えて、発砲する。が、それを見越していたレヴは突撃の軌道を僅かに横へとずらし、それを回避した。緑色の光線が頬を掠め、そのまま黎明の空へと消えていく。
苦しげに顔を歪めるルナへと、レヴは吶喊する。再び引き金を引こうとする間際、肉薄したレヴは彼女の持つ銃を真っ二つに斬り割いた。
「っ…………!?」
驚愕に目を見開くのと同時、ルナは咄嗟に腰から護身用のナイフを取り出した。即座に
それを寸のところで気が付いて、レヴは咄嗟に間合いを開いて剣でナイフを弾き飛ばす。無防備な体勢になったレヴを、今度はルナが急襲した。
隠し持っていたらしい銃剣用の短剣を手に肉薄してくるのを間一髪のところで捉え、刺突してくるルナの腕を左手で捕らえて逸らさせる。密着する形となったルナに、レヴは溢れ出る激情のままに叫んだ。
「帝国軍に、おれの家族はみんな殺された! 父さんも母さんも、シャロも、みんな!」
対するルナも、その端正な顔をくしゃりと歪めて言い募る。
「私だって、連邦にお父さんもお母さんも殺された!」
「え…………?」
思いもよらない言葉に、レヴは目を見開く。呆然とするレヴを、ルナは上目遣いで睨みつけてくる。その瞳は、今にも泣きそうな儚いあかいろをしていた。
「連邦があんな法律をつくるから! だから、帝国でも報復として
「な……にを…………!?」
言いながら。瞬間。レヴは咄嗟に理解する。ルナの身に何があったのかを。
連邦が
けれど。ルナの家族は政府高官だから、何かあっても大丈夫だろうと、彼らは帝国に居残り続けたのだ。そもそも、彼女の家系は母を除けば
……でも。実際にはそうじゃなかったのだ。
「連邦のせいで、帝国に残ってた
「――――っ!?」
驚愕の事実に、レヴは絶句する。その隙にルナは拘束を解くと、今度は太腿から拳銃を取り出した。迷わずその銃口をレヴへと突き付けて、撃鉄を起こす。引き金に指を当てて睨み付けてくる彼女の表情は、もう殆ど泣いていた。
「だから、お願いだから退いてよ! あなた達は別に、この作戦が失敗しても死ぬ訳じゃないでしょ!? でも、私達は絶対に失敗できないのよ!」
言外にレヴを撃ちたくない、という感情も痛い程に実感できて、レヴは奥歯を割れんばかりに噛み締める。
……おれは、どうすればいいんだ?
確かに、ルナの言う通りこの作戦が失敗しても、レヴ達は死ぬ訳ではない。どんなに悪くても、せいぜい後方部隊への左遷ぐらいだろう。
けれど。ルナ達は違う。この作戦が失敗すれば、少なくとも左遷如きでは決して済まないはずだ。でないと、こんな、涙目になってレヴに銃口を突き付けてくるはずがない。
しかし、だ。レヴはルフスラール連邦の軍人なのだ。与えられた任務は、全力をもって当たらなければならない。ましてや、今回の追撃任務は、国家機密にも匹敵する代物の奪還だ。このままルナ達を逃がしては、どんな跳ね返りがあるのか分からない。
「…………でも!」
きっと真紅の双眸を細めて、レヴはルナを睨み付ける。明け方の空は、いつしか日の出を迎えていた。
「ルナ達は、これからもおれたちの国を焼き続けるんだろう!?」
レヴの叫びに、ルナは刹那目を見開いて――そっと目を伏せた。その反応に、レヴは言い様のない激情が込み上げてくる。
「おれは決めたんだ。もう、誰も喪わないって! 誰も死なせないって…………、だから!」
もし、彼らをこのまま見逃せば、近い将来、連邦は更なる悪意に晒されるのかもしれない。自分のような子供が、また生まれてしまうのかもしれない。そう思った途端、レヴの心には新たな決意が生まれていた。
自分のような子供がまた、生まれてくることなど、絶対に許さない。絶対にさせない。…………だから!
「おれはきみを逃がせない! どうしても逃げるってんなら、おれを撃て!」
その言葉に、ルナはぎりと奥歯を噛み締める。視界に映るレヴの姿は、もうぼやけて殆ど見えなかった。彼の背に見える朝日が涙を照らし、視界を
……なんで。なんで、こんなことになってしまったんだ。
私は、ただ、妹を守りたくて。死なせたくなくて。だから、軍人という道を選んだのに。なのに、なんで、今、私は大切な幼馴染と――レヴと銃を突き付けあっているんだ?
