第一章 再会の焔《ひ》

再会の焔(1)

『各員状況開始!』



 ここはルフスラール連邦共和国東部、ヴィースハイデ基地。その外縁にある演習場。通信機から発せられた教官の合図と共に、深緑色の軍服を纏った訓練兵達は一斉に動き出す。

 ある者は遠距離狙撃での一方的戦闘ワンサイドゲームを試み、ある者は中距離での銃撃戦を試み、ある者は自在に空を駆け回って相手を撹乱したり……。多種多様な戦闘方法を駆使して、一対一の演習はそこかしこで行われる。

 その中で。特に異彩を放つ戦闘を見せる二人組があった。

 蒼穹を翔けるのは赤く輝く光翼と、それに対して正確な射撃をもってして対抗しうる一人の人影。よく目を凝らして見ると、高速で空を翔ける赤翼せきよくは、一人の少年から発せられているものだった。そして、それに対抗しているのもまた、一人の少年だ。

 穿たれる銃弾のことごとくを躱して、赤翼せきよくの少年はもう一人の少年へと肉薄する。腰から剣を抜き放ち、その刃が彼の腹部を斬り裂こうとした――その時。



『各員状況終了!』



 耳につけた通信機から、教官の声が届いた。

 赤翼せきよくの少年は咄嗟に動きを止め、斬り掛かろうとしていた模造剣をゆっくりと振り下ろす。彼の背に煌めいていた光の翼は、いつの間にか消えていた。

 濡羽ぬれは色の黒髪に、真紅の双眸。少女のような白皙はくせきの顔を得意げに破顔しながら、赤翼の少年――レヴは目の前の少年へと告げる。


「これでまたおれの勝ちだね、アルト」 

「……お前、ほんと接近戦好きだよな」


 持っていた半自動小銃を下ろしながら、アルトと呼ばれた少年は呆れと賞賛が等分に入り混じった曖昧な笑みをこぼす。


「うるさいな。おれの射撃の成績、知ってるだろ?」

「まぁ、それはそうだが」 


 むっとするレヴにアルトは苦笑する。短く揃えた赤髪に、黒瑪瑙オニキス黒瞳こくとう。レヴよりも頭一つほど背の高い同年齢の少年だ。


「だからってこんな戦い方ばっかしてると、また教官に嫌味言われんぞ?」

「あー……、…………それは、確かに」


 先日教官に言われたことを思い出して、レヴは複雑な表情をつくる。とはいえ、レヴの銃撃戦の戦績はここではぶっちぎりで最下位だ。使ったところで、動く相手になどまず当たらない。だからといって、また教官に何か言われるのも勿論嫌ではあるのだが。

 再び、耳につけた通信機から教官の声が飛び込んでくる。


『次は演習相手を変更する。奇数番号は一列右へ』

「……だってさ、アルト」 

「言われてなくても聞いてるっての。……じゃ、またな、レヴ。……負けんなよ?」


 挑戦的な笑みを浮かべるアルトに、レヴは自信ありげに言葉を返す。


「もちろん。おれは誰にも負けないよ」




『――よって、本日の演習及び教練は終了とする。以上、解散!』


 夕方。教官の言葉を最後にして、レヴ達はようやく今日の教練を終える。

 はぁと一息をついて、レヴはふらりと西の空を見やる。雲一つない夕焼けの空は、一面を朱色に塗り尽くされていて。その風景は息を呑むほどに美しかった。

 突然、とある記憶がフラッシュバックしてきて、レヴは少女のような顔をくしゃりと歪ませる。

 四年前。両親と妹のシャロを喪った時の記憶だ。 脳裏に甦るのは、最期に話したシャロとの会話。



 ――ねぇねぇお兄ちゃん、明日はシャロの誕生日だよ! 

