再会の焔(2)
ルフスラール連邦ではよく見る、簡素な
付随している滑走路と倉庫は、今の時間でもなお光が灯っていて。恐らく、技術士官が明日の準備をしているのだろうなとレヴは思う。
兵舎の中へと入ると、そこは食堂だ。この基地で訓練に励む新兵達が、訓練以外では唯一、一同に介する場所。
「お、ようやく帰ってきたな」
騒々しい中で、最初に声を掛けて来たのはアルトだった。彼の黒い瞳と目が合って、レヴは真紅の双眸をふ、と緩ませる。彼の反対側の席へと座ってから、言葉を返した。
「ただいま」
「おかえり。今日は随分遅かったな。……もしかしてお前、またレーナのやつにとっ捕まってたのか?」
レヴは苦笑したように笑う。
「まぁ、そんなとこだね。今度は絶対に当てる! ――だってさ」
「またか。……ったくそれもう何回目だ? あいつもよく飽きないねぇ……」
アルトは肩を竦めて苦笑する。彼とレーナは幼少期からの付き合いらしく、士官学校にも一緒に入学したらしい。彼のレーナに対する振る舞いには、長い時間を共に過ごしてきたのだろう相応の年季が入っていた。
少し真剣な黒の瞳が、レヴの真紅の双眸を見つめる。
「嫌なら俺からも忠告しとくが……どうする?」
彼の気遣いに感謝しつつも、レヴは微笑を漏らす。別に、そこまで深刻になるようなことでもないのだが。
「大丈夫だよ。ちょっと面倒ってだけで、別に不快だったりだとかはしないから。…………それに」
一拍置いて。レヴは少女のような顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて言い放った。
「レーナみたいなのがいる方が、楽しいしね」
対するアルトは、肩を竦めて苦笑するばかりだ。
「なんだ、それ。……まぁ、お前が良いなら良いんだけどよ」
それきり、二人の間には沈黙の時間が訪れる。とはいえ、食堂内は他の訓練兵も集まっているから、沈黙という感覚は余りしなかったが。
ふと、アルトがレヴの方へと視線を向けると、彼の開けた軍服の胸元には何か煌めくものが見えた。何なのかを咄嗟に察して、アルトは苦笑しながら呟く。
「……お前、またそれ着けながらやってたのか」
「まぁ……、ね」
言われて、レヴは曖昧に微笑しながら首に提げていた
軍規によって、勤務中は兵舎内以外での装飾品の着用は基本的に禁止されている。だから、このペンダントも軍規違反ではあるのだ。ただ、隠して着用しているから発覚していないというだけで。
アルトは穏やかに笑いながら続ける。
「確か、帝国から連邦に来る時に、幼馴染に貰ったやつなんだっけか?」
「…………うん」
過去を懐かしむように、レヴはゆっくりと頷く。
――ルナ・フォースター。六年前、レヴが隣国ヴァイスラント帝国から此処、ルフスラール連邦へと移住する際に別れた幼馴染の少女の名前だ。
このペンダントは、彼女との別れ際にお互い交換をしあったものの、その片割れ。敵対国家となった今はもう、二度と会うことすらも叶わないけれど。
脳裏に甦るのは、六年前に別れた時の記憶だ。桜の連なる木の下で、最後の言葉を交わし合った時の記憶。
――また、会えるよね?