思考も視界もぐちゃぐちゃになって、もう何もかもが分からない。何も考えられない。自分が指揮官であることなど、ルナの頭からはとっくに消えていた。
混濁しきった思考の中で、ルナの頭にあるのは、妹の――ステラのことだ。ルナが帰れなければ、彼女の命が危ない。
……そうだ。今。レヴを撃てなければ、
それを意識した途端、ルナの胸中には一つの決心が湧き上がる。……そうだ。この作戦は成功させなければならないのだ。絶対に。
でないと、ステラを守れない。
涙を拭って、ルナは眼前に立つレヴを決然と見据える。……もう迷わない。
再び手に持つ拳銃を強く握り締め、ぎゅと引き金に力を込める――その時だった。
耳につけた通信機から、レイラの声が届いた。
『〈マリアライト〉より通達! 護送隊はキャンプ地へと無事に到着しました!』
彼女の言葉にルナはえと目を見開いて、引き金を引く指を止める。直後、ふ、と安心で頬が緩んだ。
……よかった。作戦は成功した。
「……なにが、おかしいんだ」
対峙していたレヴが、低い声で訊ねてくるのが聞こえる。彼の真紅の瞳を見据えて、薄く、凄絶に嗤った。
「奪取した兵器の輸送が今、完了したの。……もう、貴方達は奪われた兵器を取り戻すことはできないわ」
そして。ステラが殺される可能性もなくなった。部隊のみんなの家族が死ぬことも。
訝しげに睨み付けてくるレヴに、ルナは続ける。
「どうやら、貴方達は私達を倒すことしか頭になかったようだけれどね。そもそも、私達は最初から囮だったのよ。兵器を安全に帝国へと送り届けるための」
「っ…………!?」
はっと目を見開くレヴを
「――〈アメシスト〉より戦隊各位へ。現時刻をもって〈
了解、との声が疎らに届いてきて、ルナは安堵を感じながらも再びマイクを切断する。呆然とするレヴに背を向けて、ルナは呟いた。
「じゃあね。レヴ。…………次に会った時には、私は貴方をうつ」
そう、一方的に言い捨てて。ルナは戦域を後にした。
ルナが蒼い西の空へと飛んで行くのを、レヴはただ茫然として見つめていた。
残存の敵兵達は一斉に煙幕を放ち、レーナ達が混乱している隙をついて全速力で戦域を離脱していく。レーナが煙幕を切り裂いて追撃に動こうとする頃には、彼らは既に遙か遠くまで撤退していた。あれほど全速力で逃げられれば、追い付くのは容易ではない。
突然のことに呆気とられ、レーナ達はその場に立ち尽くす。ただ、朝日の照り付ける秋の空の中で、静かに風の音だけが聞こえていた。
ふと、ルナが引き連れる敵兵の数が当初の数よりも大幅に少ないことに気がついて、レヴは悄然と目を伏せる。
恐らく、レヴとルナが口論をしている最中にレーナ達が撃破したのだろう。その証拠に、視線の先にはいくつかの死体らしきものが新緑の大地に転がっていた。
この短時間で、それも初陣ということを加味すれば大戦果とも言えるべき功績だろう。敵の特殊部隊を、それも正規兵ですらないレヴ達が何人も撃ち堕としたのだから。
……けれど。レヴの胸中はただひたすらに重かった。彼らにも、ルナのように守りたい人が居て。それを守るために、無理やり戦わされていたのだろうか? そう思うと、素直に親友達の戦果を喜ぶことはできなかった。
『…………逃げ、られた………………?』
ふと、レーナの呆然とした声が聞こえてきて、レヴはゆっくりと視線を上げる。周囲を見渡して、そこで朝日がすっかり昇っていることに今更気がついた。と同時に、三人の浮遊する姿が確認できて、ほっと胸を撫で下ろす。
誰も、死ななかった。その事実が、今は何よりも嬉しくて、心に染みた。
ちっ、と舌打ちした後に、レーナの悔しげな声が通信機越しに届く。
『次は、絶対に仕留めてやるわ……!』
その言葉に、レヴは俯いて押し黙る。彼女の燃えるような怨嗟の炎に、どこか同調している自分が少し怖かった。
大切な幼馴染を敵にしてもなお、おれは
そんな自己嫌悪の思考は、疑問を呈するリズの言葉によって遮られる。
『……なんで、今のタイミングで撤退を…………?』
「…………たぶん。囮だったんだ」
『囮?』
こくりと頷いて、レヴは続ける。
「うん。さっきの奴らが戦って時間を稼いでる間に、本隊が安全な場所まで奪取した物を持って撤退する――そういう作戦だったんだと思う」
全て、当人のルナが言っていた言葉だ。あの状況下で嘘を付いていたとも思えない。
暫しの沈黙のあと、アルトの低く呟く声が聞こえてきた。
『……つまり何だ。俺達は目前の復讐に目が眩んで、敵の策略にまんまと
「…………たぶん」
それきり、アルト達の言葉は通信機に載ることはなかった。
レヴも冷静になって、彼らが何らの真新しい装備品を持っていなかったことに今更気付く。それどころか、彼らの総数は基地から撤退した時のよりも明らかに少なかったのだ。誰かを守る仕草すらも見せなかった時点で、レヴ達は〈
そして。見抜ける要素は、幾らでもあった。
全て、憎悪に囚われすぎた結果だ。目の前の復讐に気を取られて、本来の目的とやるべき行動ができていなかった。……レヴに至っては、もはや戦うことすらしなかった。
結果が、これだ。連邦軍の技術の結晶を、みすみす帝国軍へと渡すこととなってしまった。何一つ、取り返すことも、破壊することもできなかった。
沈鬱な気分に陥りつつも、レヴは少しでも戦隊長としての責務を果たそうと周囲に佇む親友達を見つめる。
実質的に戦闘をしていなかったレヴを除いて、そこにははたして全身傷だらけのアルト達がいた。その上、みんな揃って顔色も悪い。短時間で魔力を大量消費することによって起きる、魔力欠乏症の初期症状だ。
こんな満身創痍の状態で追撃を仕掛けるのは、あまりにも無謀だ。下手をすれば、敵に辿り着くことすら叶わずに気絶する。
短く息を吸って、吐く。通信機のマイクを起動すると、レヴは静かに呟くように告げた。
「…………帰ろう。基地に」
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