 ――知ってるって。だから、明日は楽しみに待ってな。



 翌日が妹の誕生日だったから、そのプレゼントを買いに行こうと家を出て。その直後に、シャロ達は死んだ。隣国・ヴァイスラント帝国軍の奇襲砲撃によって。

 変えられない、二度と取り戻せない過去。どうしようもない事実。

 身を焦がすような悲嘆と絶望感を、レヴは頭を振って強引に気持ちを切り替えようと試みる。

 このままでは夕食すらもろくに喉を通らない。そんな姿は、誰にも見せたくはないから。

 暫く間を置いて、ゆっくりと心を落ち着かせる。再び、深く息を吐いた。


「…………帰ろ」


 誰に言うでもなく呟いて。レヴは兵舎の方へと振り返る。すると、そこには一人の少女がこちらを睨み付つけている姿があった。

 レヴと同じ真紅の双眸に、濡羽ぬれは色の長髪。彼女の瞳には怒りの色が見えて、レヴは戸惑う。


「え……なに、どうしたの」


 彼女の名は、レーナ。レヴと同じく十六歳の訓練兵だ。長距離射撃を得意としている少女で、戦闘スタイルはレヴの正反対とも言える戦い方の。彼女は詰め寄ってきて、強い口調で言い募る。


「次は絶対当てるから!」

「え?」


 唐突な宣言にレヴは面食らう。その反応がしゃくに触ったのか、レーナは更に詰め寄ってきた。


「え、じゃないわよこのバカ! 私の渾身の一発すらも簡単に躱してくれちゃって!」


 ……あ、今日の演習のことか。ようやく彼女の言っていることが理解できて、レヴは苦笑する。そんなことをわざわざ宣言する為だけに、おれが振り向くのを待ってたのか。


「……!? 何笑ってんのよ!?」


 しゃーと、見えない猫耳を反らせているのが見えて、レヴは益々おかしくなって笑う。 


「いや、だって、そんなことをわざわざ言う為だけにおれを待ってたのかって思って……」

「そんなこと!? あんた――」


 レーナは更に一歩踏み出してきて、レヴの襟に掴みかかろうと荒々しく腕を上げる。その手が届こうとして――別の、制止の声が入った。


「はいはい、そこまでね、レーナ」


 レヴが声の元へと視線を移すのとと同時に、レーナの驚嘆の声が耳に響く。 


「っ……リズ!?」


 いつの間にかレーナの背後に現れていた少女は、リズだ。ハーフアップに纏めた真朱しんしゅの髪に、僅かに赤みがかった黒の双眸。彼女もレヴやレーナと同じ十六歳の訓練兵で、リズは主に前線で動く人達への支援射撃を得意としている。


「貴女、レヴに突っかかるのは辞めなって何度も言ってるでしょ? そんなんだからいつまで経っても気付いて貰えないのよ?」

「はっ――!? わ、私はそんなんじゃ――!」


 途端に顔を赤らめるレーナに、レヴは訝しげな表情をつくる。いったい、何の話をしてるんだろうか。


「はいはい。そういうことにしといてあげるから。――いっつもごめんなさいね、レヴ」

「え? あ……うん。おれは別にいいけど……」


 苦笑を向けてくるリズに、レヴは困惑しつつも言葉を返す。突然の展開に呆気にとられているのを傍目に、リズはレーナの手を引っ張って兵舎の方へと歩いていく。


「じゃ、またね、レヴ。……ほら、行くわよ、レーナ」

「あっ、ちょ…………待ってリズ…………!」


 引き摺られていく最中、レーナは真紅の瞳をきっと細めて振り返ってくる。レヴのことを右手で指差して、彼女は再び宣言した。


「あんたは私がぜーったい倒すからね!」 


 それきりレーナは満足したようで、リズの捕縛から解放されると隣に立って一緒に歩いていった。

 呆気にとられながらも、レヴは去っていく二人の背中をぼうっと見つめる。


「…………なんだったんだ? あいつ」


 夕日の中に一人取り残されて、レヴは立ち尽くすのだった。

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