払暁に咲く激情(3)

 臨時司令部に併設された、武器弾薬保管所と札書きされたテント群。そこで、四人は出撃に備えて武装を整えていた。

 といっても、その大半は倉庫が爆破されたのと共に破壊されてしまっている訳で。ここに置かれているのは、別倉庫に残されていた旧式の銃火器類と、偶然別の場所に置かれていた数丁の現用小銃とその弾薬だけだ。

 拳銃やナイフ類はあるにはあるが……、魔術特科兵同士の戦いでは、これらはまず使われない。

 空を高速でけ回りながら戦う戦場では、拳銃など当たりもしないし、接近戦も起こりえないからだ。

 現用の魔術Magia半自動小銃halb-Gewehr――MhG43『ドラウプニル』を手に取って動作確認をしながら、アルトは呟く。


「しっかし、まさかレヴが戦隊長とはねぇ……」

 

 演習での戦績は毎回一位だったのだから、当然と言われれば当然ではあるのだが。なんだか、途端に遠いところに行ってしまった気がして、アルトはレヴをちらりと見やる。そこには、壊れた通信機を付け替えている彼の背中が見えた。


「とはいえ、レヴの戦い方じゃあ、まともに戦闘指揮も執れないでしょ。どうするの?」


 動作確認を終えたらしいリズが、弾薬保管テントの方から訊ねる声が聞こえる。彼女が手に持っているのも、アルトと同じドラウプニルだ。


「うーん…………」


 レヴは立ち止まって暫し思考する。彼はスリングベルトを通してドラウプニルを背負っていた。が、それよりも目を引くのは、腰に吊るされた長刀身の剣だ。銃砲弾が飛び交い、硝煙が立ちこめる現代の戦争においてはまるで相応しくない、中世の騎士のような装備品。

 だが、その場の三人にとっては既に見慣れた光景だった。彼の得意とする戦法では、剣が必須の装備だから。


「じゃあ、アルトに任せようかな。こん中だと、一番そういう能力あるだろうし」

「了解。……俺に任せるからには、ちゃんと指示聞けよ?」

「分かってるって。……と。おれはこれで用意は終わりかな。みんなは?」


 テントの外へと出て、レヴは振り返る。


「俺は終わりだ」

「私も今終わったとこ」

「レーナは?」

「もうちょっとだけ待って。こいつの弾があんまり見つからなくて……」


 レーナが抱えていたのは、MGew29。今はあまり使用されることのなくなった、長銃身を持つボルトアクション式の魔術Magia小銃Gewehrだ。

 狙撃を得意とする彼女にとっては、最も使い勝手の良い銃なのだろう。普段の演習でも使っているのもあって、それを持つレーナの姿はとても様になっていた。


「……っと、やっと規定数揃った。これで私も終わりよ」


 そう言って振り返ってくるのを、アルトは少し暖かい瞳で見つめていた。


「……なに?」


 訝しげに目を細めて、レーナは訊ねてくる。咄嗟に、大仰に手振りをしながらアルトは口の端を吊り上げた。


「あ、いや。兵舎がやられた時はあんなに動揺してたのになぁって思ってな」


 ついさっきまでは泣いて抱き着いてきていたのに。この短時間で随分適応したものだなぁとアルトは感心する。

 やっぱり、レーナは強い女の子だ。


「あれは、急に目の前でたくさん友達が死んじゃったから。心の準備ができてなくて。……でも。もう大丈夫」


 こちらを見つめて、レーナはその端正な顔に少しくらい笑みを溢して呟いた。


「それに。やっと白藍種アルブラールの奴らに復讐ができるんだから。妹の復讐ができるってのに、動揺なんかしてらんないわよ」




  †




 ヴィースハイデ基地からほど近い森林の一角。そこで、ルナ達ヴァイスラント帝国軍第一三独立特務隊『血の侵略者ブラッドレイド』は包囲網の脱出を図っていた。

 双眼鏡の先に見える敵兵達からは目を離して、ルナは苦しげに呟く。


「……駄目ね。どこから抜けようにも、兵力が厚すぎて強行突破しなければ脱出できない」


 どうやら、ルナ達が基地から兵器を奪取した後、基地司令官は周囲の兵力を総動員して基地を包囲させたらしい。東西南北のどこを見ても、敵の兵力が強大すぎて、容易に突破できそうにはなかった。


「この兵器達、連邦軍にとってはそんなに大切な物なんだ……」


 隣で、甘い少女の声が憂わしげに呟くのが聞こえる。〈マリアライト〉――もとい、レイラの声だ。夜闇に紛れているせいで見えづらいが、彼女は濡羽ぬれは色のに、蒼玉サファイアのようなを持っている。ルナと同じ紅黒種ルフラール白藍種アルブラール混血ハーフで、数少ない両方の血の発現者だ。

 もっとも、ルナは銀髪に赤眼せきがんだから、見た目には真反対ではあるが。

 ちらりと、レイラの持つケースを流し見て、ルナは再び眼前の敵兵達を見据える。同じケースを、ブラッドレイド隊は連邦軍の基地から三つ奪取した。実際に見た訳ではないが、報告から推測するに、全て別の銃器だ。

