第25話


 祐輔に元気付けられながら、『712号室』に通う日々が続いた。


 その度に母さんにも会えた。


 色々話したんだ。


 「私」が今どこにいるのか。


 祐輔の体を通じて。



 祐輔は正直に全部話せって言うんだけど、私はそんな気にはなれなかった。


 最初のうちは、そりゃ「私」だって訴えかけたよ?


 状況がよくわかってなかったし、まさか体が入れ替わってるなんて思ってなかったから。


 だけど状況が理解できた今となっては、多分伝わらないだろうなって思ったんだ。


 どんなことを言ったって、今の母さんには伝わらない。


 私と母さんしかわからないようなことを言ったら、もしかしたらハッとなることもあるかもしれない。


 でも、体は祐輔のままだ。


 私の声も、顔も、どう頑張ったって理解してもらえない。


 そう、思った。


 だからせめて、一緒にいようとは思った。


 私はここにいるんだって。


 寂しがらなくても、隣にいるって。




 1ヶ月が過ぎた頃、祐輔の体は退院できるようになった。


 私はおじさんに言われ、ひとまず家に帰ることになった。


 祐輔は退院はまだしなくてもいいと言うんだが、体はもうどこも痛くない。


 それに、「私」に会いに来ようと思えばいつでも来れる。


 だから病院を出ることにした。



 8月の下旬だった。


 病院に運ばれて以来、久しぶりに「海」を見たのは。

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