払暁に咲く激情(4)
椅子に座って出撃命令を待っていたレヴに、通信機から司令の声が届く。
『ライツブルクにて〈
その言葉を聞いて、レヴは閉じていた瞳をゆっくりと開ける。視線を上げると、そこには既に出撃体勢を整えて立っている三人の姿があった。
持っていた銃は三人とも先程と同じだが、アルトのドラウプニルには先端に銃剣が取り付けられている。演習ではいつも付けていたから、その方がしっくり来るのだろう。……使う機会が果たしてあるのかは置いておいて。
思い思いの感情を言外に醸し出している中、レーナが、真紅の双眸に憎悪の炎を燃やして低く呟く。
「……やっと、リナの無念を晴らせる」
その言葉に、レヴは一瞬顔を苦く歪ませる。リズとアルトも、言葉にはしないだけで憎悪が雰囲気からも滲み出ていた。
無言で席を立つと、レヴはふっと東の空へと逃げるように視線を向けた。蒼い
レヴにとって、相手の〈
けれど。彼女達にとって、ヴァイスラント帝国軍は全て敵で、復讐の対象なのだ。そこに一切の躊躇も、差異もない。
リズは両親を、アルトは母親を、レーナは妹を。それぞれ、帝国軍の攻撃によって喪っている。今回の追撃作戦は、今までの
レヴも、帝国軍の攻撃よって家族を目の前で喪った。恨みがないと言えば嘘になる。……けれど。
だからといって、ルナを――大切な幼馴染を殺し、喪うのは耐えられない。戦うことを想像するだけでも悪寒がする。
ルナでないことを、レヴは祈ることしかできない。それ以外に、彼女と戦うのを避ける方法は存在しないから。レヴも彼女も軍人で、今は敵同士だ。殺し、殺される関係でしかない。
たとえ相手が大切な幼馴染であっても、帝国軍人ならば敵でしかないのだ。
再び通信機からヴィンターフェルトの声が聞こえてきて、レヴは視線を仲間達へと戻す。
アルトと目が合って、レヴは平静を装ってそっと視線を逸らした。今の自分の動揺を悟られるのは、戦隊指揮官としてあってはならないことだ。
『〈
その言葉を聞き終えると、四人は士官の男から地図を渡された。開けてみると、それはこの基地の周辺地図だ。赤丸を打たれた場所は、ここから北西方向にある農村都市、ライツブルク。〈
つまり、これを頼りに敵を追撃せよ、ということだ。
「行こう。レヴ」
「…………うん」
小さく頷いて。レヴ達は
空が黎明の
いずれも砲塔上面を撃ち貫かれており、そこからは爆発の
残った兵士達から声援と手振りを送られるのを流し見て、レヴは暗い西の空を見据える。
不思議と、四人の間に会話はなかった。
ようやく、四年前の恨みを果たせる。ようやく、家族の仇を討てる。そういった復讐の炎が、レーナ達からは滲み出ていた。
それらを感じて、レヴは苦しげに真紅の目を細める。……レーナ達の気持ちも痛い程に分かる。彼ら程ではないとはいえ、レヴも今までそういった
けれど。なんで。よりにもよって、ルナが相手なんだ。
非情な現実を、ただただ嘆くことしかできなかった。
『…………いた』
レーナの底冷えするような声に、レヴの思考は現実へと引き戻される。視線を前へと向けると、そこには僅かではあるが、黎明の空にいくつもの点が見えた。
深く息を吸って、吐く。
これから先は戦争だ。相手が大切な幼馴染であろうと、敵なのだ。殺らなければ、こちらが殺られる。レーナが、アルトが、リズが。親友達が討たれる。
気持ちを無理やり切り替えて、レヴは通信機へと告げる。
「……各員、攻撃開始」
そう言うのと同時。レヴは腰から剣を抜き放つと、
「あぶない――――!」
隷下の隊員がそう叫ぶのが聞こえたのと同時。ルナの身体は右へと押し出された。驚いて振り向いたその先で、ルナは目の前の少女が左胸を緑の光線で撃ち貫かれるのを見る。
「なっ――!?」
そして、その更に後方には。数名の兵員の姿が暁の空に見えていた。
『追手かっ!』
キースの怒気のこもった声が通信機から聞こえてきて、そこでルナはようやく追撃が来たのだと理解する。
ちっと舌打ちしながら、手に持っていた半自動小銃――レイエンフィールドMk.Ⅵのセーフティレバーを解除した。
穿たれる狙撃を何とかやり過ごしながら、ルナは努めて冷静に告げる。
「各隊へ通達。〈
『は――――!? お前、何言ってんだ!?』
驚愕に叫ぶキースを、ルナは怒鳴り返す。
「私達の目的は、収奪した兵器を帝国本土まで送り届けることです! ここで奪還されてしまえば、散った者達の命が無駄になる!」
『っ……!?』
言葉に詰まるキースはそのままに、ルナは通信機越しに隊員へと指示を下す。
「〈アメシスト〉隊はここで敵の足止めを。――銃弾の一発足りとも、ここを通すな!」
了解、と悲壮な返答が帰ってくるのを聞きながら、ルナは迫り来る
「あの赤いやつは私が相手をします。……他は全て後方の敵を!」
『……〈スカーレット〉隊へ通達。貴官らの指揮権を〈
唐突なセレの言葉に、一同は一瞬戸惑う。
『は!?』
「セレ!? 貴女、いったいなにを……!?」
『私個人が〈アメシスト 〉隊を支援するだけだ。……部隊は奪取した兵器の護衛に充てる。これなら文句はないだろう?』
戸惑うルナを代弁するように、キースが怒鳴る。
『ふざけんな! お前まで囮になる必要は――!』
『囮じゃない。私達が戦って、勝って、帰るんだ』
決然としたセレの言葉が、通信機に重く響き渡る。
暫しの沈黙ののち、キースの呟く声が通信機に小さく載った。
『……どいつもこいつも、馬鹿ばっかじゃねぇか』
その言葉に、ルナは奥歯を噛み締める。こんな、誰かを囮にすることしかできない指揮しか執れない自分が心底情けなかった。
次の瞬間、キースは吹っ切れたような声音で告げる。
『レイラ、俺とセレの部隊を頼んだ。奪った兵器の護衛は、お前に任せる』
その言葉に、ルナは驚愕にえ、と目を見開く。
発する言葉を探していると、レイラの決然とした声が聞こえてきた。
『……分かりました。…………みんな、無事で帰って来てくださいね』
『当たり前だ』
キースは少し笑って。それを最後に、〈
残った〈アメシスト〉隊の隊員達と、キースとセレに、ルナは視線を向ける。既に敵後方部隊との長距離戦に入っていて、彼らの集中力は全てそちらへと向けられていた。
短く息を吸って、吐く。再び見据えたのは、眼下に迫り来る
紅く輝く悪魔のような翼は、〈アメシスト〉隊の必死の射撃も虚しく全て躱してこちらへと向かってきている。恐らく、あれは相当の
「……部隊の指揮は、頼みます」
そう言い置いて。ルナは銃剣に
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