 これらの奪取が、ルナ達に課された任務の目的である。

 本当ならば予備パーツも奪取、できなくとも破壊をしておきたかったのだが。想定以上に反撃が激しく、そこまでやるには至らなかった。


『……で。これからどうすんだ?』


 通信機から、一人の少年の声が聞こえてくる。〈ガーネット〉――もとい、キースの声だ。四つからなる分隊のうちの第一分隊の隊長を務めており、彼は純正の紅闇種ルフラールである。

 ……まぁ。ルナとレイラを除くと、この部隊には紅闇種ルフラールの純血しか居ないのだが。


『どっか弱そうなところ見つかるまで粘る? それとも――』


 彼の言葉の後を、ルナは決然とした声音で引き取る。


「いえ、そのような時間はもうありません。ここを強行突破します」

『まぁ。そうなるよなぁ』


 キースの苦笑した声が聞こえてくる。

 これ以上脱出経路を探したとて、おそらく、そんなものは見つからない。ただ無駄に時間を消費して、更に包囲の脱出が困難になるだけだ。

 連邦軍は捕虜を取らないとされている。だから、部隊のみんなの為にも、何としてでもこの包囲を突破し撤退しなければならないのだ。作戦を成功させ、無事に撤退する。それが、ルナ達が唯一生き残れる道だ。

 ――それに。ルナが帰らなければ、祖国にいる妹の命までもが危険に晒される。それだけは、絶対に避けなければならない。

 深く息を吸って、吐く。突破する為の作戦を脳内で組み立てて、ルナは通信を開いた。


「――〈スカーレット〉は魔力式榴弾M-HEを装填。私の指示で正面敵陣地を砲撃して下さい。それを合図に、全軍魔力翼フォースアヴィスを起動。発煙弾を投下しながら、ここを全速力で突破し、キャンプ地まで撤退します」


 了解と、全分隊長からの返答が帰ってきたのを確認して、ルナは続ける。


「先陣はキース〈ガーネット〉、貴方に任せます。その後にレイラ〈マリアライト〉セレシア〈スカーレット〉が続いてください。殿しんがりは私が引き受けます」

『馬鹿言うな。部隊の指揮官がそんなとこ居てどうすんだよ』


 キースの糾弾が、食い気味に通信機に響く。殿しんがりは撤退戦において最も危険な位置だ。通常では、部隊の指揮官が居るような位置ではない。


「そ、そうですよ。隊長は一番安全なところに居るべきです」


 レイラの追従する声が隣からも聞こえてくる。他数名の隊員達も、沈黙の中で反対の色を示していた。それらを深く受け止めた上で、ルナは決然とした声音で告げる。


「いいえ。これは譲れません」

『……理由を聞こうか』


 〈スカーレット〉――もとい、セレシアの凛とした声が通信機から聞こえてくる。けれど、その声からは確かな心配の感情が感じ取れて。ルナは、心が暖かくなるのを感じた。私は、本当にみんなから信頼されているのだなと、微かな笑みを浮かべる。

 しかし、そんな感傷に浸っている余裕はない。心地よい気分は一旦心の奥底に閉じ込めて、ルナは冷然と答えた。


「この様な状況に陥ってしまったのは、ひとえに私の責任です。ならば、それによって生じた危険は、私が背負うべきです」


 ――更に。と、ルナは胸中で付け加える。もしかしたら、レヴが追撃を仕掛けて来るのかもしれないのだ。そう思うと、どうしても安全な前方へは居られなかった。

 誰かに討たれるぐらいならば。、大切な人を目の前で喪うのならば。いっそ、この手で。私が、彼を討ちたい。そんな気持ちが湧き上がってきていて、抑えられなかった。

 決然としたルナの言葉に、キース達は押し黙る。

 暫しの沈黙ののち、最初に静寂を破ったのはセレシアだった。


『……了解した』

「ありがとう。セレ」


 ふっと微笑を漏らして、ルナは謝辞を述べる。セレはブラッドレイド隊の中でも随一の狙撃の名手だ。そんな彼女が賛成してくれたのはとても心強い。(ちなみに、セレとはセレシアの愛称だ。)

 尚も反論しようとするキースを制するように、セレは冷淡に言葉を紡ぐ。


『私が隊長の近くに居る。……絶対にやらせはしない』


 暫し、沈黙して。キースは折れたように呟いた。


『……わかった。……ルナ、絶対に死ぬんじゃねぇぞ』


 その言葉にこくりと頷いて。ルナは、きっと目を細めて言葉を返す。


「そちらこそ。……これ以上、犠牲が出ないように、お互い最善を尽くしましょう」

『…………』


 無言の了承を聞いて、ルナは努めて冷徹な声音をつくって口を開く。


「……では。始めましょう。〈セレスカーレット〉、魔力式榴弾M-HEの準備を」


 数秒の沈黙の間に、ルナは手に持つ半自動小銃を構える。静かにセーフティレバーを引いて、通信機へと告げた。


「――――接敵開始エンゲージ・ゴー!」

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