最初に言ったのがレヴだったのかルナだったのか。どちらだったのかは覚えていない。ただ、二人ともそう言い合って、
――きっと、また会える。
と、確認し合ったたことだけは覚えている。
腰まで伸ばした
レヴやアルトのようなルフスラール連邦にルーツを持つ人々は
また、ヴァイスラント帝国に住む人々は
そのどちらかの性質しか発現しないことが多い中で、両方の性質が発現する事は珍しく、彼女のような存在は少ない。
「…………どんなやつだったんだ?」
「え?」
唐突な質問に、レヴは面食らう。
「や、嫌なら別に言わなくても良いんだが。ちょっと気になってな」
暫しの沈黙のあと、レヴはふわりと微笑しながらゆっくりと口を開く。
「もう六年も前だから、今はどうなのかは分かんないけど……。ただ、当時はめちゃくちゃ生真面目で、一度決めたことは全然曲げないやつだったよ」
「……レーナと合わせたら、一生喧嘩してそうだな」
「確かに」
容易に想像がついて、レヴもアルトにつられて苦笑する。ルナもレーナも、二人とも我が強い女の子だ。もし、一緒に居れば彼の言う通り喧嘩ばかりになっていただろうなと思う。
その後もアルトととりとめのない会話を続けていると、不意に、周囲の人達がこぞって一箇所に集まっていくのをレヴ達は見る。
それを見て、二人も席を立った。今の時間から察するに、ようやく夕食が出たのだろう。その証拠に、食堂内には香辛料の効いた匂いが漂っていた。
先に向かっていたアルトが、振り返って訊ねてくる。
「何してんだよ、早く行くぞ。……じゃねぇと飯、なくなっちまうぞ?」
にやりと笑いかけてくるアルトに、レヴは肩を竦めて苦笑しつつも歩み出す。
「そんな訳ないだろ。お前はいったいどんだけ食うつもりなんだよ?」
そう、軽口を叩き合いながら。二人は今日の夕食へと歩き出すのだった。
†
今から約三十一年前、正歴一九一八年、六月二二日。人類は突如、正体不明の軍勢からの攻撃に晒された。
出生地とされている地域の言語で〈
〈スタストール〉の目的や、それらがいったい何なのか。詳細なことは今でも判明していない。ただ、唯一分かっているのは、彼らが占領した地域では人類が殺戮されているということだった。
運良く分断されずに済んだルフスラール連邦とヴァイスラント帝国は、これらの脅威に対して、相互に協力し合いながらも抵抗を続けていた。
しかし、今から十年前、正暦一九三九年に。彼らは唐突に攻勢を停止した。その意図や理由については調査が続けられてはいるものの、未だに一切が不明のままである。
依然として国土は〈スタストール〉に奪われ、包囲されてはいるものの、こうして対〈スタストール〉戦争は一旦の鎮静化をみせた。そして、両国はようやく数十年ぶりの平穏を取り戻したかに見えた。
だが、この終結が全ての始まりだった。
戦争が鎮静化した後、ルフスラール連邦内では、ある一つの不満が噴出した。
何故、連邦はこうも大きな犠牲を出し、領土を大きく失ったのにも関わらず、隣国のヴァイスラント帝国は領土も国民も犠牲が少ないのか――という。
冷静に考えれば、この不満は感情論のものでしかない、議論するにも値しないものだ。
なにせ、ルフスラール連邦の領土が殆ど平地なのに対して、ヴァイスラント帝国は山岳や河川の地域が国土の多くを占めている。その為、両国において防衛戦の容易さは火を見るよりも明らかであり、犠牲と喪失の大きさが異なるのも、至極当然なことなのだ。寧ろ、同じな方がおかしいぐらいには。
しかし、戦争鎮静化後のルフスラール連邦国民には、冷静に考える余裕などなかった。破綻寸前の国家経済に、戦争による避難民及び孤児の増大。そして、それに伴う治安の悪化。
ルフスラール連邦の国民は、疲弊の限界に達していたのだ。それも、ヴァイスラント帝国など比にならないほどに。
そんな鬱屈とした中で、被害の少ない隣国の存在は国民の不満と
俺達、私達がこんなに苦しんでいるのは、あらゆる犠牲を連邦に強いてきた帝国のせいだ――などと。
そんな情勢下で行われたルフスラール連邦の国会選挙では、帝国系の人種である
『連邦市民法』と、『
それが、彼らが策定した政策の名称である。
少なからずこの政策に反対する人達はいた。しかし、彼らの言葉は大半の民衆の声によって掻き消され、弾圧されて消えていった。
このような連邦の行動に対し、ヴァイスラント帝国内でも過激派が政権を奪取。翌年には対抗政策がとられ、帝国内での
両国間の協力関係は完全に消失し、互いに憎しみ合う険悪な状態は、翌年、最悪の形で発現されることとなる。
正歴一九四五年、七月二八日。ヴァイスラント帝国は、連邦内における
そして。それから四年経った今もなお、二国間の憎悪に満ちた戦争は続いている。
両国とも、未だに国土を〈スタストール〉に包囲されながら。
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